空いた席
嘘のような秋晴れで、空はどこまでも澄み渡っていた。
空の様子とは打って変わって、悠の気持ちは曇っていた。
昨日、咲が進路面談をした日。
結局、咲には気の利いた言葉をかけられなかった。助けになれなかった。
それから今日、咲は図書室に来ていない。もうすぐ下校時間になるのに、顔すら出さなかった。
今までなら、用事がある時でも、少しだけでも顔を出してくれたのに。
悠の向かいの席。いつも咲が当たり前のように座っている席は、今日は静かに空いたままだった。
読書中でも勉強中でも、咲の動作はいつも柔らかかった。
窓から差し込む夕日に照らされて、オレンジ色に染まる。悠はそんな彼女を正面から見ている時間が大好きだった。
たまに目が合うと、ふっと微笑んで「なに?」と話しかけてくる。
そのどれもが、悠の心をいつも温かく包んでくれていたのだと、改めて実感した。
図書室のドアが開くたびに振り向いてしまい、別の誰かだったら、少しがっかりして。
ドアの外から足音が聞こえてくると、入ってくるのかと期待して、やっぱり来なくて、がっかりして。
今日は、まったく集中できなかった。
悠の斜めに向かい合って座っている夏海も、問題集とにらみ合っているが、手が動いていない。心ここにあらず、と言う言葉がぴったりの顔をしていた。
夏海はぽつりと「……咲ちゃん、今日は来ないのかな」とつぶやいた。
「……かもね」
悠もボソッと答える。
「諦めちゃったのかな……」
「……分からない。でも、藤音さんはそんなに弱くないと思うけど」
悠の言葉には、小さな確信のようなものが混じっている。
バレンタインの時も、クリスマスのイルミネーションを見に行ったときも、新年のメールも。
咲のほうから動いてきていた。
芯の強さを身をもって知っていたから、信じていた。
悠の言葉を聞いて、夏海は小さく笑う。
「悠くん、咲ちゃんのこと信じてるよねえ」
悠は小さく頷いた。恥ずかしいとは思わなかった。
夏海も小さく「私も信じてるけど」と続ける。
図書室に下校のチャイムが鳴り響き、悠は荷物をまとめながら言う。
「……今日は休みだったのかもしれない。帰ろう」
「うん……咲ちゃん、明日は来てくれるといいな」
学校を出ると、秋の空は暗くなっていた。
悠と夏海は、ふたりで住宅街を歩く。
会話はほとんどなかった。
ふたり分の足音と、夏海が引く自転車の音だけがやけに響いていた。
分かれ道に差し掛かり、夏海は慣れた手つきでヘルメットを被る。
「じゃ、また明日ね。悠くんは明日も図書室、行く?」
「うん、行く予定」
「さすが。私も行くから。じゃあね!」
そういって自転車にまたがり、遠ざかっていった。
悠は小さく手を振って、その背中が見えなくなるまで見送った。
(……明日来なかったら、連絡してみるか)
そう決めて、いつもは咲とふたりで歩く帰り道を、ポケットに手を入れたままひとりで歩いていった。




