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静かな始まり
朝の空気に、少しだけ緊張の匂いが混じっている気がした。
高校三年生になった藤音 咲は制服の裾を指先で整えながら、昇降口を抜け、廊下を歩いていく。
「うわーー、別クラスか!」
「おー、今年は同じ二組だね!よろしく!」
「え……知り合い少ないんだけど……」
様々な感情にまみれた声が飛び交っている。
掲示板の前には、すでに人だかりができていた。
貼り出された三年生のクラス発表の紙がある。
自分の名前を探す指が、一組の名簿でぴたりと止まった。
「藤音 咲」
そして、もう一つの名前を、期待を込めて自然と探す。
だけど、一組にその名前は無かった。
少しの落胆を胸に、別のクラス名簿に視線を移すと、二組の名簿に
「日向 悠」の名前が目に入った。
(……今年は別のクラスなんだ)
ざわめく声にまぎれて、人の流れを縫うようにその場を離れる。
咲の隣を、肩を寄せ合って声を弾ませる生徒たちが、通り過ぎていく。
春の光はあたたかいのに、風が少し冷たかった。
(……大丈夫、図書室で会える)
約束したわけじゃない。でも、きっと彼も、同じことを思っているはず。
そう思ったら、肩の力が少しだけ抜けた。




