夕暮れのファミレスで②
そのとき、悠が席を立った。咲と夏海は自然と視線を送る。
「ちょっとトイレ」とだけ言い残し、悠はゆっくりと歩き出す。
咲はその後ろ姿を、不安な気持ちで見つめていた。
「……ねえ、さっきの話だけどさ」
夏海はグラスの氷をストローでつつきながら、真顔になる。
「結局咲ちゃんってさ、悠くんのこと、どう思ってるの?」
咲は飲みかけのグラスを持ち上げたところで動きを止めた。
「えっ?」と言葉を詰まらせる。
「ど、どうって……」
言葉がまとまらなかった。
そもそも、自分は悠のことをどう思っているのか。
そんな問いを、真正面から考えたことがなかった。
すぐには答えられなかったけど、黙っているわけにもいかなくて。
咲は小さく息を吐きながら、やっとのことで言葉を絞り出す。
「……なんだろう。……友達、かな」
「ふーん、友達ねぇ」
夏海はにやっと笑う。
「でもさ、悠くんって落ち着いてて、絶対大学行ったらモテると思うんだよね~」
その言葉が、咲の胸に小さな波紋を投げかける。
(……モテる?)
思わず、その言葉を心の声で繰り返す。
悠が他の誰かと、自分よりも仲良くしている姿なんて、これまで想像したこともなかった。
それは、想像したくなかっただけかもしれない。
自分がいちばん近くにいると思っていた。
そして、それが当たり前に続くと思っていた。
でも、大学という新しい世界に行ったら?
……悠の隣には、自分じゃない誰かがいるかもしれない。
そんな光景が頭に浮かび、咲は思わず小さく首を振った。
「そんなこと、あるかな……」
声には、わずかな震えのようなものが混じっている。
まるで、自分に問いかけるような言葉だった。
「あるある。だってさ、なんか話してると、落ち着くっていうか。うるさくなくて、聞き上手だし。あと、気配りも自然だしね」
「……」
咲は心の中で、何かが少しずつ崩れていくような感覚を覚えていた。
悠のそういう一面に、“ほかの誰かも惹かれていく”のだとしたら……
夏海は畳みかけるように言葉を続けた。
「悠くんみたいな大人っぽいタイプ、案外強いんだよ?『この人落ち着くなぁ』って、一緒に居るとホッとするって言うか」
夏海の言う通りだった。いつも、悠と一緒にいると安心できた。
でも、知らない誰かが悠の隣で笑いかけたとしたら……。
そして、悠もその人に対して、笑顔を向けていたら……?
「だから、のんびりしてたら、彼女出来ちゃうかもよ?」
「……っ」
その言葉に、咲は心臓をギュッと掴まれた感覚に襲われた。
(……そんなの、いやだ)
それは、咲の心に明確に出てきた感情だった。
咲は深くうつむき、唇が小さく震えている。
その指先で掴んでいたストローは、知らぬ間に折れ曲がっていた。
そんな咲の沈黙と表情に、夏海は思わず息をのむ。
(……やばっ)
「……あっ、ごめん!言い過ぎた!咲ちゃん、ほんとごめん!」
慌てたように、咲の腕を縋るように掴んだ。
そのまま一拍を置いて、夏海は静かに言葉をつづけた。
「……でもね、咲ちゃん。大丈夫」
咲が顔を向けると、夏海は微笑みながら、でも真っ直ぐな目をしていた。
「悠くん、咲ちゃんのこと、好きだと思うよ」
「……えっ」
「だってさ、そもそも悠くんって女子とほとんど会話しないのに、咲ちゃんには話しかけるじゃん」
「……それは、夏海さんにもじゃない?」
「と思うじゃん?私から一方的に話しかけてるだけで、悠くんからは意外と話しかけてこないんだよ?」
咲は意外そうな顔をした。
夏海は柔らかく笑みを浮かべ、話を続けた。
「何よりね。咲ちゃんと話してるときの悠くんの顔、めっちゃ優しいんだよ。穏やかで、安心してる顔」
咲の中に、じわじわと広がっていた不安が、ふっと静まっていく。
自分以外の誰かが、そう言ってくれることが、驚くほど嬉しかった。
頬が少し熱を持ち、咲はうつむき気味に、グラスに刺さったストローを指でなぞった。
「……そう、見えるんだ」
「うん。私は見ててすぐわかったよ」
夏海はそう言って微笑んだあと、ふっと視線を外す。
まっすぐな言葉が、咲の不安を和らげてくれた。
咲はその言葉を噛みしめながら、安心したように、少しだけ笑った。
「……あはは、咲ちゃんは分かりやすいなあ。悠くんへの気持ち、よくわかっちゃった」
「うっ……あの、言わないでね……?」
「もちろん」夏海は大きくうなずきながら、力強く答えてくれた。
夏海の存在に、時々複雑な気持ちを抱いていたけれど。
今は、そのまっすぐさと優しさに、素直に感謝したいと思っていた。




