もうひとつのかけら
四月の風は、午後になると少しだけ冷たくなる。
窓から射す光が、放課後の図書室の床に長い影を落としていた。
咲は、いつもの窓際の席にいた。
ページの端をそっとなぞる指先と、本に挟まれた、花のシールが貼られた小さなしおり。
そのすべてが静かな放課後と重なり合い、時間はゆるやかに進んでいった。
そのとき、ページから視線を上げた咲の目に、ささやかな動きが映る。
本棚のあいだにある細い通路。
悠が、しゃがんで何かを拾い上げていた。
白く折れた紙片──図書室の本に挟まれていた紹介カードのようだった。
誰かが落としたのか、床の隅に風で飛ばされていたのか。
紙には、誰かの足跡がうっすらとついているようだった。それを、悠はそっと拾い上げた。
カードの折れた端を指で軽くなぞりながら、視線をゆっくり動かして本棚を探していた。
慣れた動きではなかった。
でも、丁寧だった。
雑に扱えばすぐ折れてしまいそうな紙に、優しく手を添えていたからだ。
そして、元の位置と思しき場所を見つけ、その場所へそっと戻していた。
咲は、そのしぐさが不思議と胸に残るのを感じた。
誰にも頼まれていない。役割でもない。
けれど、見過ごせなかったから、ごく自然に拾った。
咲には、そう見えた。それがとても、あたたかく思えた。
光が揺れ、風がカーテンを揺らす。
春の気配が部屋に満ちていた。