声の余韻
夜。
悠は自室の机の前に座り、図書室で借りてきた詩集を手に取った。
先週まで咲が読んでいたその本には、まだ彼女のぬくもりが残っている気がして、指先が一瞬止まった。
それから、静かにページを開いていく。
ふと手を止めたのは、咲が昼休みに中庭で見せてくれたあのページだった。
その詩を目で追いながら、悠の記憶が静かに動いた。
『うん。さっき、ちょうどこの詩を読んでたところ』
彼女の声が聞こえた気がして、悠は思わず視線を上げた。
もちろん、そこには誰もいない。
けれど、その声の余韻が確かに耳に残っている。
悠はもう一度、詩をそっと読み返した。
“見えない灯が 胸の片隅に灯る
言葉は見えず、ただ 温かく照らす”
昼休みに咲と一緒に見たときとは、今は少し違って感じられた。
同じ詩なのに、もっと柔らかくて、近い。
まるで彼女の声が、隠れているようだった。
咲と読んだ昼休みの記憶に続いて、放課後の図書室でのあの瞬間も、静かに思い出された。
『ちょうどよかった。日向さん、あなたが予約していた本です。』
秋の穏やかな声がよみがえり、続いて咲が見せた表情も。
咲はふっと笑った。
悠も「しまった」というように少し目をそらしながら、小さく笑った。
読みたかった本を譲ったのは、特に深い理由があったわけじゃない。
でも今、あの時の咲の笑顔の意味が少しだけ分かる気がした。
悠は本を閉じ、小さく息を吐いた。
…静かに残る、か
咲が詩について語ったあの言葉が、悠の胸を静かに流れていった。
壁時計の秒針が静かに動く。
悠は部屋のライトを消し、少しだけ机に体重を預け、窓の外に目を向けた。
ぽつりぽつりと夜空に浮かんだ星。その小さな灯りをただ静かに見つめていた。