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優しい灯  作者: 豆大豆
1章
57/145

少しの変化

朝の教室に、冬の光が斜めに差し込んでいた。

ざわめきはいつも通りだった。

プリントを忘れたとか、髪が跳ねてるとか、そんなどうでもいい会話が行きかっている。

窓の外には、まだ冷たい風が揺れていた。


咲もまた、いつもどおりの時間に教室にいた。

鞄を下ろしてペンケースと1時限目に使う教科書を机の上に置いたまま、

近くに座っている友達たちと他愛もない会話をしていた


すこしして、ドアが開いた。


悠が、軽く寝ぐせのついた髪のまま、

ゆるい足どりで教室に入ってきた。


咲が、ふと顔を上げる。

悠も、ふと視線を向ける。


一瞬だけ、目が合った。

咲は、小さく微笑んで、「おはよう」と声をかけた。

悠は、ちょっと照れたように笑って「……おはよ」と返した。


そのやりとりは、それだけだった。


でも、ほんの数秒間、空気がふっと変わった。


ふたりの視線が離れたあと、咲の隣にいた友達のひとりが、何気ないふうを装いながら、

悠の背中を視線で追いかけた。

それから、咲の方へ視線を戻す。その視線は、なんとなく「ん?何かあった?」と聞いてくるようだった。

視線に気づいた咲は、やわらかく頬を緩める。

友達は何も聞いてこなかった。(多分後で聞かれる気がするけど)



昼休み、2月の日差しにしてはぽかぽかと温かかった。

咲はいつものように、教室の隅に集まった友達と会話しながら昼食をとっていた。


「でね、あの先生、『あれ?プリント持ってきたはずなのに』と言って、教材の間や机の中、果ては教室のゴミ箱の中まで探してたの。さすがに授業中に捨てる人いないでしょって思うのに」

「慌ててたんだろうねえ~……」

「しかも結局、掃除の時に、教卓の引き出しの裏から見つかったしね……もうぐしゃぐしゃ」

「あの先生、ちょっと抜けてるよね~、それがまた気取ってなくていい先生なんだけど」


友達の笑いにつられるように、咲も微笑みながら、お弁当を口に運ぶ。

それも、いつもの風景。


ふと顔を上げると、友達のひとりがこちらを見ていた。

「……咲ちゃん、なんかあった?」

箸を止めたまま、何気ないような口調で尋ねてくる。

咲が返す前に、他の友達も、「え?え?」と言う顔で興味深そうに咲を見てくる。


咲は少し笑いながら「……うん、ちょっとね」と返す。

少し頬や耳が赤くなるのが自分でもわかった。


「……うん、わかった。じゃあ、今度詳しく聞かせてね?」

そういって、友達はニヤリと笑って、それで終わった。

他の友達も、それ以上は詮索してこなかった。

そういう空気を作ってくれる友達が、咲にはありがたくて、少しくすぐったかった。



女子のグループが盛り上がる一方、

男子たちも集まって、それぞれの昼ごはんを食べていた。


悠も、その輪の中にいた。

特に騒ぐでもなく、パンをかじりながら、友人たちの話を聞いていた。


「でさ、俺の前の席のやつ、今日また思いっきり寝ててさ、先生に『お前、このままだとみんなの後輩になるぞ』って言われててさ」

「あいつが後輩かー…むしろ後輩たちにとって先輩なわけだし、接しにくくなってかわいそうじゃね?」


そんなふうに笑いがこぼれていた中、不意に一人がふっと話題を切り替えた。


「そういや悠、チョコもらった?」


悠の手の動きが一瞬止まる。


「……うん、もらった」


「え、マジ?誰から?……え、やっぱ藤音さん?」

声のトーンを落として、聞いてきた。

悠は少し間を置いてから、静かに頷いた。


「うわ、ガチだったかー!すげぇな。いや、なんか雰囲気はあったけどさ、でも実際もらうって……」


「それな。でも悠、なんか微妙な顔してない?」


「……いや、うれしかったよ」


「ほう……?」


そう口にしたあと、悠は少し視線を落とした。

うれしかったのは事実だった。

でも、それを軽々しく扱っていいものとはどうしても思えなかった。


その横顔を見た友人は、何かに気付いたようにふっと真顔に戻った。


「……ああ、藤音さん、バレンタインで義理チョコ配るタイプじゃないよな」


「……じゃあ、そういうことか。悠、よかったな。すげーうらやましい、いいなあー」


「うん……ありがとう」


「……で、他にもらったやつはいないわけか。寂しい奴らだな」


「お前もだろ、何言ってんだ」


そう言って、いつものように笑い声が教室の一角に広がった。

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