いくつかの景色
進路希望調査票の上で、咲のシャープペンは止まっていた。
ひとまずの希望として、2つの大学を書いていた。
第一希望に、国公立の桜ヶ丘大学
第二希望に、私立の水乃杜大学
どちらも文学部があり、どちらも魅力があった。
ただ、今の咲の学力を考えると、水乃杜大学のほうが現実的かもしれなかった。
窓から差し込む午後の光が、机の上にやわらかく広がっている。
咲は、迷いをそのまま言葉に変えるように、静かに悠へ言葉をかけた。
「日向くんは進路希望書き終わった?」
向かいの席で勉強していた悠が、ペンを止めて答えた。
「俺? 俺は桜ヶ丘大学の法学部。学費も安いしね」
「桜ヶ丘大学かあ……少し難関だよね?」
「うん……簡単ではないかな」
その言い方は淡々としていたけれど、“分かってて選んだ”という明確な意思があった。
悠の成績なら、確かに手が届く範囲にあるのだろう。
「私は……桜ヶ丘と、水乃杜で迷ってて。どっちも文学部なんだけど、雰囲気がぜんぜん違って……」
「まあ、わかる。水乃杜って、おしゃれな感じだよね。パンフとかも、カフェっぽい教室とか」
「うん。すごく素敵。でも、桜ヶ丘には大きな図書館があって……それも惹かれてて。ただ、ちょっと偏差値も高くて……」
咲の声は穏やかだったけれど、そこには確かに揺れがあった。
悠は少しだけ考えてから、静かに言葉を返す。
「俺は……“ここなら、たぶん後悔しない”って思ったから、桜ヶ丘にした。
最初は消去法で選んだんだけど、……気づいたら、ここがいいかなって。ここに通う自分が想像できた感じ」
咲は、その“想像できた”という言葉に、耳を傾けた。
想像できる未来。
通う自分の姿。
それが見えたとき、きっと迷いは終わるのかもしれない。
「……そっか。そういうの、いいなあ」
「……あとは、まだ先だけど、夏休みにオープンキャンパスに行って比べてからでもいいと思う」
咲の迷いを受けて、そっと手を差し出すように、悠は提案する。
「あ、そっか。行ってから決めても良いんだね」
悠の言葉に、咲はもう一度、進路票に視線を戻す。
今回は、とりあえずで書いた希望。
"オープンキャンパス"
そこに行けば、もう少し先の景色が見えるのかもしれないと思った。




