第6話 まさかの歓喜と家族
今、フラムはなんと言っただろうか。
(……え、いま、『一人部屋』って言った……?)
まさかの言葉にリーゼリアは目を大きく見開かせる。
「せっかくだから二人部屋の方がいいと思ったんだが、リーゼリアの正体がバレる機会をなるべく減らした方がいいということで、リーゼリアは一人部屋になったんだ」
「……そう、なんですか?」
「ああ。まあ一般的に公表する理由として、リーゼリアは病弱だった設定だから、倒れた時にすぐにフェイン侯爵家から侍女や主治医を送るためということにしたよ。部屋に誰かいると、リーゼリアも気が休めないし、部屋の子にも気を使わせてしまうという真っ当な理由も含めて、学院側には書類で提出したから」
そう言ったフラムに、リーゼリアは後光が差してるように見えた。申し訳なさそうに『リーゼリアの友人を作る機会を奪ってしまった』と告げているが、リーゼリアからすると、願ってもないことだった。
(……どうしよう、嬉しすぎる報告だ)
先程まで二人部屋だったらどうしようと絶望していたのが嘘のように、気分が舞い上がっていくのがわかる。しかし、あからさまに喜びすぎても良くないと思い、リーゼリアは事実を淡々と受け入れたように頷いた。
「……わかりました」
「本当にすまないね。誰かと一緒に共同生活するというのはなかなかない機会だというのに」
「……気にしないで、ください。私は一人部屋で、構いませんから」
むしろ一人部屋がいい。内心大喜び中のリーゼリアはそれに気づかれないように小さく微笑んだ。しかしそれがフラムには我慢しているように見えたのか、眉をきゅっと寄せ、こんなことを言った。
「どうしてもという時は、遠慮せずに言ってくれ。そのときはすぐにでも二人部屋に移動できないか、掛け合ってみるから」
(……ん? んんん?)
「こちらで選んだ相手になってしまうが、それでもいいのなら遠慮なく言って欲しい」
それは違うと声を大にして言いたかった。リーゼリアは一人部屋がいいのだ。誰かと一緒なんて気が休まる気がしない。
けれど、リーゼリアは知っていた。ここで大丈夫だと言っても、フラムはまた更に余計なことを言ってくることを。
だからリーゼリアは素直を頷いておいた。
「……では、そのときは、お願いします」
「ああ。任せてほしい」
これ以上、下手な会話をして、せっかくの一人部屋をなくすわけにはいかない。お願いなどする気もないが、フラムを納得させるために表面上は快諾しておいた。
そして、フラムと話を続けていると、フラムの屋敷に着いた。馬車が止まり、先にフラムが降りる。
「お手をどうぞ」
「……ありがとう、ございます」
軍服が似合う女性というのはかっこいいと本当に思う。リーゼリアはさし伸ばされたフラムの手を取り、馬車から降りる。
フラムの屋敷を見てみると、さすがは《七星の塔》の一人が持つ屋敷だと納得する広さと大きさだ。比較対象が行ったことのある王宮になってしまうため、それと比べると小さい屋敷だが、貴族の中でもこれだけの広さのある敷地と屋敷を持つ者はそうはいないだろう。
フラムの後に続いて敷地内を歩き、屋敷の扉を潜る。中は想像通り広く、洗練された雰囲気だ。
エントランス前には2階に続く階段があり、そこから一人の男性が降りてきた。
「おかえりなさい、フラム」
「ただいま、オースティン。この子がリーゼリアだ」
「あなたが《静寂の魔導姫》ですか。フラムの言う通り、可愛らしい方ですね」
「ふふん、だろ?」
フラムはその男性と親しげに話す。会ったことは無いが、オースティンと呼ばれていた男性は恐らくフラムの夫だろう。以前フラムには夫がいるという話をリーゼリアは聞いたことがあった。
不躾だと思いつつ、リーゼリアはその男性をじいっと見つめる。すると、男性はフラムからリーゼリアへと視線を移した。
「リーゼリアさん、と呼んでも構いませんか?」
「……えと、はい」
「申し遅れました。私はオースティンと申します。そこにいる《七星の塔》の一人であるフラムの夫です」
その自己紹介に、やはりと思った。
眼鏡をかけた優しい雰囲気を醸し出すオースティンは知的な男性だ。見たところ魔術師ではないようで、その優秀な頭脳でフラムを支えているのだろう。
「……はじめ、まして。私はリーゼリア、です。一応《七星の塔》のひとり、です。よろしく、お願いします」
オースティンの自己紹介に続き、リーゼリアも頭を下げて挨拶をする。ワンピースの裾を摘み、足をクロスさせて腰を下ろした挨拶にオースティンは目を丸くする。
「これは驚きました。立派な淑女ですね。フラムからの話では、リーゼリアさんは地下にお住いでいたと聞いています。フラムがカーテシーを教えられるとは思えませんし、一体どなたにご教授を?」
「……えーっと、私の部屋に、多くの本が、あって。そこにカーテシーのやり方が書いてあり、ました。本の内容は、覚えているので、今やってみました」
「! たった今、実践を?」
「……はい」
そう言うと、オースティンはまた目を丸くした。
「フラム、リーゼリアさんは天才です。私は王宮に行くことがありますが、リーゼリアさんの一礼は高位貴族の令嬢に匹敵するほどです。しかも人から学んだ訳ではなく、本で学んだ知識を元にその場で実践できる応用力。素晴らしいですね」
「オースティン、私を軽く馬鹿にしたことは後でとっちめるとして、リーゼリアが天才なのは今に始まったことじゃないさ。誰よりも秀でた能力があったからこそ、《七星の塔》にも選ばれたんだから」
