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優しい灯  作者: 豆大豆
2章
92/145

届かない光

咲は図書室のドアの前に立ち、一度だけ、深呼吸をした。

そっと手を添えて開けると、扉はレールの上を軽く走る。


悠と夏海は既に来ていた。

ふたりは咲に気づくと、ノートを開いたまま手を止めていた。

ふたりに目をやりながら、咲はいつもの席にゆっくりと腰を下ろす。


「咲ちゃん……進路面談、どうだった?」


横にいる夏海は体ごと咲を向いて、そっと声をかけてきた。

いつもの明るさは抑えられている。

悠もペンを置いて、じっと咲に目を向けていた。


「……」

言葉が喉の奥に引っかかって、すぐに取り出せなかった。

それでも何とか、言葉を紡ぎだす。

「……第一志望は厳しいって、言われちゃった」

自嘲気味に笑いながら言う。

その様子に、悠と夏海はわずかに目を伏せた。


「……でも、何かアドバイスとかはもらえたんじゃない?」

ポジティブな情報を探すように、悠は尋ねる。


「努力次第ではまだ伸びしろがあるって……」

夏海は、うんうんと頷く。それは、咲の努力を肯定する仕草だった。


「……でも、第二志望を押さえたほうが良い、って言われて」


小さな声で続けたその言葉に、夏海の表情が固まった。


「……第二志望?」

「うん……そのうえで、第一志望にも挑戦しよう、って」

「待って……」


夏海は小さくうなだれていた。ペンを持つ指先が白くなり、力が入っているのが分かる。


「……それって、第一志望は諦めろって聞こえるんだけど」

夏海は続ける。

「だってさ……まだ三か月以上あるじゃん。今からだって、伸びる余地はあるのに……どうして“厳しい”なんて決めつけるの? 咲ちゃんがどんなに頑張ってるか、先生は見てないの?」


声が大きくなる。

怒りと戸惑いが混ざっている。


「前回の模試ではちゃんとCまで上がってたじゃん!今までだって一緒に勉強してきて、頑張ってるの見てきたのに……!」

その声に、少しずつ震えが混じり始めた。

「もし、そんな言葉で諦めちゃったら、それこそ本当におしまいじゃん!……今までの咲ちゃんの努力はどうなるの? ただの無駄だってことなの?」


いつの間にか、図書室にいた生徒たちがこちらを見ていた。


慌てて咲が絞り出すように言う。

「夏海さん、落ち着いて……」


悠も、諭すように続いた。


「うん、落ち着こう……先生は、確実な道を提案しただけだよ。藤音さんを傷つけたいわけじゃない」

「……分かってる。そんなの、分かってる」


夏海の声は、今にも消え入りそうなぐらい弱々しく、震えていた。


悠は落ち着いた声で続ける。

「でも、藤音さんが毎日頑張ってることは、俺も知ってる。だから、厳しいって言葉だけで片づけられるのは違うと思う」

夏海は小さくうなずいた。

「……咲ちゃんの、"入りたい"って気持ちが無視されてるみたいで、すごく嫌なんだ」


夏海は空いた手のひらで、目元をぬぐう。

その手は、わずかに濡れているように見えた。

夏海はうつむき、手で顔を覆う。くぐもった声が、かすかに聞こえてくる。


「……今、一番辛いのは、咲ちゃんなのに……」


瞬間、咲の胸がぎゅうっと強く締め付けられる。

あっという間に胸が溢れそうになり、体が熱を持った。

涙が滲むのを必死にこらえる。ただ、それだけで精一杯だった。


「……ありがとう、夏海さん」


まっすぐな夏海に、咲は精一杯の笑顔で応える。


「……ごめん、咲ちゃん」うつむいて、夏海は小さくつぶやいた。

「どうして夏海さんが謝るの?……仕方ないの。だって、これが今の私の結果だから。」


悠と夏海は、咲と同じ場所にいるはずなのに、立っている足場はまるで違うのだと、はっきり感じてしまった。

夏海と悠の存在が、言葉が、あまりにも優しく、眩しい。

そして、その眩しさが、今の咲にはただ息苦しかった。



次の日から、咲は図書室に顔を出さなくなった。

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