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優しい灯  作者: 豆大豆
2章
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少し先の景色2

《12:30 学食》


食事を終えて席を立とうとしたとき、咲の視界の端で手を振る人影があった。


「あ、悠くん!」


明るい声に悠が振り返ると、そこには満面の笑顔を浮かべた女子が立っている。


「真田さん。来てたんだ」

「うん、教育学部の説明会に。……って、あ、ごめんね、友達と一緒だった?」


咲が小さく会釈すると、悠は落ち着いた調子で紹介した。


「藤音さん、こちら、同じクラスの真田夏海さん。バスケ部のキャプテン」

「いや、キャプテンはもう引退したよ……っと、初めまして! 悠くんとは同じクラスで。藤音さんはどこを見に来たの?」

「初めまして、藤音 咲です。私は文学部で……今日は体験授業を受けてきて」

「ほうほう。体験授業、楽しかったよね。私、この後も、説明会と部活紹介でぎっちりで……。あ、やばい!次ももうすぐ始まるんだった!」


夏海は腕時計を確認して小さく飛び上がるようにしながら、慌ただしく手を振った。


「また学校でね!」

「うん、また」

悠が軽く手を振り返す。咲も小さく頷いて、それを見送った。


夏海が去った後、咲はほんの少しだけ胸のあたりがざわつくのを感じた。

彼女の明るさと、その明るさに自然に応じていた悠の様子が、少しまぶしかったのだろう。




《13:10 キャンパスツアー集合場所》


午後は予約しておいたキャンパスツアーに参加することになっていた。

咲と悠は集合場所に向かう。木陰で待っていると、学生スタッフが声をかけてきた。


「では皆さん、これから学内を回ります。何か気になることがあれば気軽に質問してくださいね」


列に混ざって歩きながら、悠はずっとスタッフの話に真剣に耳を傾けていた。

咲は悠の横顔をちらりと見た。視線の先には、真っ白な校舎の壁と青い空がきれいなコントラストを作っている。


ツアーは、大学図書館に入ったところで一気に参加者の熱が高まった。


「大きい……」


咲は思わず小声でつぶやいた。

入り口を抜けると、すぐに圧倒されるほどの書棚が並び、吹き抜けの天井ははるか上の方まで伸びていた。

見渡す限りの本の背表紙が咲の視界に飛び込んできて、思わず足を止めてしまう。

その隣で、悠が感嘆したように言った。


「市の図書館より広いかもな……」


書棚に目を奪われる咲は、ツアーがゆっくりと次へと進んでいることに気づかなかった。

ふと見ると、前の参加者との距離が広がっている。咲は慌てて数歩急いだ。


「藤音さん、大丈夫?」

「うん。ごめんね……」


咲が申し訳なさそうに小さく笑うと、悠も微笑んで少しだけ歩幅を緩めた。




《14:30 キャンパス内散策・池のほとり》


ツアーが終わった後、ふたりはキャンパスマップを頼りにゆっくりと大学内を歩いていた。


静かな午後のキャンパスは、午前中のざわつきとは違って柔らかな空気に包まれている。

途中、小さな池のある広場で、ふたりは並んでベンチに座った。


池の水面は風でかすかに揺れ、陽の光を細かく散らしている。

咲はふと、隣で静かに息を吐く悠の横顔を見つめた。


「今日、どうだった?」

悠が咲に尋ねる。


「すごくよかった。……文学部って、私が考えてたよりもずっと広くて深くて。図書館も本当にすごかったし」

「うん。俺も、この大学に来たいって気持ち、もっと強くなった。ここなら頑張れそうな気がする」


ふたりの言葉が穏やかな風に混じって、午後の空気に溶けていく。

咲はゆっくりと息を吸い込んだ。


「私も、ここで頑張りたい。……あの、日向くんと一緒にここに来て、またこうして一緒に歩きたいって思った」


咲の声は、風に乗ってしまいそうなくらい小さかったけれど、悠はちゃんと聞いていた。

ゆっくりと頷き、小さく笑った。


「うん。一緒に来よう」

悠の言葉は短いけど、確かな意思が込められていた。

……そう口にしたあと、悠は視線を泳がせた。

咲と目が合いそうになると、わずかに顔をそらして、池の方へ視線を向けた。

咲は、自分の頬が微かに赤くなるのを感じた。

それは夏の暑さのせいだけではなかったけれど、悠は何も言わず、静かに水面を見つめていた。


その時間は、まるでふたりが既に大学生になったかのような、少しだけ背伸びをした感覚だった。

そこに続く未来に手を伸ばしてみたいと、咲は強く思った。


やわらかな午後の光の中で、咲はもう一度だけ、今、この瞬間を噛み締めた。


(ここに来たい。ここで、一緒に歩きたい。)


咲の胸の内に、少し先の景色が、またひとつ、静かに広がった。

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