不安と通知と
朝、悠は1組の前を通るときに中を覗くと、教室の後ろあたりに咲の姿があった。
それを見ただけで、少しホッとした。
机の上に広げたノートに必死に何かを書き込んでいるのを見て、声をかけに行きたい気持ちをグッと堪えた。
放課後になると、悠は夏海と一緒に図書室へ向かう。
廊下ですれ違う女子の多くが夏海に手を振っていく。
「夏海ちゃん、ばいばーい」
「ばいばい、またね!」
夏海もそのたびに明るく手を振り返していく。
こうやって見ると、夏海は本当に友達が多い。バスケ部でキャプテンに選ばれたのは、実力以上に人望が厚かったのだろうな、とふと思った。
1組の前を通り、悠と夏海は足を止めて教室の中を覗き込む。
雑談している生徒が何人か残っていたが、咲の姿はなかった。
(……先に行ってればいいんだけどな)
一縷の望みを持って、図書室に向かった。
図書室のドアは開けっ放しになっていて、咲が来ていないことはすぐにわかった。
「咲ちゃん、いないね……」
「……」
開いたままのドアをゆっくりと閉じて、ふたりは少し重い足取りでいつもの窓際の席に座った。
咲が座るはずの席は空けたまま。
いつ来てもいいように。
多分、今日も咲は来ない。
悠はなんとなく、そう思っていた。
「咲ちゃん、今日も来ないのかなあ……教室にもいなかったし」
「うん……もう帰ったのかもしれない」
夏海も同じようなことをつぶやく。
机に突っ伏して、気分が落ちているのが目に見えてわかった。
それでも勉強は続けなければいけない。
悠はリュックからノートと参考書を取り出して机に広げた。
昨日自分が書いた分は、驚くほど量が少なかった。どれだけ集中できていなかったのかを改めて感じた。
「悠くんさ、咲ちゃんにメッセージとかしてる?何か言ってたりしない?」
「……いや、してない。普段もほとんどしないし」
「んん……ほんっとにもう。君たちは……」
夏海は笑いながら、呆れたように肩をすくめる。
「……ね、咲ちゃんにメッセージ送ってみてくれない?」
「うん、今日は送ってみるつもりだったし、良いよ。でも、夏海さんが送ってもいいんじゃないの?」
「……私より、悠くんのほうが良いの」
その言葉の後で、夏海は陰るように顔を伏せた。
「うん……分かった」
悠はポケットから取り出したスマホの画面を叩く。
咲とのトークルームを開くと、それだけでなんだか温かい気持ちになった。
過去のメッセージは、いつものふたりがそのままトークルームにいるような、他愛もない会話が残っていた。
慎重に、できるだけ柔らかく、でもいつも通りになるように考えて言葉を選ぶ。
悠:「お疲れ。今図書室にいるんだけど、今日はもう帰った?」
誤字がないことと、咲が返しにくくなっていないかを、頭の中でシミュレーションする。
うん、たぶん大丈夫だろう。
ひと呼吸置いてから、送信した。
「……とりあえず、送っといた」
「ありがとう。返事、来るといいなあ」
「……さすがに無視はしないでしょ……」
それからふたりは机に広げた問題集に向かい合った。
だけど、定期的に夏海は悠にぼそっと尋ねてくる。
「返事来た?」
「まだ……」
「そっか……」
そんなやりとりが、何度も繰り返された。
しかし、下校のチャイムが鳴っても既読はつかなかった。
「咲ちゃん、大丈夫かな……」
帰り道でも、夏海はずっと咲のことを気にかけていた。
「わからない。ただ、もう俺たちにできることは何もないと思う……」
本当は、心配で仕方ない。具合が悪いのか、見られない状況にあるのか。
……それとも。
もう、連絡を取りたくないと思われているのか
その考えが浮かんだ瞬間、ぞくり、とした感覚に襲われる。
いつも当たり前のように過ごした時間が失われるようだった。
小さく頭を振る。
大丈夫、咲は学校には来ている。いざとなれば直接話せばいい。そう、思うことにした。
返信の通知に気づいたのは、家に着いたときだった。




