霞む景色
翌日、放課後の教室の一角。
咲は担任と向かい合って座り、机の上の進路希望調査票と成績表を見つめていた。
成績表の「D」の文字が、改めて現実を突きつけてくる。
椅子がきしむ音が静かに響き、それに続いて担任が口を開いた。
「……今回の判定はD。第一志望の桜ヶ丘大学は、現時点では正直厳しい。それはわかってる?」
「……はい」
予想していた言葉なのに、声にされると余計に苦しかった。
「……ただ、これは“今の時点”の評価にすぎず、これからの努力次第で伸びしろはまだあるから、諦めなくていい」
"これからの努力次第"
"諦めなくていい"
それなら、今までの自分の努力は足りなかったのだろうか?
諦めるのがあるべき姿なのだろうか?
「でも、第二志望の私立水乃杜大学なら今の成績でも十分に狙える。そこを確実に押さえつつ、第一志望にも挑戦しよう」
すべて正しい。反論できる余地はどこにもなかった。
今の自分が批判されているわけでもない。
ただ、"第一志望にも"と言う言葉が引っかかった。
まるで、おまけみたいな扱いだった。
咲の「第一志望に入りたい」という気持ちは、無いものとして扱われているようだった。
(……私は、まだ諦めてないのに)
そう思う気持ちは確かにあった。伝えたかった。
だけど、成績表に刻まれた「D」の文字。
それが、咲の口を重たくふさいでいた。
結局、今の自分には、そんなことを言う資格は無いのだと、はっきりと感じてしまった。
この空間で与えられたのは、救いではなく、冷たい現実だけだった。
担任とのやり取りを終えて席を立ったとき、廊下の音がやけに遠くに感じられた。
図書室までの道のりは、誰ともすれ違わなかった。
まるで、私ひとりが世界に置き去りにされたかのようだった。




