第18話 まずは部屋の整理を
放課後になり、リーゼリアはいつもと同じように帰りの支度をするように振る舞う。
(……まだ見てる……)
所々から送られてくる視線にリーゼリアは内心うんざりしていた。
昼休憩のあと、リーゼリアは食堂での一件を見ていた他の生徒から質問攻めにあったのだ。
『生徒会役員の人たちとどういう関わりがあるの?』
『もしかして、フェイン侯爵令嬢も生徒会役員に?』
『そういえばフェイン侯爵令嬢って生徒会役員のアシェルさまと同じ家名よね? 兄妹なら、アシェルさまをご紹介してくださらない?』
生徒会役員とどういう関係なのか、リーゼリアも生徒会役員になるのか、アシェルと兄妹なら紹介してほしいなどと、途切れることなく弾丸のようにリーゼリアに降り注ぐ。内心ウザったいという気持ちを抱きながら、笑みを貼り付けるリーゼリアだったが、段々と遠慮なく質問してくるクラスメイトに魔術でも放ってやろうかと本気で思っていた。
興味があるのは分かるが、それはリーゼリアと生徒会の問題であって、クラスメイトが関わることではないことくらい分かるはずだ。それにアシェルを紹介してほしいだなんて、自分で言えばいいのになんでリーゼリアを経由しようとするのか、心底分からない。
こうなることが目に見えて分かっていたから、リーゼリアはなるべく生徒会役員に関わりたくなかったのだ。
けれど、自分で協力すると言った手前、今更撤回するつもりはない。隣でノアが助けてくれるまで、リーゼリアは必死に笑みを貼り付け、彼らの質問には一切答えずに耐え切った。
あと少しでも遅かったら、無詠唱魔術を使えることをいいことに、彼らの机に入っている教科書を鞄の中に戻して、地味な嫌がらせでもしようかと思っていた。
(ノアさまが意識を逸らしてくれたから良かったものの、そうでなかったら……)
考えただけでも頭が痛くなる。リーゼリアはノアたちが生徒会室に行くために教室を出たのを確認すると、いつものように寮に帰る道を通っていく。
それを見たクラスメイトがリーゼリアは生徒会の関係がないと勝手に誤解し、興味を失うと、リーゼリアは自分に認識阻害の魔術をかけた。これにより、リーゼリアがその場にいるということを誰一人として認識しなくなり、リーゼリアは悠々と踵を返した。
リーゼリアは勝手知ったるというように生徒会室へと向かう。歩いていくと段々と人が減り、長い廊下の先を曲がると、そこには王立魔術学院 《ルミナリア》の生徒会室がある。
リーゼリアは認識阻害の魔術を解くと、生徒会室の扉の前でひとつ深呼吸をした。
(……よし)
気持ちを入れ替え、扉をノックする。すると、中から「入ってくれ」とユリウスの声がかかる。
リーゼリアはそれを確認すると、ゆっくりと扉を開けた。
「───ようこそ、王立魔術学院 《ルミナリア》の生徒会室へ。俺たちは君を歓迎する、リーゼリア・フェイン侯爵令嬢」
そこには生徒会会長と思われる席に座るユリウスがリーゼリアに向けて手を広げ、その周りに生徒会役員が歓待するように立つ姿があった。
思わず圧倒されてしまうような存在感と学院の頂点に立つ者の強者感がそこにはあり、リーゼリアは無意識に息を詰める。
「立ち話もなんだし、全員席についてくれ」
すると生徒会役員は入口から奥に広がる長い長方形型のテーブルの席に座る。リーゼリアはユリウスと対面するような、いわゆるお誕生日席へと案内され、そこへ座った。
お昼に一度会っていることもあり、全員に見つめられてもそこまで緊張はしていない。
「まずは来てもらって感謝する、リーゼリア嬢。昼にも話したが、リーゼリア嬢には少しの間、生徒会の仕事を手伝ってもらいたい」
「……はい。具体的な内容を、教えてください」
リーゼリアは役員全員に視線を合わせるように話をする。どんな仕事を手伝うのか、リーゼリアはお昼の後少し考えていたが、全くピンと来なかった。
ただ役員ではなく、手伝いとして来ているため、表立って動く必要のある仕事は割り振られないだろうとは考えていた。
「リーゼリア嬢にはノアとアリシアと共に生徒会の必要書類の作成と整理、あとは会計の計算補佐や予算作成の一部を手伝ってほしい」
「……会計の計算補佐とは、何をするんですか?」
「それは会計であるアシェル先輩から聞いた方が早い。アシェル先輩、リーゼリア嬢に説明を」
アシェルは名前を呼ばれ、短く返事をすると、リーゼリアに説明を始めた。
「リーゼリアに手伝ってほしいのは支出・収入の計算や各行事の予算管理補助だ。一年生であるリーゼリアたちはまだクラブには入っていないだろうが、夏季休暇後にはリーゼリアたちもクラブに入ることができるようになる。クラブの予算を作成するのも生徒会会計の仕事なんだが、毎年各クラブの予算の使い方が荒く、支出が多いんだ。そうなると記録するのも大変で数値入力が溜まっていく一方でな」
「……なら、各クラブが使った予算の、支出記録と計算を、溜まっている分も含めて、やればいいんですね」
「ああ。あと、行事の予算管理補助の方だが、これから行われる《星環三刻祭》や《雪静祭》などで購入予定の物品の使用額と個数管理、領収書の分類などを手伝ってほしいんだ」
「……分かりました。聞いた限りだと、特に、難しそうな内容では、ないみたいですし、大丈夫です」
リーゼリアの仕事はとにかく記録をつけて、計算することみたいだ。地頭がいいリーゼリアにとって頼まれた仕事内容は何ら苦にはならない。
基本的に生徒会室に籠っての仕事のようだし、他の生徒に見られる心配がないのもいい。これなら手伝うことにあたっての問題は特にない。
