気持ちのかたち10
咲は玄関のドアをガチャリと開けた。
「ただいま」という声に、台所から夕ご飯を作っているお母さんの「おかえり」が返ってくる。
冷蔵庫を開けて、よく冷えたお茶のボトルを取りだし、コップに注ぐ。
トントンと食材を切りながら、お母さんがぽつりとつぶやいた。
「ちゃんと渡せたの?」
その声に思わず咲は少しだけ頬を赤くして、そっと笑った。
「うん。……ちゃんと、受け取ってもらえた」
「そう……よかったわね」
お母さんはそれ以上何も聞かず、また手を動かし始めた。
咲の背中に向けたその仕草が、静かに「おつかれさま」と言っているようだった。
咲は手に持ったお茶を一口飲む。
冷たいお茶が、ほてった体にじんわりと染みていくようだった。
夕ご飯を食べ終え、お風呂から上がり、濡れた髪をタオルで拭きながら歯を磨く。
鏡に映った自分に、心の中で「今日はおつかれさま、頑張ったね」と声をかけた。
部屋に戻った咲は明かりを落として、冷えた布団にくるまった。
体の熱が徐々に伝わり、布団の中はしだいに居心地がよくなっていく。
(……私、ちゃんと、渡せたんだ。ちゃんと、受け取ってもらえたんだ)
あの瞬間の悠のまなざし、受け取るときの手つき、言葉。
思い返すたびに胸の奥がじんわりと熱くなって、自然と笑みがこぼれた。
咲はぎゅっと布団を抱きしめて、微笑んだまま、目を閉じた。
特別な一日は、静かに、やさしく終わっていく。




