テスト勉強
一緒に星を見に行くためにがんばって勉強するお話
勉強はきらいだ。いや、そもそも勉強が好きな高校生なんているのだろうか。中間テストで学年トップだったあの人も、主席合格で入学式の挨拶したあの人も、きっと好きで勉強なんてしていたわけではないのではないか。だって、世の中はこんなにも楽しいことであふれているのに。たとえば、今テーブルの上に乗っかっているドリンクバーのジュースや、端の方に立てかけてある注文用端末から定期的に聞こえてくるデザートの案内とか。
「手が止まってる。サボんな」
「サボってません、考えてるんですぅ」
テーブルの向こう、カリカリとシャーペンを走らせながらこっちも見ずに注意されたので、思わず言い返してしまった。考え事していたのは本当だもの。まあ、確かに手は止まっていたし、考えていたのはまったく意味がないことだったけど。
「一緒にテスト勉強してほしいって言うから付き合ってるんだぞ。だいたい、中間の結果が良くなかったから期末はがんばりたいと言ってきたのはそっちだろうが」
う、痛いとこを。それを言われてしまったら何も言い返せない。
彼と約束したこと――夏休みに星座観測に行きたいと両親に聞いてみたところ、中間テストの点数をあげつらわれて小言を言われてしまったのだ。期末テストも悪いようなら、夜に遊んでいる時間なんてないんじゃないか、と釘まで刺された。なので、どうにかして期末テストは良い点数を取らなければいけないのだ。じゃないと、せっかくの約束が全部台無しになってしまう。
「ちなみに聞いておくけど、中間テストの結果は何点で順位はどの程度だったんだ?」
「……それ、言わなきゃダメ?」
「言わなくてもいいけど、あんまり悪いようなら尻叩いてでも教えなきゃならん。俺だって約束は守りたいからな」
律儀である。私の成績が悪いのも、ちゃんと勉強しないのも、そのせいで一緒に星座観測ができなくなるのも全部私に原因があるというのに。
「点数はだいたい二百八十点ぐらいで……順位は、二百四十人中……百五十ぐらい……」
ああ情けない! 恥ずかしい! 穴があったら入りたいとはまさにこのことである。さぞかし呆れかえっているだろうと落としていた視線を上げると、意外にも彼は困った顔をしていた。
「わかった。それで、目標は?」
「……笑わないの?」
「なんで」
「だって、こんなひどい成績」
「だから今勉強してるんじゃないか。やる気はあまり足りてないみたいだけど、少なくともどうにかしようとあがいてるのに笑うわけないだろ」
これだもんなあ。普段は飄々としてこちらをからかってくるのに、たまに見せるこんな真剣な態度は正直ズルいと思う。
「で、目標は?」
繰り返し聞かれて、ちょっと考える。点数を上げようとは思っていたけど、具体的にどの程度、とまでは考えていなかったのだ。前回が平均で五十五点ぐらいだったから、少なくとも平均を十点は上げたい。もちろん得意科目と苦手科目があるから、そのあたりも考慮しないといけないけど。
「三百三十点、百位」
まあ、このあたりが現実的に考えて妥当なところだろう。そこまで良い成績というわけでもないけど、明確に改善しているとわかる水準。普段から真面目に勉強しておけばいいだけの話なんだけど、それができないから今苦労しているのだ。
「苦手科目と得意科目は」
「苦手なのは数学と化学で、得意なのは英語と国語」
もう典型的な文系である。数式とか化学式とかはさっぱり。赤点じゃなかったのが不思議なぐらい。
「じゃあ現社もある程度点数は取れるな? 数学と化学を徹底的にやる。良い点取れとは言わない。平均点を目指そう」
言いながら、彼は私の隣の席に移動してきた。ちょ、ちょっと、それは聞いてない。急にどうした。
「え、え」
「もっと詰めてくれ、座れない」
若干挙動不審になっている私を奥へ追いやるようにしっしっと手を振る。なんだよ、犬猫じゃないんだぞ、そういうの良くない。
じゃなくて!
「ほら、数学からやるぞ。教科書とノート出せ」
こっちが焦ってるのに気づいているのかいないのか、いつものペースでそう促してくる。こいつ、私のことまったく意識してないな。なんか私だけテンパってバカみたいじゃないか。くそう、見てろよ。えい。
「おい、近いって。それじゃやりにくいからもう少し離れてくれ」
…………。
言われたとおり教科書を開きながら思いっきり彼の腕にくっついたのだが、これである。効果は今ひとつどころか、全然効いていない。
「……これでいい?」
「何を怒ってるんだ? ほら、公式のおさらいからやるぞ」
いや、怒ってるわけじゃないんだけど、なんか悔しいな。じゃなくて、教えてくれるんだから、ちゃんと聞かないと。自分の勉強もあるだろうに、ほんと人が良いというか何というか。
「目標達成したら、ここで奢ってやるから」
奢り! なんて素晴らしい言葉!
「がんばる! 星も見たいし!」
現金なのはわかっている。でも、ご褒美があるのとないのとでは、やっぱりやる気が違ってくるのが人間というものだ。そもそも星座観測自体がご褒美みたいなところもあるのだが、それはそれだ。先週の七夕は天気が悪くて一緒に星を見ることができなかったので、余計に楽しみなのだ。
「七夕は残念だったからな。まあ、夏休みのどこかで晴れてる日を選べば、今度は流れることはないから」
ふと、隣で彼がぼそりとつぶやいたのが聞こえた。
そっか、ちゃんと残念って思ってくれてたのか。
「しっしっしっし」
「おい、何を笑ってんだ、真面目にやれ」
おっと、つい。
でもまあ、おんなじ気持ちでいてくれてたのは嬉しいなあ。やっぱり、一緒に出かけることを楽しみにしてくれているのだろうか。約束のための義務感だけじゃなく、そう考えていてくれたら、と思う。だって、私はこんなに待ち遠しい。
「……そこ、ちがう」
「え、あ、はは」
取り組んでいた問題の解法が違っていたらしく、すぐに指摘が飛んできた。ため息をつきながらも、彼は間違った箇所を丁寧に説明してくれる。……あれ、今、ちょっと勉強が楽しいと思ったぞ。
「ほら、もう一回やってみろ」
言われたとおりにやってみると、今度はちゃんと問題を解くことができた。うんうんと頷いている彼を見ていると、やる気がどんどん湧いてくるのがわかった。うん、これならいけそうな気がする。
「がんばるよ。私、がんばる」
自分に言い聞かせるようにシャーペンを握り直し、次の問題に取りかかる。絶対に期末テストは結果を出してみせる。自分のため、勉強を教えてくれている彼のため、その先に待っている楽しみのために、全力でぶつかるのだ。
きっと、今年の夏休みは人生で一番素晴らしいものになるだろう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
この二人の話ももう四作目になり、だいぶ愛着が湧いてきました。
また気が向いたら書こうと思いますので、よろしくお願いします。