巡る本
日が傾くにつれ、図書室の空気に静かな重さが漂いはじめる。
カウンターには国語教師・秋がいた。
国語の授業を担当しているが、図書室の管理も任されているらしく、放課後にはこうしてよくカウンターの内側に座っている。
机に並んだ蔵書カードを静かに整理していたが、咲の気配に気づくと、穏やかに顔を上げた。
咲はカウンターの前に立ち、そっと一冊の本を差し出した。
薄い詩集。秋が前の授業で紹介していたもの。
そして、悠が見つけてくれたもの。
「ああ。これを手に取ってくれるんですね」
秋は手元のバーコードリーダーを軽く傾け、
バーコードを読み取る短い音とともに、表紙に目を落とした。
それは独り言のようで、けれど咲にちゃんと届く声だった。
秋の目線は、本の上で一瞬とどまり、やがて咲へと移った。
「この本、静かだけど、心に残るんです。
この本には、そういうのが多い気がして……私は好きなんです」
咲は、その言葉を胸の奥にそっと置いた。
「はい。読みたくて」
それ以上のやりとりはなかった。
秋はしおりをそっと本に挟み、咲に差し出す。
「返却は来週の月曜までです。ごゆっくり」
咲が「ありがとうございます」と丁寧に受け取ったとき、
カウンターの近くの席で本を読んでいた悠が、ふと顔を上げた。
咲と秋のやりとりが、不思議と悠の胸に引っかかった。
咲の手にある詩集。
咲がなぜこの本を手に取ったのか、少しだけ分かる気がした。
自分も、あのとき、たしかに手に取ってみたいと思っていたから。
悠は目を伏せ、ゆっくりと手元のページに視線を戻した。
ページをめくる音と、淡い風の音だけが、午後の光が柔らかく差し込む図書室の中に残っていた。