第8話 フェイン侯爵家
* * *
あのあとも、リーゼリアはアシェルとアイザックと話を続け、太陽が傾いてきたところでフェイン侯爵家の屋敷に向かうことになった。
フラムは仕事で屋敷にはおらず、オースティンも王宮に用ができたということでリーゼリアが屋敷を離れるときにはいなかった。そのため、近くにいた使用人の人に感謝の言葉を代わりに伝えて欲しいと告げ、リーゼリアたちは用意された馬車に乗り込んだ。
(あとで魔術で手紙を送ればいいか)
鳥の形にでもしておけば問題ないだろう。リーゼリアはアシェルの隣に座り、目の前にはアイザックが座る。
窓から見える夕景色は久しぶりだ。その眩しさに思わず目を細める。
それと同時に眠気に襲われた。
久しぶりに外に出て、誰かとこんなにも長い間話したため、思いのほか体力を消費していたようだ。侯爵家の馬車ということもあり、揺れが少なく、いい眠気を誘ってくる。
起きていないといけないが、落ちてくる瞼には逆らえない。思考も回らなくなり、リーゼリアはカクンッと頭が上下に揺れる。
それを見ていたアシェルは小さく笑いながら、リーゼリアの頭を自身の膝の上に置いた。すでに半分夢の中のリーゼリアはそれに逆らえない。
「眠いのなら寝てるといいさ」
「……でも……」
「ここには俺と父上しかいないのだから」
頭を優しく撫でられ、リーゼリアはだんだんとぼんやりしてくる。そしてついには瞳を閉じて、眠ってしまった。
* * *
リーゼリアは誰かに抱っこされている感覚で目が覚めた。
「……?」
ぼんやりと目を開けると、知らない屋敷が目に入った。外は暗くなり、月明かりが映える夜だ。
「目が覚めた?」
「……にい、さま? ここは……」
「ここはフェイン侯爵家の屋敷。リーゼリアが馬車の中で気持ちよさそうに寝ていたから、無理に起こすのもあれかと思って抱っこで運んでいたんだ」
そう言われ、リーゼリアは段々と記憶が戻ってきた。そして完全に目が覚めると、アシェルの腕の中でじたばたと暴れた。
「……に、兄さま! 降ろして、ください!」
「こらこら、暴れない。もうすぐ屋敷の中に着くから。父上は先に屋敷の中に入っているよ」
アシェルはリーゼリアを簡単になだめ、開いている大きな玄関を通った。エントランスにズラリと並んでいる使用人の人数に思わずビクついてしまう。
「大丈夫、彼らはリーゼリアに危害を加えないよ。リーゼリアの正体は知らないけど、フェイン侯爵家の大切な養女だと知らせてあるから」
リーゼリアがビクついた理由を何か勘違いしているようだが、アシェルの説明により使用人はリーゼリアの正体を知らないことが知れた。
「この子がリーゼリアだ。父上と母上から聞いていると思うが、この子はとても大切な子で、王立魔術学院 《ルミナリア》に入学できるほど、魔術師としての適性が高い。リーゼリアに不便がないように、皆頼んだ」
「「「かしこまりました」」」
大声で言った訳では無いのに、よく通るテノールボイスはエントランス内に響き渡った。そして使用人たちはアシェルの言葉を受け取り、恭しく礼をする。
(……す、すごい)
練習したのかと思うほど、綺麗な一礼にリーゼリアは思わず目を丸くする。しかし、すぐにリーゼリアはアシェルに抱っこされたままだったことを思い出した。
(こんな状態じゃ、失礼だ)
リーゼリアはアシェルにおろして欲しいとお願いし、ゆっくりと床に下ろしてもらう。床もピカピカで、鏡のように自分のかおがうっすらと写り込むほど綺麗だ。
しかしそれよりも、リーゼリアは彼らに言わなければいけないことがあり、使用人の人たちの前に立った。
「……あ、あの、はじめまして。私は、リーゼリア、です。フェイン侯爵家の、養女になり、ました。学院に、入学するので、あんまり長くはいないです、けど、仲良くしてくれると、嬉しいです。よろしく、お願いします」
同じく一礼を返すと、使用人の一人が声をかけてくれた。
「我々に頭を下げる必要などありませんよ。けれど、挨拶をして下さり、ありがとうございます、リーゼリアお嬢さま。私はフェイン侯爵家執事長を務めているライリーと申します。困ったことがあったら、遠慮なく我々にお申し付けください」
「……あ、ありがとう、ございます」
使用人の人たちはみんなニコニコと優しく笑っている。歓迎されていることが分かり、リーゼリアは嬉しくて頬を染める。
「良かったな、リーゼリア」
「……はい!」
「リーゼリアに個別で挨拶したいやつは時間を見つけて各自してくれ。父上と母上はもう食堂に?」
リーゼリアの頭を撫でたアシェルはライリーに問いかける。ライリーはピシッとした姿勢を崩さず、「はい」と頷いた。
「旦那さまと奥さまは食堂にて、おふたりをお待ちです」
「わかった。リーゼリア、夕食を食べに食堂に行こうか。俺が案内するから、各自仕事に戻ってくれ」
アシェルはリーゼリアに手招きをする。リーゼリアはアシェルの後ろを雛鳥のようについて行く。
侯爵家内は広く、まるで迷路のようだと思うが、食堂は2階の一番端にあるということで迷うことはなさそうだ。
