届かない光
咲は図書室のドアの前に立ち、一度だけ、深呼吸をした。
そっと手を添えて開けると、扉はレールの上を軽く走る。
悠と夏海は既に来ていた。
ふたりは咲に気づくと、ノートを開いたまま手を止めていた。
ふたりに目をやりながら、咲はいつもの席にゆっくりと腰を下ろす。
「咲ちゃん……進路面談、どうだった?」
横にいる夏海は体ごと咲を向いて、そっと声をかけてきた。
いつもの明るさは抑えられている。
悠もペンを置いて、じっと咲に目を向けていた。
「……」
言葉が喉の奥に引っかかって、すぐに取り出せなかった。
それでも何とか、言葉を紡ぎだす。
「……第一志望は厳しいって、言われちゃった」
自嘲気味に笑いながら言う。
その様子に、悠と夏海はわずかに目を伏せた。
「……でも、何かアドバイスとかはもらえたんじゃない?」
ポジティブな情報を探すように、悠は尋ねる。
「努力次第ではまだ伸びしろがあるって……」
夏海は、うんうんと頷く。それは、咲の努力を肯定する仕草だった。
「……でも、第二志望を押さえたほうが良い、って言われて」
小さな声で続けたその言葉に、夏海の表情が固まった。
「……第二志望?」
「うん……そのうえで、第一志望にも挑戦しよう、って」
「待って……」
夏海は小さくうなだれていた。ペンを持つ指先が白くなり、力が入っているのが分かる。
「……それって、第一志望は諦めろって聞こえるんだけど」
夏海は続ける。
「だってさ……まだ三か月以上あるじゃん。今からだって、伸びる余地はあるのに……どうして“厳しい”なんて決めつけるの? 咲ちゃんがどんなに頑張ってるか、先生は見てないの?」
声が大きくなる。
怒りと戸惑いが混ざっている。
「前回の模試ではちゃんとCまで上がってたじゃん!今までだって一緒に勉強してきて、頑張ってるの見てきたのに……!」
その声に、少しずつ震えが混じり始めた。
「もし、そんな言葉で諦めちゃったら、それこそ本当におしまいじゃん!……今までの咲ちゃんの努力はどうなるの? ただの無駄だってことなの?」
いつの間にか、図書室にいた生徒たちがこちらを見ていた。
慌てて咲が絞り出すように言う。
「夏海さん、落ち着いて……」
悠も、諭すように続いた。
「うん、落ち着こう……先生は、確実な道を提案しただけだよ。藤音さんを傷つけたいわけじゃない」
「……分かってる。そんなの、分かってる」
夏海の声は、今にも消え入りそうなぐらい弱々しく、震えていた。
悠は落ち着いた声で続ける。
「でも、藤音さんが毎日頑張ってることは、俺も知ってる。だから、厳しいって言葉だけで片づけられるのは違うと思う」
夏海は小さくうなずいた。
「……咲ちゃんの、"入りたい"って気持ちが無視されてるみたいで、すごく嫌なんだ」
夏海は空いた手のひらで、目元をぬぐう。
その手は、わずかに濡れているように見えた。
夏海はうつむき、手で顔を覆う。くぐもった声が、かすかに聞こえてくる。
「……今、一番辛いのは、咲ちゃんなのに……」
瞬間、咲の胸がぎゅうっと強く締め付けられる。
あっという間に胸が溢れそうになり、体が熱を持った。
涙が滲むのを必死にこらえる。ただ、それだけで精一杯だった。
「……ありがとう、夏海さん」
まっすぐな夏海に、咲は精一杯の笑顔で応える。
「……ごめん、咲ちゃん」うつむいて、夏海は小さくつぶやいた。
「どうして夏海さんが謝るの?……仕方ないの。だって、これが今の私の結果だから。」
悠と夏海は、咲と同じ場所にいるはずなのに、立っている足場はまるで違うのだと、はっきり感じてしまった。
夏海と悠の存在が、言葉が、あまりにも優しく、眩しい。
そして、その眩しさが、今の咲にはただ息苦しかった。
次の日から、咲は図書室に顔を出さなくなった。




