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優しい灯  作者: 豆大豆
1章
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ある日の午後の授業

教室の窓の外を、体育の掛け声が風に流されていく。


午後の陽が、教室の隅をゆっくりと照らしながら移動していく。

食後の眠気を、国語教師・(あき)の声が、静かに増幅させていた。


黒板の前に立つ秋は、今日も特別なことはしない。

いつも通りの語り口。けれど、その中に、耳に残る言葉をそっと混ぜてくる。


「“言葉にならないもの”を、書くにはどうすればいいでしょうか?」


静かな教室に、秋の声だけがすっと響いていた。


「悲しい、嬉しい、楽しい──

そういう名前がついている感情は、比較的書きやすいかもしれません。

でも、名前のない気持ちは、少しだけ書きにくい。

それでも、そういう気持ちこそ、私たちは残しておきたくなることがあります」


秋は教卓に置かれた薄い詩集を手に取って、少しだけ笑った。

「たとえば、うちの妻が気に入っているこちらの詩集もそうです。

“何か”が伝わってくるけど、うまく説明できない言葉たち。

それでも、読んだ人の中にはその”何か”が残るようにできているんです」

「図書室に置いてありますので、よかったら手に取ってみてください」


教室の前列、咲はノートを取っていた。

彼女のペンの動きは静かで、でも確かだった。


「言葉にならないものは、描写で残す。

光、風の音、手のひらの感触──

それだけで"何か"が伝わることもあります」


教室の窓際の中ほど、悠は、睡魔が近づいてきているのを感じながら、窓の外を見ていた。

でも耳はちゃんと秋の声を拾っていた。

「……そういうの、あるのかもな」と、心の中でぽつりと思っただけだった。


「“うまく書こう”としなくていいんです。

“残しておきたい”と思ったその感覚が、もう書く理由になるから」


教室の空気が、少しだけ深くなる。

誰も声は出さないけれど、秋の言葉が、静かに午後の教室にしみ込んでいった。


悠も咲も、まだお互いの存在は意識していない。

けれどその日、ふたりは同じ言葉を、同じ時間に聞いていた。


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