気持ちのかたち1
肌に刺さるような冷たい風が吹いていた。
まだ冬の名残をまとった空気の中、咲はひとりでショッピングモールを歩いている。
1階から2階まで吹き抜けになっている開放的な通路に、太陽光が天窓から優しく降り注ぐ。
咲は2階から、1階のホールエリアを見下ろした。
そこには、バレンタインの巨大な特設コーナーが広がっている。
色とりどりのパッケージと、人の流れ。まるで迷路のよう。
数日前の昼休みの会話が、ふと咲の脳裏に浮かぶ。
いつものグループで他愛のないおしゃべりをしていたときのことだった。
友達が何気なく言った。
「今年のバレンタインさー、あげる人いる?」
「んー、私は部活の数人にかな。咲ちゃんは?ほら、最近よく一緒に居る彼に渡すの?」
「え!?」
唐突に、火の付いた爆弾のような言葉が投げ込まれ、咲は思わず目を丸く見開いた。
"彼"とは、もちろん悠のことだろう。
「……あんまり考えてなかったかも」
友達は、「へー?そっか」とだけ言い、深く追求することもなく、すぐに他の話題に移っていった。
……うそだ。
本当は、ずっと心のどこかで意識はしていた。
でも、踏み込むのが怖かった。
きっと、今の穏やかな時間が揺れて、壊れてしまう気がしていたから。
だけど、同時に、心の中で「渡してみたい」と思った。
あの時は、まだ気持ちははっきりしていなかった。
でも、今は違う。
咲は自分の足で、バレンタインのチョコレートを選びに来ていた。
バレンタインの特設コーナーに近づくと、仮設の棚が目線よりも高く組まれ、上の方は少しだけ大人っぽいものが並んでいるように見えた。
ピンク、赤、白。様々なパッケージが春先の花々のようにぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
人の流れの一部となった咲は、手袋を外した手でそっとひとつのチョコレートの箱を持ち上げた。
明るすぎないブラウンの包み紙。
飾りすぎない金のロゴ。
ちゃんとした、大人が買いそうな雰囲気。
(……こういうのが良いのかな…)
ただ、悠に似合うかどうか。それだけを考えていた。
迷って、選んで、やっぱり戻して。
また違う箱に手を伸ばす。
ひとつひとつの重さを確かめるように。
何かを贈るって、こんなに時間がかかるものだったっけ。
こんなに誰かのことを考えてチョコレートを選ぶのは初めてかもしれない。
(でも、たぶん……)
ちゃんと迷いたいんだ。
どれかに決めるその一瞬まで、ちゃんと悩みたいと思った。
やがて、店内奥の棚に並んでいた、手書き風の文字が書かれた白地の箱に、目が留まった。
中身は、小さなオレンジ風味のトリュフ。
誰かの手で、ていねいに包まれたような雰囲気。
(これ、いいかも)
オレンジピールの香りは、彼に似ている気がする。
優しくて、でもどこか大人になろうとしているような甘酸っぱさがあって。
そっと手に取り、レジへ向かう途中、
咲の前を、小さな子どもが母親と手をつないで歩いていく。
子どもは、チョコレートの詰め合わせが入った紙袋を、うれしそうに大事そうに抱えていた。
母親も、穏やかに笑って頷いている。
(……なんか、いいな)
「渡せるかな」と迷っているよりも、
「渡したい」と思った今の自分の気持ちが、好きだった。




