第21話 咎と敵の敵は味方?
「…………」
「…………」
どちらも言葉を発さない状態が続いていた中、先に声を出したのは男の方だった。
「……なるほど、先程の言葉は撤回しよう。貴様は、ただの学生ではないようだな。いったい、何者だ?」
「ただの、魔術師です。今は王立魔術学院 《ルミナリア》の生徒ですが」
男はリーゼリアの返答を聞き、鼻で笑った。
「……はっ。ただの魔術師だと? 馬鹿を言え。ただの魔術師がこの仕掛けに気づくはずがない」
「まあ確かに、ただの魔術師というのは些か正しい答えではありませんね。でも……」
リーゼリアはローブの下から男を見つめると、場にそぐわないほど明るく言い切った。
「今から私に捕まるあなたに、そんなこと話す必要などないのでは?」
明らかに男を下に見る発言に、案の定男を大きく苛立たせた。その姿を見て、リーゼリアは可笑しそうに笑う。
「勝手に学院に入って、好き勝手しようとして。それで何もお咎めなしにこの場を立ち去れるなんて考えているわけ、ありませんよね?」
「……貴様に、この俺が捕まえられるとでも?」
「はい。あなた程度なら、問題なく」
その瞬間、男は懐に隠し持っていたナイフを迷いなくリーゼリアへ投げた。そして素早く詠唱を済ませる。
けれど、いきなりナイフを投げつけられても、リーゼリアは慌てることなく身体をひねり、ナイフを避ける。そして男が発動させる魔術と全く同じものを無詠唱で行使してみせた。
「な……っ!?」
「この氷結魔術、汎用性が高いですよね。でも、あなたではこれを扱いきれない」
男はナイフを投げたあと、氷結魔術でリーゼリアの足元を凍らせてしまおうと考えていた。ナイフが当たっても、避けられても、男の本命は氷結魔術による足止めだった。
けれど、リーゼリアはナイフを避けた上に男と同じ方法で男の足を凍らせて見せた。自分は無効化の魔術により一切の足枷がない状態で。
「ほら、言ったでしょう? あなた程度なら、問題ないって」
リーゼリアは足を封じられ、逃げることができない男にゆっくりと近づいていく。けれど男が封じられているのは足のみで、口は動く。
男は必死に詠唱するが、そのどれもがリーゼリアの無効化の魔術により、この場に顕現することなく消滅していく。
炎魔術で足の氷を溶かそうとしても、そもそも炎が現れない。ならば、近づてくるリーゼリアをどうにかしようと攻撃魔術を詠唱するも、その魔術も男の前には現れない。
「無駄です。この場であなたは一切の魔術を行使できない」
そのときようやく、男は恐怖というものを感じた。得体の知れない何かを相手にしている、自分ではどうしようもないほどの強敵。
目の前にいる少女はバケモノだ。そう思わせるほど、意味がわからない現実だった。
詠唱しているはずなのに、魔術を行使できない。そもそも、いつ少女は詠唱をしたというのか。
後ずさり、リーゼリアから離れたいのに自分の足は氷漬けにされており、動かない。それなのに、リーゼリアは一歩一歩と近づいてくる。
「……ひいっ!」
口から出る悲鳴はまさしく男の恐怖を表していた。
「……さて、あなたはどこの所属の人で、なんの目的があって、ここにいるのか。私に教えてください」
リーゼリアは幼子に話しかけるように優しい声色で男に話す。けれど男からすると、その態度や声色がさらに恐怖を駆り立てた。
歯がカチカチとなり、身体が震える。決して寒さから来るものではないと、男もリーゼリアもわかっていた。
「そんなに怖いですか? でも、最初にいけないことをしようとしたのは、あなたですよね」
コテンと首を傾げるリーゼリアは男に言い聞かせるように話す。
「せめて、あなたがここにいる目的くらい、話してもらわないと。せっかく口には何もしていないんですから」
ね? と男の頬に手を伸ばし、リーゼリアは口元に笑みを浮かべる。男は相手が悪かったと、自分の運のなさを嘆くしか無かった。
そしてとうとう、男は恐怖から声を出した。
───決して、第三者に知られてはいけないと言われており、破れば、魔術による契約により、罰則が与えられると知っていても。
「……っ、お、俺は、俺たちはただ、《鍵》の存在を……っ、た、確かめたくて……」
