置いてけぼり②
少しの間、重い沈黙が続き、窓に打ち付ける雨音がやたら大きく響いていた。
悠はその空気を少しでも変えようと、小さく口を開ける。
「……夏海さんは塾とか行ってるんだっけ?」
「ううん、行ってないよ。ここでの勉強以外は、家だけ」
夏海は少し考えて、続けた。
「あ、でも私、単純だからさ。一度集中すると止まらなくて……昨日も気づいたら朝の4時だったし」
「「4時!?」」
咲と悠の声が重なった。思わず顔を見合わせて、慌てて声のトーンを落とした。
「え、夏海さん、眠くないの?」悠は続けて聞いた。
「う、うん……さすがにちょっと眠いけど……でも、普段は1時ぐらいには切り上げるし」
夏海は照れ隠しのように笑った。
「やっぱ夏海さんはバスケ部だったから体力と集中力があるのかな」と、悠がつぶやく。
「それでも、そんな時間まで……私、そんなふうにはできない……」
夏海の急成長の理由が分かった気がした。
いたって単純だった。
ただひたすらに、集中力が深く、長い。そして、それについてくる体力があった。
(……どうして、私の限界はこんなに低いんだろう)
咲の頭の中に言葉がよぎる。
自分は、翌日の体調を優先して、日付が変わるころには寝るようにしていた。
夜更かしをすれば、翌日の授業に集中できなくなる。勉強時間が増えても、眠気と疲れで頭に入らないなら意味がないと思っていた。
だけど、目の前で急成長を見せつける夏海は、自分の限界を軽々と飛び越えていた。
それと比べると、自分の努力がひどく薄っぺらく感じられてしまう。
悔しさと情けなさ。その両方が咲の胸を締め付けていた。
「……咲ちゃん」
夏海が静かに口を開いた。いつもの明るさを抑え、真剣な目で咲を見ていた。
「私ね、咲ちゃんがずっと頑張ってるの、ちゃんと分かってるよ」
夏海は続ける。
「だから……大丈夫。今回の結果がどうでも、咲ちゃんが努力してることは変わらないから」
咲は、言葉が喉に詰まるような感覚に襲われた。
夏海の真っすぐな優しい声は、余計に自分の小ささを浮き彫りにしてくる。
それに続くように悠も口を開いた。
「……俺もそう思う。藤音さん、毎日ずっと図書室で頑張ってるのを見てきたから」
一拍置いて、さらに続ける。
「……今回の結果はたしかに重いけど、それで全部決まるわけじゃないし。これからも、一緒に、少しずつ進めよう」
ふたりの言葉は温かく、誠実だった。
でもその優しさは、咲の胸に届く前に、重い鉛のように沈んでいく。
まるで、自分より高い足場から投げかけられる声のように響いていた。
(……どうして、私は素直に受け止められないんだろう)
ありがたいのに、胸の中では劣等感が顔を出す。
夏海の真っすぐさも、悠の落ち着いた言葉も、自分をさらに惨めに感じさせた。
ふたりの隣にいるのが、つらい。




