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優しい灯  作者: 豆大豆
2章
106/145

優しい灯②

放課後、私はいつものように学校を出て、ひとりで塾へと向かう。

空はさらに低く、遠くの方では雲の中で雷が光っているのが見える。


急ごう。雨が降るかもしれない。


そう思ったのもつかの間、鼻先にぽつり、と一粒の雫が当たる。

アスファルトにまばらな黒い水玉模様が作られていく。

ぽつぽつ、というリズムは、そのうちパラパラとテンポを上げ、

あっという間にざあっと降り始めた。

カバンのサイドポケットから折りたたみ傘を引っ張り出す。


折りたたみ傘を広げると、小さく"パキ"と鳴った。

雨はますます強くなり、風も強くなり始める。

さっきまでのぬるかった空気が嘘のように冷たく感じた。


早く向かおう。そう思いながら、小さな傘に隠れるように歩く。

少し骨の曲がった傘は、強風に必死に耐えるように揺れていた。

その様子がなんだか健気に見えて、無理させてごめんね、と心の中で謝った。


風に乗った雨粒は容赦なく私の足元を濡らしていく。

重たいカバンを守るように抱えて歩く。

靴の中はすでにびしょびしょで、一歩一歩が重たく感じた。


いつもは数分で通り過ぎる道も、信じられないくらい長く感じる。


住宅街から大きな道路に出た瞬間だった。

背中側から強風を受け、傘がぐいっと私の腕を引っ張った。

その瞬間、"バキン"と音がした。


傘が壊れた。


傘は反対側にめくれ、布の半分ぐらいは骨から外れてしまった。

一部の骨は力なく、プラプラと垂れさがっている。


遮るものがなくなった雨は、容赦なく私に降り注いでいく。

頭が、肩が、どんどん重くなっていくのが分かる。


そんな……

どうしよう。


雨宿りできる場所は近くに見当たらなかった。


傘をなんとか直せないかと試した。

骨を無理やり曲げようとして、先端が手に刺さった。痛みとともに小さく血がにじむ。


ああ、もう……お願いだから、なんとか戻って……。


そんな私の願いもむなしく、力を入れた瞬間に"パキ"と言う音がして、傘の一部が完全に折れてしまう。


もう、傘としての役割を果たせないのが一目でわかった。


私は雨の中、折れた傘を呆然と眺める。

体はどんどん冷たくなっていく。


せめて、役目を終えた傘を小さく折りたたんで、カバンにしまおうとした。

でも、いつもなら簡単に畳める傘も、今は畳むことすらできなくなっていた。


そのうち、私は諦めて、手を動かすのをやめた。


寒い。


雨はとうに服の中まで染み込んで、全身が冷え切っていた。

カバンに目を向けると、すでにぐっしょりと濡れていた。

中に入った勉強の軌跡が書かれたノートも、付箋がたくさんはさまれた参考書も、教科書も、どんどんダメになっていくだろう。


その瞬間、胸の奥で、パキンと何かが折れる音がした気がして、

どうしようもない心細さと不安感が胸を埋め尽くした。

私はその場にしゃがみこんでしまった。


もう、無理。

私はどれだけ頑張っても、ダメなんだ。


成績が伸びないのも、授業中居眠りも、全部自分の責任だ。

頑張るって決めた。道は自分で選ぶって。

だから、図書室に通うのをやめて、塾に通った。ふたりとも、距離を取った。


それなのに、もう、こんなのは無理だ。

もう、頑張れない。


ただただ、自己嫌悪と情けなさがあふれて涙になっていくのが分かった。


「っ……うっ……ひぐっ」

気づいたら、嗚咽が漏れていた。

雨音だけが大きく響き、通りを行きかう人影はどこにもいない。

まるで、世界に私ひとりが取り残されたようだった。


私は雨の中しゃがみこんだまま、子どものようにひとり、泣きじゃくっていた。



どれくらいそうしていたのか分からない。

ふと、体に雨が当たる感覚が消えた。

不思議に思って顔を上げると、大きな黒い傘が空を覆って、雨を防いでいた。


日向くんだった。

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