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優しい灯  作者: 豆大豆
1章
19/145

雨の帰り道

数日前の秋の授業から、ふたりの距離は少し近くなっていた。

例えば、放課後の図書室で座る席。

咲はいつも、図書室の奥にある、窓際の6人掛けの机。そこの一番窓に近い席に座っていた。

悠も、最近は同じ机に座っていた。咲の斜め向かいの席。近すぎないけど、遠くない。

そこが定位置になっていた。


下校時間になり、ふたりは慣れたように同時に立ち上がった。

図書室のドアが閉まったあと、廊下を歩くふたりは並んで歩いた。

途中ですれ違う先生に「さようなら」とあいさつをしながら、昇降口へと向かった。


外は雨だった。


しとしとと降り続くその音は、昇降口の屋根をかすかに打ち、

濡れた地面の色を濃く染めていた。


咲はカバンのサイドポケットから、薄緑色の折りたたみ傘を取り出す。

細身で、少しだけ骨の歪んだ小さめの傘。

ゆっくりと広げたとき、小さな“パキ”という音がした。


悠は少し離れたところで、大きめの黒い傘を肩越しに開いた。


「けっこう降ってるな」


「ね。でも私、この雨の雰囲気は結構好きかも」


咲の声が、傘の内側にこもるよう響いた。

傘に当たる雨粒の音が、持ち手から響いてくる。


昇降口を出て、ふたりは自然と同じ方向に歩き出した。

駐輪場にはいつもよりも多くの自転車が残っていた。

きっと、雨だからと置いて行った生徒が多いのだろう。


ふと、悠が咲に向けて声をかけた。


「…濡れてない?」


咲の肩に雨があたり、制服が濡れて濃くなっていた。

小さな折りたたみ傘の範囲では、雨を防ぎきれていないようだった。


「ちょっと。でもだいじょうぶ。私、これで慣れてるから」


悠は「そっか」とだけ返事をすると、それ以上何も言わなかった。


咲は改めて自分の傘を眺めてみた。使い込まれた骨は少し曲がって、ほんのりと錆びている。

布も少し薄くなっている部分が見える。

それでも、その傘は今日も雨から咲を守ってくれていた。

そのことに咲は愛着を感じていた。



雨は相変わらず静かに降っていた。

それぞれの傘を差したまま並んで歩くふたりの足音は、濡れた道の上で時折パシャっと響いた。


咲の肩には相変わらず雨粒が当たっていた。肩口の滲みは、さっきよりも広がっていた。


悠は「肩、冷たいんじゃない……?」と心配そうなトーンで声をかけてきた。


「うん……でも、今日は本借りちゃったから、カバンを濡らしたくなくて」


咲はカバンを傘の中心に据えていた。

それで反対側の肩がはみでていた。


悠は、小さく提案した。


「……じゃ、俺がカバン持つよ」


思いがけない悠の提案に、咲は立ち止まりかけた。


「え、でも…」


「俺の傘は大きいから平気。リュックだから手も空いてるし」

悠は、手にした大きな黒い傘を見上げつつ、背負ったリュックを軽く背負いなおして見せた。


「それに、そのままじゃ風邪ひいちゃうかもだし」


悠の言葉はまっすぐで、優しいな、と咲は思った。

少しだけ笑って、


「ありがとう。じゃあ、お願いしてもいい?」


咲はそう言って、悠にカバンを差し出した。


「もちろん」


悠はそれを、まるで大事なものを扱うかのように受け取った。

肩にかけずに、胸の前で軽く抱きかかえるように持っていた。

だけど、カバンを守るように傘を前に寄せたぶん、背中のリュックが傘の端からはみ出していた。

水滴がゆっくりと端をつたって、リュックの表面を濡らしていた。


咲はそれを見て、小さく言った。


「あ……やっぱり、私、自分で持つよ。日向くんのカバンがはみ出てるし……」


「うん?……ああ、こっちは慣れてるから大丈夫」


さっき咲が言った言葉と同じような言葉を言いながら、悠は笑った。

カバンを返すそぶりは全くなかった。おそらく、何を言っても持ち続けてくれるつもりなのだろう。


咲は申し訳なく思った。だけどそれ以上に、悠の言葉と思いやりに、胸の奥にあたたかさを覚えた。



ふたりはそのまま歩き続けた。

住宅街を抜け、最寄りの駅へと近づくにつれて、雨足は少しずつ弱まってきた。

雲の隙間から、かすかに光のすじが見えた。


悠がふと、遠くの空を指さした。


「あ、あれ見て。虹じゃない?」


悠が指さした方向を、咲も見た。

遠く見える住宅街の上に、淡く、ほんの一部だけ鮮やかな色が重なっていた。

すぐに消えてしまいそうなほど、かすかな虹がかかっていた。


それを見た咲は、小さく頷いた。


「ほんとだ。ちょっとだけ見えるね」


「虹なんて久々に見たな」


ふたりは、そのまま立ち止まっていた。

何も言わず、同じ方向に見ていた。


いつの間にか、雨は上がっていた。

まだ濡れたアスファルトが、かすかに空の光を反射していた。


悠は水滴を飛ばさないようにそっと傘を閉じた。

それから、咲のカバンを彼女に差し出した。


「思ったより早く止んだね。はい。濡れてないといいけど」


咲は傘を閉じ、カバンを両手で受け取った。

少しも濡れていなかった。


「……うん。全然大丈夫そう。本当にありがとう」


そう言って微笑むと、悠はちょっと照れ臭そうに笑っていた。

それから畳んだ傘を手に、ふたりは再び帰り道を歩き始めた。


遠くの空には、まだ虹が残っていた。

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