「仕事中になにか質問があればいつでも聞いてくれ。マニュアルも一応あるが、聞いた方が早いだろうしな」
「……そのときは、お願いします」
リーゼリアはアシェルにそう言うと、ユリウスへと視線をずらした。真っ直ぐに視線を合わせると、リーゼリアは首を僅かに傾げながら問いかけた。
「……ところで、今日から早速、お手伝い、しますか? 話を聞いて、終わりというのは、時間がもったいない、と思います」
「嬉しい申し出だな。なら早速、リーゼリア嬢にも手伝ってもらおう。まずはノアとアリシアと一緒に書類作成から頼む。残りのメンバーは各自いつものように進めてくれ」
ユリウスがそう告げると、それぞれ席を立ち、仕事をするために会計書類がある隣の部屋に行ったり、過去の引き継ぎ資料を整理したりと行動を開始する。そんな中で、ノアとアリシアはリーゼリアのもとに行き、リーゼリアと一緒に仕事をするために生徒会室の中扉で繋がっている隣の仕事部屋へと向かった。
「あそこで仕事をすることもあるけど、どちらかと言えば応接室みたいな感じで、来客を出迎えるために使っているから、先輩たちはあまり汚さないようにこっちの仕事部屋を使っているよ」
「広い部屋ではありますが、少し散らかっているところもあるので、足元に気をつけてくださいね」
ノアとアリシアはリーゼリアの一歩前を歩き、中扉を開けた。二人に続いて中に入ると、確かにアリシアの言った通り、部屋の中は広い。
───けれど。
(……汚くはないけど、散らかってる。書類整理もままならないほど、忙しいんだ)
所々に紙が散らばっており、複数の書類が混ざってしまっている。まずは片付けからした方がいいのではないかと思うほど、この散らかりは仕事をする上で問題になりそうだ。
書類を踏まないようにノアたちが待つテーブルの近くに行くと、ノアたちが行っている仕事について教えてもらった。
「俺たちは行事の企画書、運営計画書とかを作成していくことが主な仕事かな。年度予算案とかも作成するけど、それはまだあとでも大丈夫だから、まずはこっち」
「《星環三刻祭》や《雪静祭》を行う目的や何を行うかの企画内容を考えて、これらの紙に記載していきます。詳しい日時を決めるのも私たちの仕事のひとつなのですが、学院での行事となると王族や貴族の方も来ることがあるので、日程もある程度考慮しないといけないので、なかなか決めづらいのが現状です」
「行事のスケジュールや企画に必要な人数とかも決めないといけないから、なかなか手が進まないんだよ。決められた予算内で頑張らないといけないしね」
確かにこれは中々に手強そうな仕事だ。リーゼリアは白紙の企画書を手に取り、首を傾げる。
「……《雪静祭》の方ならば、過去の記録から、ある程度書けるのでは、ありませんか?」
すると、ノアとアリシアは互いに見合い、困ったように口を開いた。
「それが見当たらないんだよ、残念ながらね」
「恐らく、この部屋の散らばった書類の中か、会計書類が保管されている反対の部屋にあると思うのですが……」
「もう卒業した前任者が書類を間違えて保管してしまったようでね。探そうと思って片っ端から色々な書類を見ていたら、ご覧の状況だよ」
周りを見ると、書類の山。部屋が広いからか、書類だらけで汚いという印象は少ないが、散らばっている書類の量は多い。
前任者のミスにより、書類を探しているうちに更に書類が書類で埋もれていくという事態に陥ってしまっている。
リーゼリアも地下で過ごしていたとき、元々あそこにあった本や送られてきた本により床が見えなくなることはあったが、リーゼリアの場合はすべての本の位置を把握していた。何だかんだ定期的に掃除もしていたため、ここまで散らばっていた印象はない。
「……書類作成よりも、一度全員で、部屋の整理をした方が、いいのではないですか?」
あまりの現状にリーゼリアがそう言うも、ノアたちは首を横に振るだけだった。
「みんな分かってはいるんだよ。これを片付けないと仕事に支障をきたすって」
「けれど、期限が近い仕事もあり……」
「…………」
リーゼリアはそこまで聞き、ふうっと息を吐いた。そして、この場での最適解を二人に告げた。
「……わかりました。なら、私が一人で、この部屋を含めた、他の部屋も、整理します」
「えっ、一人で!?」
「……はい。私はお手伝いとして、ここに来ています。今まで、私がいなくとも、ある程度仕事が回っていたのなら、まだ少しは大丈夫、だと思います。その間に、私は書類整理を、します」
これがリーゼリアの解決策だった。仕事が忙しく、他の仕事にも手をつけられないほど忙しいとリアンたちは言っていたが、それでもこれまでは何とか回していたのだ。
ここでリーゼリアが少しの間、仕事を手伝うのが遅くなったとしても、今までと同じように仕事を続けることはできると考えたのだ。その間に、リーゼリアは書類整理を行い、他の生徒会役員の仕事効率も上げようと考えていた。
(……仕事が多いのは事実で、私を必要しているのも分かった。でも、この部屋の状態からして、書類がどこにあるのかも分からない状況というのも、仕事が上手く回っていない原因だと思うんだよね)
だからリーゼリアはまず初めの手伝いとして、部屋の整理をすることに決めたのだ。
「……二人は、今まで同様、仕事を続けて、ください。大丈夫、です。一週間ほどあれば、片付きます、から」
そう言い、リーゼリアは長い白銀の髪をひとつに結び直した。