「《鍵》? 扉を開けるときに使う?」
「ち、違う……っ。《鍵》は、帝国の……皇家の血筋の……。あ、うあ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
「!?」
男の言う《鍵》の意味がわからないリーゼリアだったが、男が当然として苦しそうにもがき苦しみだしたことに男から咄嗟に距離をとった。
「なにが起きて……」
呆然とするリーゼリアは男を中心として現れた魔術陣に目を見開いた。そして、それに気づいた瞬間、小さく舌打ちをすると、男を助けるために近づいた。
けれど、僅かに気づくのに遅れたその一瞬の差により、男は魔術陣の中で血を吐きながら倒れた。急いで駆け寄るも、既に男に息はなく、してやられたと再度舌を打つ。
『これは制約の魔術だね。課した制約に逆らえば命を落とす、強力で恐ろしい魔術だ』
「油断した。あの一瞬、魔術陣が現れた瞬間に、すぐに気がついていれば……っ」
『今の時代、相手に制約の魔術をかけて縛るなんて考える人間がいるなんてね』
制約の魔術が発動したことは魔術をかけた本人に伝わる。つまり、男が制約を破り、命を落としたことも既に知っているわけだ。
「生きたまま捕まえて、フラムさんたちにお願いするつもりだったのに」
ローブを外したリーゼリアは苦虫を噛み潰したような顔をし、手を強く握りしめる。
相手に今回の件が伝わった以上、向こうも簡単には手を出しては来ないだろうが、依然として目的も敵もはっきりと分からないため、対策の仕様がない。
「てっきり、ユリウスさまたちを狙う暗殺者だと思っていたけど」
『ハッキリとはしないけど、帝国から来た可能性があるね。《鍵》を探しに、ここに来たと言っていたし』
「《鍵》って、なんのことなんだろう。皇家の血筋の……って言うところまでは、聞けたけど。学院に隣国のアルスフィア帝国の人でもいるって言うのかな。学院で発動させようとしていたものも、アルスフィア帝国由来のものだったし」
謎が深まるばかりで、それを解決するために利用できるはずだった唯一この謎を知っていた男は既に死んでいる。さすがのリーゼリアも死んだ人間を生き返らせるような芸当はできない。
後悔しても遅いが、とりあえず後処理を頼むためにフラムに連絡を入れる。魔術で手紙を飛ばし、森全体に張っていた結界を解いた。
「フラムさんたちが来るまで、ここで待とう。詳しい説明も必要だしね」
リーゼリアは近くで座る場所を探そうと視線を彷徨わせる。そのとき、どこからか視線を感じた。
「……?」
『どうしたんだい? リーゼリア』
「誰かに、見られてる……? でも、魔力反応はないよね?」
そもそも先程まで張っていた結界は内側からの出入りを不可能にするものだ。けれど、外側から出入り可能とはいえ、誰かが出入りすれば結界を張ったリーゼリア本人が気づく。
つまり、結界を張る前からこの森の中に誰かがいた可能性があるということだ。
リーゼリアは無言でローブを被り直し、森の中へ視線を彷徨わせる。魔力反応がないのは魔道具かなにかで存在を隠しているからだろう。
「……3秒以内に出てきてください。さもないと、敵とみなし、排除します」
氷のナイフを手に出し、リーゼリアは少し声を張りながら相手に告げる。魔道具で隠しているのならば、魔道具特有の僅かな魔力のブレを探すだけだ。
「3……2……」
「───敵じゃないから、そのナイフを投げようとするのは止めてくれ」
カウンドダウンを始め、あと僅かというところで上方から声が落ちてきた。そしてリーゼリアの前に降り立った。
「いやぁ、まさか気づかれるなんて」
相手は男だった。けれど、そこで死んでしまった男よりも若く感じる。恐らく、20歳前後と言ったところだろう。
彼は顔半分を覆う仮面をつけていた。透明に近い薄い水晶のような仮面なのに、仮面の下に隠されている彼の顔や瞳の色は全くと言っていいほど分からない。
角度によって星の紋が浮かび上がっているように見え、恐らく、この仮面が一種の魔道具のようなものなのだろう。リーゼリアが彼の魔力を感知できなかったのも、この仮面のせいだ。
「いつから、ここにいたんですか」
