つかの間の記憶
「……あ、そろそろ時間だね」
咲が時計を見て声を上げると、三人は残っていた飲み物を飲み干し、荷物をまとめる。
会計を済ませて外に出ると、昼間の熱気は和らいでいた。
「外、さっきよりも過ごしやすいね」
咲が髪を耳にかけながらつぶやくと、夏海は周囲を見回しながら言った。
「ねえ、まだ時間大丈夫なら、ちょっとだけ寄り道しない?」
「寄り道?」悠が首をかしげる。
「ほら、近くにゲームセンターあったでしょ。プリクラ撮ろうよ、三人で」
夏海の突然の提案に、咲と悠は顔を見合わせた。
「うん、私も撮りたいな」
「え、ちょっと待って、俺も?」
驚く悠に「当然!大丈夫、女子が居れば男子も撮っていいんだから!」夏海は満足げに笑い、先頭に立って歩き出した。
ゲームセンターの奥、プリクラコーナー。
普段は男子禁制の雰囲気が強い場所に、女子二人に連れられて入ってきた悠は、場違い感でそわそわしていた。
奥の方にある、白く光る大きなブースの前で立ち止まった夏海が、
「よし、これにしよー」と、当然のように二人を促す。
「すごいな、今ってこんななのか……プリクラなんて子供のころに家族と撮って以来だな……」と、悠が半歩引く。
「男子だけだとプリクラって撮れないところ多いもんね」と、咲は笑みを含ませて返した。
「大丈夫大丈夫。最近のは勝手に盛ってくれるから!」
夏海は慣れた手つきで料金を支払い、両手で咲と悠の背中をぐいぐい押す。
「わっ」咲は小さく声を上げ、悠もつられて足を踏み出す。
抵抗する間もなく、二人は勢いに流されるようにしてブースの中へ。
中は思ったより広く、三人並んでも余裕があった。
上から降り注ぐライトがやたら明るくて、悠は思わず目を細めた。
夏海はタッチパネルを操作し、季節限定の花火背景をぽんぽんと選んでいく。
「はい、これ! 夏っぽいでしょ」
「じゃ、まず全員集合で!」
モニターに三人の姿が映る。
「咲ちゃん、もうちょい近づける?悠くんはちょっとしゃがむ感じで」
夏海の素早い指示に、二人は慌てて動く。画面端のカウントが、もう動き始めていた。
夏海が真ん中でピース。咲と悠もつられて笑顔のピース。
「次はせーのでジャンプしよ!」
今度は全力ジャンプ。カウントの「1」の表示と同時に跳び上がり、
着地と同時に笑い声がブースいっぱいに響く。
二枚目は空中でのはしゃいだ姿。
「じゃ、次は悠くんと咲ちゃんだけね」
そう言って夏海がスッと横に引き、二人だけが画面に残る。
「え、急に…」と咲と悠はお互いに少し照れた顔をするが、カメラは容赦なくカウントを刻む。
悠は背筋を伸ばして、控えめにピースをする。それを見て咲も同じようにピースをして構える。
三枚目を撮った直後のモニターには、観光地で撮るような、間の開いたふたりが映っていた。
その様子を見て、夏海は思わず吹き出した。
「もー、もっとくっつかないと!」
ふたりの後ろに立った夏海は、両手で咲と悠の肩に手を回し、距離を詰める。
それでもまだ硬さの残るふたりに、「ほらほら、笑ってー」と、
自分もぐいっと間に割り込んで肩を寄せた。
思わぬ近さに、咲と悠は一瞬戸惑ったが、夏海のあまりの強引さと楽しそうな笑顔につられて、つい吹き出してしまう。
カウントがゼロになった瞬間——
カシャッ
モニターには、三人が肩をぴったり寄せ合って笑う、
この日いちばん距離の近い一枚が残った。
撮り終えると、落書き用の大きなモニターに移動した。
三枚目の咲と悠のツーショット写真を見て、夏海は「これ、ちょっと寂しいな〜」と笑い、
タッチペンで二人の間に大きなハートを描き込んだ。
その上から「もっとくっつけ!」と丸文字で書き、猫のスタンプをぎゅうぎゅう詰めで、ふたりを押すように並べる。
「ちょっ、何書いてんの……」と悠が照れながら苦笑すると、咲もつられて笑った。
四枚目の写真には、タッチペンで「いい笑顔!」と書き、花火のスタンプを散らす。
三人の笑顔が鮮やかに画面いっぱいに広がっていた。
「これ、スマホにも送っとくね」
編集が終わると、夏海がQRコードを読み取り、咲と悠にもデータを転送する。
そのあいだ、印刷機から温もりの残るシール台紙が出てくる。
夏海が台紙を手に取り、切り込みに沿って一枚ずつ外していく。
三枚目の写真を夏海は指先でつまみ、少し掲げて悠を見る。
「悠くん。これ、咲ちゃんに渡しちゃっていい?」
「……うん、いいよ」
短く答えた悠の声を聞いてから、夏海はその小さなシールを咲に差し出した。
「はい、これ」
写真を手渡された咲は、指先で「もっとくっつけ!」の文字をそっとなぞる。
データでは何度も見られるのに、この一枚を大事にしまった。
ゲームセンターを出ると、外はもう暗くなっていた。
「楽しかったー!二人とも、今日はありがとうね」
「ううん。私も楽しかったな。ありがとう」咲がそう言うと、悠も小さく笑う。
「プリクラは驚いたよ。でもいい思い出になったな」
駐輪場の手前で夏海が「じゃあね、また明日!」と手を振り、
「また明日ね」「おつかれ」と咲、悠がそれぞれ返す。
咲と悠は並んで駅へと歩く。
咲は「またね」と小さく手を振り、改札を抜けていく。
いつからか、悠がバス停へ向かう前にここまで見送るのが日課になっていた。
咲は、帰宅途中の電車の中、車窓の外を流れる街の灯りを横目に、もう一度スマホを開く。
花火の背景と落書きに囲まれた三人の笑顔が、こちらに向かって輝いていた。




