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優しい灯  作者: 豆大豆
2章
82/145

夕暮れのファミレスで②

そのとき、悠が席を立った。咲と夏海は自然と視線を送る。

「ちょっとトイレ」とだけ言い残し、悠はゆっくりと歩き出す。

咲はその後ろ姿を、不安な気持ちで見つめていた。


「……ねえ、さっきの話だけどさ」

夏海はグラスの氷をストローでつつきながら、真顔になる。

「結局咲ちゃんってさ、悠くんのこと、どう思ってるの?」


咲は飲みかけのグラスを持ち上げたところで動きを止めた。

「えっ?」と言葉を詰まらせる。


「ど、どうって……」


言葉がまとまらなかった。

そもそも、自分は悠のことをどう思っているのか。

そんな問いを、真正面から考えたことがなかった。

すぐには答えられなかったけど、黙っているわけにもいかなくて。

咲は小さく息を吐きながら、やっとのことで言葉を絞り出す。


「……なんだろう。……友達、かな」


「ふーん、友達ねぇ」

夏海はにやっと笑う。


「でもさ、悠くんって落ち着いてて、絶対大学行ったらモテると思うんだよね~」


その言葉が、咲の胸に小さな波紋を投げかける。

(……モテる?)

思わず、その言葉を心の声で繰り返す。

悠が他の誰かと、自分よりも仲良くしている姿なんて、これまで想像したこともなかった。

それは、想像したくなかっただけかもしれない。

自分がいちばん近くにいると思っていた。


そして、それが当たり前に続くと思っていた。

でも、大学という新しい世界に行ったら?


……悠の隣には、自分じゃない誰かがいるかもしれない。


そんな光景が頭に浮かび、咲は思わず小さく首を振った。

「そんなこと、あるかな……」

声には、わずかな震えのようなものが混じっている。

まるで、自分に問いかけるような言葉だった。


「あるある。だってさ、なんか話してると、落ち着くっていうか。うるさくなくて、聞き上手だし。あと、気配りも自然だしね」


「……」


咲は心の中で、何かが少しずつ崩れていくような感覚を覚えていた。

悠のそういう一面に、“ほかの誰かも惹かれていく”のだとしたら……


夏海は畳みかけるように言葉を続けた。

「悠くんみたいな大人っぽいタイプ、案外強いんだよ?『この人落ち着くなぁ』って、一緒に居るとホッとするって言うか」


夏海の言う通りだった。いつも、悠と一緒にいると安心できた。


でも、知らない誰かが悠の隣で笑いかけたとしたら……。

そして、悠もその人に対して、笑顔を向けていたら……?


「だから、のんびりしてたら、彼女出来ちゃうかもよ?」


「……っ」

その言葉に、咲は心臓をギュッと掴まれた感覚に襲われた。

(……そんなの、いやだ)

それは、咲の心に明確に出てきた感情だった。

咲は深くうつむき、唇が小さく震えている。

その指先で掴んでいたストローは、知らぬ間に折れ曲がっていた。


そんな咲の沈黙と表情に、夏海は思わず息をのむ。

(……やばっ)

「……あっ、ごめん!言い過ぎた!咲ちゃん、ほんとごめん!」

慌てたように、咲の腕を縋るように掴んだ。


そのまま一拍を置いて、夏海は静かに言葉をつづけた。

「……でもね、咲ちゃん。大丈夫」

咲が顔を向けると、夏海は微笑みながら、でも真っ直ぐな目をしていた。

「悠くん、咲ちゃんのこと、好きだと思うよ」


「……えっ」


「だってさ、そもそも悠くんって女子とほとんど会話しないのに、咲ちゃんには話しかけるじゃん」


「……それは、夏海さんにもじゃない?」


「と思うじゃん?私から一方的に話しかけてるだけで、悠くんからは意外と話しかけてこないんだよ?」

咲は意外そうな顔をした。

夏海は柔らかく笑みを浮かべ、話を続けた。

「何よりね。咲ちゃんと話してるときの悠くんの顔、めっちゃ優しいんだよ。穏やかで、安心してる顔」


咲の中に、じわじわと広がっていた不安が、ふっと静まっていく。

自分以外の誰かが、そう言ってくれることが、驚くほど嬉しかった。


頬が少し熱を持ち、咲はうつむき気味に、グラスに刺さったストローを指でなぞった。


「……そう、見えるんだ」

「うん。私は見ててすぐわかったよ」


夏海はそう言って微笑んだあと、ふっと視線を外す。

まっすぐな言葉が、咲の不安を和らげてくれた。

咲はその言葉を噛みしめながら、安心したように、少しだけ笑った。


「……あはは、咲ちゃんは分かりやすいなあ。悠くんへの気持ち、よくわかっちゃった」


「うっ……あの、言わないでね……?」


「もちろん」夏海は大きくうなずきながら、力強く答えてくれた。


夏海の存在に、時々複雑な気持ちを抱いていたけれど。

今は、そのまっすぐさと優しさに、素直に感謝したいと思っていた。

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