少しの変化
朝の教室に、冬の光が斜めに差し込んでいた。
ざわめきはいつも通りだった。
プリントを忘れたとか、髪が跳ねてるとか、そんなどうでもいい会話が行きかっている。
窓の外には、まだ冷たい風が揺れていた。
咲もまた、いつもどおりの時間に教室にいた。
鞄を下ろしてペンケースと1時限目に使う教科書を机の上に置いたまま、
近くに座っている友達たちと他愛もない会話をしていた
すこしして、ドアが開いた。
悠が、軽く寝ぐせのついた髪のまま、
ゆるい足どりで教室に入ってきた。
咲が、ふと顔を上げる。
悠も、ふと視線を向ける。
一瞬だけ、目が合った。
咲は、小さく微笑んで、「おはよう」と声をかけた。
悠は、ちょっと照れたように笑って「……おはよ」と返した。
そのやりとりは、それだけだった。
でも、ほんの数秒間、空気がふっと変わった。
ふたりの視線が離れたあと、咲の隣にいた友達のひとりが、何気ないふうを装いながら、
悠の背中を視線で追いかけた。
それから、咲の方へ視線を戻す。その視線は、なんとなく「ん?何かあった?」と聞いてくるようだった。
視線に気づいた咲は、やわらかく頬を緩める。
友達は何も聞いてこなかった。(多分後で聞かれる気がするけど)
昼休み、2月の日差しにしてはぽかぽかと温かかった。
咲はいつものように、教室の隅に集まった友達と会話しながら昼食をとっていた。
「でね、あの先生、『あれ?プリント持ってきたはずなのに』と言って、教材の間や机の中、果ては教室のゴミ箱の中まで探してたの。さすがに授業中に捨てる人いないでしょって思うのに」
「慌ててたんだろうねえ~……」
「しかも結局、掃除の時に、教卓の引き出しの裏から見つかったしね……もうぐしゃぐしゃ」
「あの先生、ちょっと抜けてるよね~、それがまた気取ってなくていい先生なんだけど」
友達の笑いにつられるように、咲も微笑みながら、お弁当を口に運ぶ。
それも、いつもの風景。
ふと顔を上げると、友達のひとりがこちらを見ていた。
「……咲ちゃん、なんかあった?」
箸を止めたまま、何気ないような口調で尋ねてくる。
咲が返す前に、他の友達も、「え?え?」と言う顔で興味深そうに咲を見てくる。
咲は少し笑いながら「……うん、ちょっとね」と返す。
少し頬や耳が赤くなるのが自分でもわかった。
「……うん、わかった。じゃあ、今度詳しく聞かせてね?」
そういって、友達はニヤリと笑って、それで終わった。
他の友達も、それ以上は詮索してこなかった。
そういう空気を作ってくれる友達が、咲にはありがたくて、少しくすぐったかった。
女子のグループが盛り上がる一方、
男子たちも集まって、それぞれの昼ごはんを食べていた。
悠も、その輪の中にいた。
特に騒ぐでもなく、パンをかじりながら、友人たちの話を聞いていた。
「でさ、俺の前の席のやつ、今日また思いっきり寝ててさ、先生に『お前、このままだとみんなの後輩になるぞ』って言われててさ」
「あいつが後輩かー…むしろ後輩たちにとって先輩なわけだし、接しにくくなってかわいそうじゃね?」
そんなふうに笑いがこぼれていた中、不意に一人がふっと話題を切り替えた。
「そういや悠、チョコもらった?」
悠の手の動きが一瞬止まる。
「……うん、もらった」
「え、マジ?誰から?……え、やっぱ藤音さん?」
声のトーンを落として、聞いてきた。
悠は少し間を置いてから、静かに頷いた。
「うわ、ガチだったかー!すげぇな。いや、なんか雰囲気はあったけどさ、でも実際もらうって……」
「それな。でも悠、なんか微妙な顔してない?」
「……いや、うれしかったよ」
「ほう……?」
そう口にしたあと、悠は少し視線を落とした。
うれしかったのは事実だった。
でも、それを軽々しく扱っていいものとはどうしても思えなかった。
その横顔を見た友人は、何かに気付いたようにふっと真顔に戻った。
「……ああ、藤音さん、バレンタインで義理チョコ配るタイプじゃないよな」
「……じゃあ、そういうことか。悠、よかったな。すげーうらやましい、いいなあー」
「うん……ありがとう」
「……で、他にもらったやつはいないわけか。寂しい奴らだな」
「お前もだろ、何言ってんだ」
そう言って、いつものように笑い声が教室の一角に広がった。




