夏休みが終わって
始業式の朝。
教室の窓の外からは、まだ蝉の声が聞こえていた。もう終わる夏に、まだ必死にしがみついているようだった。
咲は、席に着いたままぼんやりと窓の外を眺めていた。
空の青さには、どこか秋の気配が混じりはじめていて、
今年の夏はもう、戻ってはこないのだとなんとなく察していた。
廊下を流れていく足音や話し声に、
教室の空気が少しずつ日常の形を取り戻していく。
「ねえ、宿題やばかったって!」
「あれ、提出物、どこ置いたっけ」
「日焼けしたね~」
そんな声が、教室の中に広がっていた。
夏休みという長い夢から一気に現実へと戻るような、そんな喧騒だった。
咲の机の上には、提出用の宿題の一式が置いてあった。
夏祭りのあとも、宿題で訪れた図書館で何度か悠と顔を合わせた。
そして、図書館の帰り道。
ヒグラシの声がやさしく響く夕暮れ、ふたりで並んで歩いた道。
特別な言葉は交わしていない、それだけの、短い記憶。
なのに、あの時の心地よさが、どうしても今までの夏休みの何よりも心に残っていた。
その記憶を思い出しながら、教室のざわめきを聞いていた。
「藤音さん、おはよ」
ふいに飛んできた声に、咲は少しだけ顔を上げた。
登校したばかりで、席に向かう途中の悠だった。
「あ、おはよ。宿題、ちゃんと持ってきた?」
「うん。大丈夫なはず」
それだけの短いやり取りだったけど、夏休みが明けて、新学期に入った実感が沸いた。
始業式が終わった午後、
ふたりは借りた本を返しに、図書室の扉を開けた。
同じことを考えていた生徒は、他にもいた。
カバンから返却する本を取り出す人、
夏休みに読んだ本の続きを借りるため、カウンター前で並ぶ人。
高い本棚の間にも、ちらほらと人の気配があった。
咲と悠も、それぞれの本を返却棚へ丁寧に並べた。
「なんだかここも久しぶりな感じがするね」
咲がぽつりとつぶやいた。
悠は返却棚に誰かが乱雑に置いた本を整えながら「夏休み、長かったもんね」と答えた。
「うん。まあ、日向くんとは図書館で会ってたけどね」
「おかげさまで、俺の宿題も捗った気がしたよ」
それ以上会話はなかったけれど、その短いやりとりだけで、図書室の日常が再開した気がした。