「リーゼリアの部屋は3階に用意してある。夕食終わりにリーゼリア専属の侍女が迎えに来るから、部屋はその侍女に聞いて」
「……分かりました。兄さまは、どこに部屋があるのですか?」
「俺も3階にあるけど、リーゼリアの部屋からはだいぶ離れていたかな。明日にでも部屋に招待するよ」
雑談をしているうちに食堂に着いた。両開きの大きな扉の前には二人の使用人がいる。彼らはリーゼリアたちに気づくと、それぞれドアノブを握り、ゆっくりと扉を開けた。
迷うことなく食堂に入っていくアシェルに続き、リーゼリアも食堂へと足を踏み入れる。すでにアイザックは席に着いており、アイザックの隣にはひとりの女性が座っていた。
「お待たせしました、父上、母上」
アシェルの言葉で、アイザックの隣にいる女性がフェイン侯爵家の当主妻であるクロエであることがわかった。真っ直ぐな黒髪に緑の瞳が美しい、目を奪われる美女だ。
リーゼリアは思わず見入ってしまうが、アシェルは二人に軽く会釈し、席に着いた。取り残されたリーゼリアだったが、アシェルに呼ばれ、ア アシェルの隣、アイザックとクロエと向かい合うように席に着く。
「席に着いたな。リーゼリアとクロエは初対面だから、私が軽く紹介しよう。私の隣にいるのが、妻のクロエだ。王妃殿下や公爵夫人と友人で、とても頼りになる。そしてアシェルの隣にいるのが、今回フェイン侯爵家の養女となったリーゼリアだ。クロエも話は聞いていると思うが、リーゼリアは《七星の塔》のひとりであり、《静寂の魔導姫》と名高い魔術師だ」
アイザックがリーゼリアとクロエの紹介をすると、目の前に座るクロエはリーゼリアににこりと笑いかけた。
「初めまして、《静寂の魔導姫》さま。私はクロエと申します。3年前に国を救った英雄である魔術師とお会いすることが出来て、とても嬉しいです。リーゼリアさん、と呼んでも構いませんか? 私のことは『母さま』と気軽に呼んでくださいな」
「……えと、はい。あと、敬語じゃなくて、大丈夫です。はじめ、まして。私はリーゼリア、です。人と、話すことが苦手、なので、こんな感じで、ごめんなさい。これから、よろしくお願い、します。……か、母さま」
恥ずかしさのあまり、リーゼリアは頬を赤く染める。「兄さま」「父さま」「母さま」なんて今まで言ったこともないため慣れないが、心が温かくなる気がする。
「まあまあまあ! なんて可愛らしいのでしょう! 私は敬語が常なので、気になさらないでください。リーゼリアさんが入学するまで1週間しかないなんて、寂しいですね。是非とも長期休暇の際は帰ってきてくださいね」
「……わ、私も、母さまと、仲良くなりたい、ので、帰って、きまふ!」
せっかく話ができていたのに、最後の最後で盛大に噛んだリーゼリアは内心大荒れしていた。
(噛んじゃった、噛んじゃったよっ!! なんであそこで噛んじゃうのぉ……!?)
ろくに人と話してこなかったことがここに来て仇となったわけだ。湯気が出そうなくらい、顔が熱い気がする。
できるのなら、なんでもいいから魔術を放ちまくって噛んだ事実を無くしてしまいたい。さすがに精神干渉系の魔術はダメだとわかっているためやらないが、魔術で有耶無耶にしたいくらいには恥ずかしい。
「…………」
この誰も話さない時間が気まずい。なんでもいいから話してほしい。笑われたくはないが、これなら笑われた方がマシだ。
ううう、と唇を噛み、下を向いて若干涙目になっていると、隣にいるアシェルが平坦な声で呟いた。
「聞きました? 父上、母上」
「ああ」
「はい」
少し横目でアシェルを覗き見る。真っ直ぐに、これはこの世の真理だと言わんばかりの表情で口を開いた。
「……っ、妹が! 可愛すぎる!!」
「……………へ?」
大声で言われた言葉に思わずポカンとしてしまう。
「ここ一帯を、いや国すらも下手をしたら一人で滅ぼせるほどの力を持つリーゼリアが頬を赤く染めながら母上の言葉に返し、そして可愛らしく噛んでしまった姿。聞いた時、こっちが顔を伏せたくなるほどの愛らしい攻撃でした」
「間違いないな。上手く話せなくて、それでも話そうと言葉を紡いでいる姿も可愛い」
「こんなに可愛い子が娘だなんて嬉しいですね。仲良くなりたいと思ってくれているだなんて、可愛い!!」
「…………!?」
三人とも本気で言っていることが分かり、余計に意味がわからなくなる。しかもアシェルとアイザックに関しては真剣な表情で言っているため、リーゼリアはいたたまれなくなる。
(……っ、私、これでも今年16歳になるのに……っ)
さすがに面と向かって「可愛い」と連呼されることには慣れていない。そもそも、リーゼリアを「可愛い」と言っているのは《七星の塔》の誰かか国王のみだ。
同じ意味合いの「可愛い」でも、見知った相手と今日初めて会った相手からとでは受け止める気持ちが違う。
「うう……」
あまりの恥ずかしさといたたまれなさに、この後運ばれてきた料理の味など、すっかり覚えていない。ただ覚えているのは、過去に1度だけ王宮で食べた料理に負けないくらい美しく装飾され、お腹がいっぱいになるまで夢中で食べ進めていたことくらいだった。




