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優しい灯  作者: 豆大豆
2章
73/145

新しい風

放課後の図書室の空気は、いつも通り静かだった。

開け放たれた窓から、かすかに遠くの蝉の声が入り込む。

咲は、いつもの窓際の席で一人、参考書とノートを広げていた。


図書室の扉が小さく開く音に、咲はふと顔を上げた。

そこには悠の姿と、女子生徒の姿があった。

咲は、ほんの少しだけ戸惑いを覚えた。


「藤音さん。今日、真田さんも一緒に勉強してもいい?」


悠が少し控えめにそう告げると、その隣の女子、真田 夏海が、にこやかに咲に頭を下げた。


「こんにちは。えっと……真田 夏海です。オープンキャンパスで会ったよね? あの時はちゃんと話せなくてごめんね」


咲は軽く目を見開いて、それから頷いた。


「ううん。私もちゃんと挨拶できてなかったから……藤音 咲です。」


夏海は安心したように頬を緩めた。


「かわいい名前だね。ねえ、咲ちゃんって呼んでもいい?」

夏海は声を弾ませて付け加えた。

「私のことも夏海って呼んでくれていいよ。クラスのみんなにもそう呼ばれてるから」


少し驚き、小さくうなずいた。


「えっと、じゃあ……『夏海さん』って呼んでもいい?」


夏海はくすっと笑った。


「えー、なんか堅いなあ……まあ、いっか!」

夏海は今度は悠に視線を向ける。

「悠くんも夏海って呼んでいいんだよ?」


「え……うーん、俺も、『夏海さん』でいいかな?」

夏海の言葉に悠は少しだけ考え、控えめに答えた。

それを聞いた夏海はちょっとだけ困ったような顔をして、指でOKマークを作って頷く。


それから、悠がいつもの席に座ると、夏海は自然にその隣に腰掛ける。

咲が向かいからその並びを見た瞬間、胸の奥に微かなざわめきが生まれた。

ごく小さく首を左右に振り、そんな気持ちをそっと押し込めて、ノートに視線を向けた。


それから少しの間、それぞれは静かに勉強を進めた。

ページをめくる紙の音、ノートを走るペンの音、窓からの穏やかな風の気配。

それだけで、今までとは違う空気が生まれた気がした。


そんな中、不意に夏海のペンが止まる。


ほんの少し躊躇った後、夏海は小声で悠に問いかけた。


「……悠くん、質問してもいい?」


悠は穏やかに顔を上げる。


「もちろん」


夏海は恥ずかしそうに、英語の参考書を指さした。


「ここ……1年の時の範囲だと思うんだけど、どう考えればいいか分からなくて」


悠は夏海の本を覗き込み、小さくうなずいた。


「ああ、ここか。うん、わかるよ。」

悠は夏海の参考書を手に取り、解説した。

「おお、なるほど……悠くん、教えるの上手だね」

夏海は感心するように頷きつつ、続けた。

「じゃあさ、こっちはどう考えたらいいの?」


「あー、こっちは……俺もちょっと理解しきってないなあ。藤音さん、ちょっと聞いていい?」


咲は少し驚いたように視線を上げたが、悠と目が合って頷く。


「うん。ちょっと貸して?」


咲は夏海の本を受け取り、小さく、しかし丁寧に解説した。

夏海は熱心に耳を傾け、咲の説明が終わる頃には、ぱあっと明るい笑顔を見せた。


「ああ!そういうことか。やっと腑に落ちた。ありがとう!」


夏海の明るい声が、静かな図書室にやさしく響く。


咲は少し照れたように目を伏せ、悠は穏やかに微笑んだ。

三人の間に流れる空気は、やがてごく自然なものになっていった。


窓の外、かすかな蝉の声は途切れていた。

代わりに、小さな虫の声がどこか遠くで聞こえ始めていて、

新しい風がカーテンをそっと揺らした。

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