フラムはリーゼリアの頭を撫でる。リーゼリアは人から頭を撫でられたことなどは記憶にある限り、国王以外いないので少し照れる。
「しかもリーゼリアはめっちゃ可愛い。それだけで天才さ」
「たまにアホなことを言うのはいつものことだとして、確かにフラムの言う通り、リーゼリアさんは可愛らしい方ですよね。白銀の髪と宝石のような青い瞳。学院に入学したら、きっとリーゼリアさんは多くの男性に求婚されるでしょう」
「はぁ? ダメに決まってるだろ。リーゼリアに求婚できるのは私たちを倒せるくらい強い相手じゃないと。安心して任せられない」
「……いつからあなたはリーゼリアさんの保護者になったんですか。それに《七星の塔》を倒せるくらい強くならないといけないなんて、人間やめてますよ、それ」
やれやれ、と肩を竦めるオースティンに対して、フラムはなぜかリーゼリアをギュッと抱きしめ、「お嫁に行くにはまだ早い!」などと意味不明な言葉を言っている。話しがズレすぎてはないだろうか。
(求婚って。いくらなんでもそれはないでしょ)
リーゼリアは苦笑いしてしまう。すると、それに気づいたオースティンがすかさずフラムに言う。
「ほら、フラムの突拍子もない発言にリーゼリアさんも困っているでしょう。それに、誰と恋するかなんてリーゼリアさん本人が決めること。大人が介入するべきことではありませんよ」
オースティンの真っ当な返しにフラムは言葉につまる。
「はあ、全く。かつての三年間を取り戻すためのものなのでしょう? なら、なおさら自由にさせてあげるべきです」
「それは、そうなんだけどさ……」
「分かっているのならいいんです。それより、フェイン侯爵家の方々が応接室でお待ちですよ。リーゼリアさんに会わせるのでしょう? 早く行ってあげてください」
少しいじけた様子のフラムにオースティンは呆れたように肩を竦める。しかし、オースティンの言葉にフラムは渋々といった感じで返事をした。
「……分かってるよ。それじゃ、リーゼリアをフェイン侯爵家に会わせてくる。屋敷のことは頼んだよ」
「はい。リーゼリアさん、またお話しましょう」
そう言い、フラムはオースティンの横を通り過ぎ、2階へと上っていく。それを見て、リーゼリアも慌ててあとを追いかけた。そのとき、オースティンにちょこんと頭を下げることも忘れずに。
階段を登り終え、廊下の角を右に曲がる。少し歩いた先に応接室があった。
「ここにフェイン侯爵家がいる。私は挨拶したら仕事で王宮に向かわないといけないから、ここを離れるが、リーゼリアは話が終わったら今日からフェイン侯爵家と暮らすことになるから一緒について行って」
「……分かり、ました」
しっかりと頷いたリーゼリアを見て、フラムは扉をノックした。そして扉を開ける。
応接室にはソファーに座ったフェイン侯爵家の人たちがいた。テーブルを挟んで向かい合うように置かれたソファーの片側に座る二人の男性はそれぞれフェイン侯爵家当主と次期当主、つまり書類上リーゼリアの義父と義兄だ。
二人はリーゼリアたちが入ってきたのを見ると、ソファーから立ち上がり、頭を下げた。それをフラムは軽く制す。
「ああ、私はすぐに仕事でここを離れるから礼はしなくていい。リーゼリア、おいで」
「……はい」
フラムに呼ばれたリーゼリアは二人の前に立ち、少し緊張しながら二人を見上げる。彼らはリーゼリアを見ると、目を大きく見開かせた。
「この子がリーゼリア。リーゼリア・エーデルシュタイン。《七星の塔》のひとり、第0の星《静寂》名を冠する《静寂の魔導姫》さ。3年前のスタンピードを対処した、英雄でもある」
「……は、はじめ、まして。リーゼリアです。えと、仲良くしてくれると、嬉しい、です。よろしく、お願いします」
フラムの紹介に続き、リーゼリアは自己紹介をする。淑女の礼ではなく、頭を勢いよく下げたリーゼリアにフラムは小さく笑う。
「はは、可愛いだろう? さて、この後は家族の仲を深めるために軽く雑談でもしてくれ。リーゼリアは今日からそちらで一週間程度、過ごすことになるが、特に問題はないな?」
「はい。既に準備できています」
「ならいい。では、私はこれにて失礼するよ。リーゼリア、また会おう」
フラムはリーゼリアの頭を軽く撫でると、フェイン侯爵家に一礼して応接室を出ていった。取り残されたリーゼリアはどうしたらいいか迷い、思わずオロオロしてしまう。
すると、そんなリーゼリアにフェイン侯爵家当主は優しく話しかけた。
「まずはソファーに座りませんか? ヴァレンティーナさまが美味しいお茶とお菓子をご用意してくれたので 」
視線をテーブルに移すと、確かに美味しそうなお菓子がある。というか、実を言うと応接室に入った時からお菓子の甘い香りがしていて、是非とも食べてみたかったのである。
だからリーゼリアはその言葉に小さく頷き、ソファーに座った。リーゼリアがソファーに座ると、二人もソファーに座る。
「軽く私たちの紹介をさせてください。私はフェイン侯爵家当主、アイザック・フェインです。隣は息子のアシェルです」
「はじめまして、《静寂の魔導姫》さま。俺はアシェル・フェインと申します。義理とはいえ俺たちは兄妹なので、気軽に『兄さま』と呼んでください」
「……よろしく、お願いします。あと、私のことは、リーゼリア、と呼んでください。敬語も辞めて、ください」
リーゼリアがそう言うと、ふたりは顔を見合せ、頷いた。