「初めからさ。俺もそこで死んでいるやつに用があったんだ。あ、言っておくけど、そいつ俺たちの仲間とかじゃ全然ないから。むしろ敵対してる」
男の話が本当だったとすると、リーゼリアと死んだ男のやり取りを高みの見物のように見ていたのだろう。いい性格をしているようだ。
「そうですか。でも敵対しているというのなら、死んだ男の目的を知っているということですよね」
「まあ、そうなるかな」
「なら、代わりにあなたが教えてください。そしたら、今回は見逃します」
魔力による圧をかけ、リーゼリアはナイフをチラつかせる。それに男は頬を引き攣らせた。
「なんつー魔力持ってんの。君みたいな少女からは考えられないほどの圧だ。まあ、あの魔術戦を見てたら納得だけど」
「魔術師に年齢や性別なんて、意味ないですよ。これは、持って生まれてくる、才能に近いものですから」
「そりゃそうか。んー、まあ全部は教えてあげられないけど、俺も命は惜しいしなぁ。少しだったらいいよ」
男は手を挙げ、危害は加えないという意思表示を示すと、リーゼリアはナイフを下げた。それに男がなにかしてきても、すぐに御せると考えているからでもある。
「……なら、まずはあなたの名前とここにいる目的を教えてください」
「それならいいよ。俺の名前はスピカ。本名じゃないけどね〜。目的は情報収集ってところかな。あと、うちと敵対してる奴らが動き始めたって聞いたから、それを確かめに」
「名乗った後に本名じゃないって……、わざわざ言うことですか?」
スピカの軽い態度に警戒していたのが馬鹿らしく思えてきてしまう。リーゼリアは頭を振って、思考を切り替えた。
「……まあいいです。情報収集というのも、本当っぽいですし。それよりも、死んだ男が言っていた《鍵》とはなにか、知っていますか?」
「もちろん、知ってるさ。俺たちはその《鍵》を守るために存在しているのだから。でも、これ以上は教えられない。君には、いや君たちには関係のないことだからね」
明らかな線引きにリーゼリアは眉を顰めるも、スピカと争いたいわけではないと思い、息を吐いた。
「……それは、あなたと男がアルスフィア帝国の人間で、私がルシエル王国の人間だから、ですか?」
「あれ、帝国を持ち出してくるってことは、《鍵》について何か知ってるでしょ。あそこで死んでるのが何か言った感じかな」
「皇家の血筋に関係していることくらいしか、話しませんでしたけどね」
「おっと、ならこれ以上は本当にダメだ。見ていたところ、君も護衛だよね。学院の生徒が対象だったりするのかな。それなら、俺たちは君たちと敵対することはないよ」
今はそれで満足するしかないとリーゼリアは諦めた。けれど、意趣返しとしてニヤリと笑うと、スピカに告げた。
「ならお互い、護衛として頑張りましょう。あなた方が守りたい《鍵》というのが、学院にいて、そして恐らく生徒であるということは分かりましたし」
「……あ」
「あなた『も』護衛だから、ここに情報収集に来たんでしょう? なら、護衛同士、今回は何も見なかったということで。後処理はこちらでします。あなたはここから早々に立ち去ってください」
リーゼリアがそう言うと、スピカは顔を覆ってため息をついた。
「あーもう、やられたよ。でも、君みたいに強い魔術師に守って貰えるなら、こちらとしても少しは安心できる」
「私は《鍵》を知らないんですが」
「知らなくていいさ。こっちの事情に、巻き込まれない方がいい」
スピカは先程までの軽薄な気配を消し、真剣な声色でリーゼリアに告げた。その本気度にリーゼリアは僅かに息を詰める。
けれど、次の瞬間、ヘラっと笑いながらスピカは背中を向けた。
「じゃあまたね。もしかしたら、また会うかもしれないし」
「会わないことの方が良かったりしますよ」
「まあまあ。そういえば、月の光に照らされて、綺麗だったよ。君の、その白銀の髪は」
またねー、と手を振りながら去っていったスピカにリーゼリアは疲れたように声をこぼした。
「やっぱり、見られてた……。顔は見られてないよね?」
リーゼリアは今度こそ、近くの切り株に座り込み、木々の隙間から夜空を見上げた。キラリと輝く星を眺めながら、フラムが来るまで、僅かな間瞳を閉じていた。




