冬のほころび
少しあいた図書室の窓から、冷たい風が細く入り込んできた。
カーテンがゆるく揺れ、そのすぐ近くで咲のペンケースが小さく音を立てた。
「……あれ」
咲がペンケースのチャックを引こうとしたとき、金具が途中で引っかかって止まった。
少し力を入れた瞬間。
パキッ、と小さな音がした。
「……あ」
金具が緩んで、片方だけ外れてしまった。
「どうしたん?」
向かいの席で期末試験の勉強をしていた悠が、顔を上げた。
「チャック、壊れちゃったみたい。たまに変だったんだけど……」
咲はそう言って、ペンケースを見つめた。
布の端には、ワンポイントで小さな猫の刺繍がある。
その猫の顔も、少し色があせていて、大事に使われてきたことが窺える。
「ちょっと、見せて」
「え?」
咲が少し戸惑ったまま差し出すと、
悠は壊れたチャックの部分を指でつまみ、慎重に動かしてみた。
金具の隙間をそっと広げて、チャックの歯を噛み合わせようとする。
けれど、金具は緩んでいて、何度やっても空回りしてしまった。
「うーん……」
眉を寄せたまま、もう一度慎重に押さえ直す。
でも…今度は金具がずれてチャックの歯の噛み合わせがうまくいかなくなり、
修理はさらに難しくなった。
それでも、悠はすぐにはあきらめなかった。
壊れた部分を指で支えながら、別の角度で引いてみたり、
力づくで何とか噛み合わせようとしたり。
無言で、けれど確かに「なんとか直せないか」と、
小さな修理に真剣になっていた。
咲は、ちょっと困った顔をしながらも、優しくその姿を見つめていた。
そして、咲はそっと微笑んで、静かに言った。
「……もう大丈夫だよ。ありがとう、日向くん」
やがて、悠がふと顔を上げる。
「……だめだ、ごめん。思ったより、がっつり壊れてるかも」
「ううん、中一から、ずっとこれ使ってたから。寿命なんだと思う。」
言葉に責める響きはなくて、
むしろ、どこか安心するようなやわらかさがあった。
「…中一から、ずっとか。大事に使ってたんだね」
悠は、その笑顔に一瞬だけ目を留めたあと、
ペンケースの少し色あせた猫の顔に、そっと指を滑らせた。
それは、まるで長く使われたものに「よくがんばったね」と撫でるような、
あたたかくて、少し切ない動きだった。
咲は、その手つきに少しだけ、ペンケースの頑張りが報われたような気がした。
「うん。でも、いざ壊れると、やっぱりちょっとさみしいね」
咲はそう言って、ペンケースを両手で受け取った。
優しくハンカチで包むと、そっとカバンに閉まった。
もうチャックは閉まらないけれど、すぐに捨てる気にはなれなかった。
風がまた吹いて、カーテンを揺らす。
冬の入り口。まだ雪は降っていない。
でも、少しずつ何かの形を変えていく、そんな季節だった。