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優しい灯  作者: 豆大豆
1章
27/145

文化祭の欠片2

文化祭の出し物がタピオカミルクティーに決まって、数日が経った放課後。

家庭科室には、試作中のタピオカミルクティーの甘い匂いが静かに漂っていた。

ゆっくりと立ち上る湯気が、少し低くなった秋の陽に照らされて、白く揺れている。


机の上には、カップ、透明なストロー、茹でる前の固く小さなタピオカの粒、いくつかのシロップ。

準備された道具たちが、子どもが集める実験道具のように机の上を埋め尽くしていた。


「この鍋、空いてるー? タピオカ入れちゃっていい?」

「ミルクの分量、誰か見てー! これ合ってる?」

「ねぇ、誰かシロップ開けた?」


飛び交う笑い声、狭い家庭科室を走る足音や、水が流れる音、コンロの点火音が重なっていた。

教室とは少し違う、火と水の気配があるこの空間が、まるでどこか屋台の裏側のように見えた。


咲は、その輪の少し外側にいた。

部屋の端、テーブルの上に置いたラベルの束とカップを前にしていた。

ひとつずつ手に取りながら、印刷のずれを確かめて、カップへと丁寧に貼り付けていた。


何かを探していた女子が、ふとその様子に気づいた。


「えっ、これ全部きっちり貼ってるの? まじで?」


少し驚いたような声が上がった。

咲は手を動かしながら、小さく笑った。


「うん。見た目揃ってた方が、気持ちいいかなって」


その言葉に、


「いや~すご。藤音さん、そういうとこ手ぇ抜かないよね」


とだけ返して、女子は笑って去っていった。




反対側のテーブルでは、悠が鍋の前に立っていた。

真剣な表情で、タピオカを菜箸で静かにかき混ぜている。湯気が顔をかすめるたびに、小さく顔をしかめていた。


咲は、何気なくその姿に声をかけた。


「……日向くん、様になってるね」


つぶやくような声に、悠が顔を上げる。


「え? 俺?」


「うん。料理に慣れてる人みたいに見える」


「いやいや、家じゃインスタントラーメン作るくらいしかしないよ」


照れたような笑い声が、湯気にまぎれて聞こえた。

悠は鍋の中をもう一度のぞき込んでいた。


「藤音さんのほうは、順調?」


「うん。ほら見て。今これぐらい」


そう言って、積み上げられたラベルが貼られたカップの束を指さした。

10個ずつでワンセット。それが何個もできていた。

咲が指さした反対側には、ラベルの束と何も貼られていないカップがまだまだ残っていた。


「先は長そうだね……。でも、すごい丁寧。きっちり揃ってるし」


「……ありがとう。たぶん、好きなだけ」



その時、教室の中央あたりで、ひときわ明るい声が上がった。


「第一号できたー!ねえ、味見したい人ーー? 」


「私も飲みたい!カップが足りない~! 誰かストロー取ってきて!」


「私の分も!誰かー!」


その騒ぎに、悠が少しだけ笑った。


「……俺、ちょっとストロー届けてくるね」


「うん、こっちは任せて。鍋、見ておくから」


咲は、悠が残していった鍋の前に立った。

お湯の中では、タピオカが小さく踊っていた。



しばらくして、悠が二つのカップを両手で持って戻ってきた。

その中には、淡いベージュのミルクティーと黒く丸い粒。甘い香りが鼻先をかすめた。


「ついでにもらってきたよ。味はわからないけど、たぶん飲めると思う」


「それ、けっこうな博打じゃない?」


咲はくすりと笑いながら、カップを受け取って一口飲んだ。


「……おいしい。ちゃんとしたタピオカミルクティーだね」


「ほんとだ、おいしい。試作なのに、しっかりできたね」


「うん、売れそう。……ちょっとだけ甘いけど」


「……まあ、そこは試作だから、ご愛敬ってことで」


「ふふ。そうだね」



片づけの時間が近づき、咲は持っていたメモを一枚めくって、まとめ役の女子に声をかけた。


「あの、ラベル……明日もう少し刷ってくるね。予備があった方が安心かなって思うし」


「えっ、ありがと! 藤音さん、マジ女神じゃん。ほんと助かる〜!」


両手を合わせて笑う声に、咲は少しだけ照れたよう笑った。



日が落ちた時間の校内を、咲と悠は並んで廊下を歩いていた。

ふたりの影が、蛍光灯に照らされてゆっくりと揺れて伸びていた。

遠くで誰かの足音が反響して、やがて静かになる。

にぎやかな文化祭に向けた、この静かな準備の日々が心に残るようだった。

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