先を行く二人
その日は曇り模様で、秋風が冷たい日だった。
二学期の中間試験が終わった次の週。
各教科の時間で、テストの結果が返された。
咲は採点済みの回答用紙を見て、ため息をついた。
数学、理科がとにかく悪い。
その二教科は平均点に届いていなかった。
理由は明白で、三年の範囲の理解が追い付いていない。
復習をしても、その日習った内容を理解するだけで何時間もかかってしまう。
他の教科は、大きな変化はなかった。ただ、全体の点数が落ち、咲の胸に影を落としていた。
放課後、図書室のいつもの席に向かうと、夏海と悠が先に来ていた。
夏海は返却された答案を並べて、にこにこと嬉しそうな顔をしている。
「あ、咲ちゃん。……見てこれ、国語と小論文、めっちゃ点数上がってた!」
「わ、すごい……おめでとう」
咲は笑って答えたが、声はわずかに震えていた。
その点数は、咲よりも上になっていた。
「秋先生に言われた構成、ちゃんとやってみたら意外といけたんだよね!」
夏海はさらに続ける。
「あとは、ふたりが分からないところを丁寧に教えてくれたからだよ。本当にありがとう!」
その言葉はまぶしく響く。
咲は、カバンに入った自分の答案をちらと見ながら、結果は伝えなかった。
咲も机に座り、ノートを広げ、数学の問題を見直していた。
答案用紙で間違えた部分に赤ペンでバツ印がついている。
解答は配られているのに、それを見ても、解答までの道筋が分からない。
式の途中で思考が止まり、何度読み返しても同じところで引っかかってしまう。
隣では、夏海が問題集をめくりながら、どんどんと解き進めていた。
シャーペンの音が軽快に響き、間違えたところにもすぐに修正の書き込みが入る。
悠も静かに参考書をめくり、ときおりページをめくる手を止めては、ノートに式を書き写していた。
咲は、自分の答案用紙に視線を戻した。
一つ質問しようかと思って、口を開きかけて、やめた。
自分の詰まってるところが、ふたりにとってはなんてことのない部分かもしれない。
それが、恥ずかしく思えた。
そんな自分に気づいたのか、向かいの席の悠がふと顔を上げ、静かに口を開いた。
「……藤音さんが見てるやつ、数学だよね」
少し間をおいて、「今回の、難しかったな」と続けた。
まるで、咲が落ち込んでいるのを感じ取ったかのような言葉だった。
悠の言葉に視界がにじんだ気がした。
「……咲ちゃん、大丈夫?」
夏海の声に、咲はゆっくり顔を上げた。
「……あの……」
咲の声が小さく響いた。
答案用紙を指で押さえたまま、視線だけが動く。
「ここ、途中までは分かるんだけど……なんでこの式になるのかが、よく分からなくて」
その声は、ほんのわずかに震えていた。
「見せて」
悠が椅子を引く音を立てずに咲の隣へ回り込んだ。
夏海も一緒に答案用紙を斜めにのぞき込んで、しばらく黙ったあと、
「ああ、これ、一段間に挟まないといけない式があるんだよ」
悠は穏やかな声で、咲の震える声を整えるように話し始めた。
横で聞いていた夏海は、参考書とノートを引っ張り出し、たくさん貼られた付箋の一つを指でつまみ、ページを開いた。
「咲ちゃん、ほら、ここに書いてあるやつ。……分かりにくいよね、これ」
「あ、夏海さんナイス。このページの枠外の補足が実は大事で……」
悠は、そう言いながら参考書を指差した。
夏海と悠が寄り添うように、不明点を一つずつ聞いて、教えてくれる。
それがありがたくて、同時に自分が何とも情けなく感じて。
咲の目頭に熱がこもる。なんとかこらえて、ふたりの説明を聞いていく。
「……どう、繋がった?分からなかったら遠慮しないで聞いて」
悠の口調はどこまでも優しかった。
「……うん、大丈夫。日向くん、夏海さん、ありがとう」
咲は小さく微笑んで、言葉を返した。
ふたりはやわらかく頷いて、また自分の勉強に戻っていく。
いつの間にか、ふたりにずいぶんと差をつけられてしまった気がした。
そして、どんどん先に進めるふたりを少しだけ恨めしくも思ってしまう自分の心に気付き、頭を振る。
ふたりの優しさに胸の中はどうしようもなく温かかったのに、自分の暗い気持ちが、それを覆ってしまった。




