言葉の風景3
急に名前を呼ばれた咲は、少しだけ心臓が跳ねた気がした。
それでも、表面上は冷静を取り繕った。
「あ、日向くん。旧校舎の屋上に行こうと思って」
そう伝えると、悠は小さく首を振った。
「だめ。鍵かかってた。考えてみたら当たり前だよな」
「あ、そっか……」
ふたりの間に、少しの沈黙が流れた。
そうだ、と思って、咲は尋ねてみた。
「……そういえば、このポスター、日向くんさっき何かしてた?」
「ああ、これ?端っこが破れてたから、画鋲を刺し直した」
そう言って、悠は掲示板の端っこに刺さっている画鋲たちを指さした。
ここから一本使ったのだろう。
「そっか、直してたんだ……」
咲は、小さく笑った。
そんな咲を見て、悠は少し首をかしげていた。
咲は、図書室で、本や紹介カードを拾って埃を払っていた悠の姿を思い出していた。
悠はここでも似たようなことをしていた。
誰も見ていないのに。それが、なんとなくうれしかった。
「……藤音さん?」
「あ、ごめん。なんでもない……。それより、このあとどうしよう……」
悠は少し考えてから、小さく提案した。
「……別のところ、何か探しながら歩いてみる?」
咲は「うん」と、控えめにうなずいた。
それから、咲と悠は現校舎へと戻ってきた。
授業中の教室の前を通るたび、
黒板をなぞるチョークの音、誰かの問いかけ、英語の発音が響いてきた。
窓の外からは、グラウンドで体育をする声が聞こえた。
ふたりが下りていく階段には、吹き抜けのガラス越しに陽の光が差し込んでいた。
静かに埃が舞って、時間もゆるやかに流れているようだった。
「……静かだね」
咲が、ぽつりとつぶやくと、悠は「うん」とだけ答えた。




