ふれる声
秋が授業で紹介していた詩集を探しに、咲は図書室に来ていた。
図書室の空気は、朝方の雨の名残をまだ少しだけまとっていた。
窓際に並ぶ書架に、くぐもった光が差し込んでいる。
咲は、詩集の棚の前に立っていた。
あの時紹介された本がどこか心に残っていて、読んでみたくなった。
指先で背表紙をたどっていたとき、すぐ近くに誰かの気配があった。
ふと視線を上げると、そこにいたのは日向くんだった。
ほんの少し手前にいた彼は、咲と同じ列を見ていたようだったが、
悠は目が合うより先に気付いた。
「あ」
かすかに声を上げ、すっと半歩引いて、場所をあけてくれた。
わずかに笑ったその表情には、気まずさではなく、やさしさがあった。
「もしかして藤音さんが探してたの、それ?」
悠が指で、棚の一角をそっと示した。
そこに、あの詩集があった。
咲は小さく頷いて、棚からそっと手に取った。
悠がさっと避けた動作がやわらかくて、少し胸があたたかくなった。
「それ、秋先生が授業で言ってたやつだよね?」
「うん、なんか……気になってて」
「……うん、わかる」
それだけ言って、悠は図書室の奥の方へと歩いていった。
咲はしばらく、その背中を見送っていた。