優しい灯②
放課後、私はいつものように学校を出て、ひとりで塾へと向かう。
空はさらに低く、遠くの方では雲の中で雷が光っているのが見える。
急ごう。雨が降るかもしれない。
そう思ったのもつかの間、鼻先にぽつり、と一粒の雫が当たる。
アスファルトにまばらな黒い水玉模様が作られていく。
ぽつぽつ、というリズムは、そのうちパラパラとテンポを上げ、
あっという間にざあっと降り始めた。
カバンのサイドポケットから折りたたみ傘を引っ張り出す。
折りたたみ傘を広げると、小さく"パキ"と鳴った。
雨はますます強くなり、風も強くなり始める。
さっきまでのぬるかった空気が嘘のように冷たく感じた。
早く向かおう。そう思いながら、小さな傘に隠れるように歩く。
少し骨の曲がった傘は、強風に必死に耐えるように揺れていた。
その様子がなんだか健気に見えて、無理させてごめんね、と心の中で謝った。
風に乗った雨粒は容赦なく私の足元を濡らしていく。
重たいカバンを守るように抱えて歩く。
靴の中はすでにびしょびしょで、一歩一歩が重たく感じた。
いつもは数分で通り過ぎる道も、信じられないくらい長く感じる。
住宅街から大きな道路に出た瞬間だった。
背中側から強風を受け、傘がぐいっと私の腕を引っ張った。
その瞬間、"バキン"と音がした。
傘が壊れた。
傘は反対側にめくれ、布の半分ぐらいは骨から外れてしまった。
一部の骨は力なく、プラプラと垂れさがっている。
遮るものがなくなった雨は、容赦なく私に降り注いでいく。
頭が、肩が、どんどん重くなっていくのが分かる。
そんな……
どうしよう。
雨宿りできる場所は近くに見当たらなかった。
傘をなんとか直せないかと試した。
骨を無理やり曲げようとして、先端が手に刺さった。痛みとともに小さく血がにじむ。
ああ、もう……お願いだから、なんとか戻って……。
そんな私の願いもむなしく、力を入れた瞬間に"パキ"と言う音がして、傘の一部が完全に折れてしまう。
もう、傘としての役割を果たせないのが一目でわかった。
私は雨の中、折れた傘を呆然と眺める。
体はどんどん冷たくなっていく。
せめて、役目を終えた傘を小さく折りたたんで、カバンにしまおうとした。
でも、いつもなら簡単に畳める傘も、今は畳むことすらできなくなっていた。
そのうち、私は諦めて、手を動かすのをやめた。
寒い。
雨はとうに服の中まで染み込んで、全身が冷え切っていた。
カバンに目を向けると、すでにぐっしょりと濡れていた。
中に入った勉強の軌跡が書かれたノートも、付箋がたくさんはさまれた参考書も、教科書も、どんどんダメになっていくだろう。
その瞬間、胸の奥で、パキンと何かが折れる音がした気がして、
どうしようもない心細さと不安感が胸を埋め尽くした。
私はその場にしゃがみこんでしまった。
もう、無理。
私はどれだけ頑張っても、ダメなんだ。
成績が伸びないのも、授業中居眠りも、全部自分の責任だ。
頑張るって決めた。道は自分で選ぶって。
だから、図書室に通うのをやめて、塾に通った。ふたりとも、距離を取った。
それなのに、もう、こんなのは無理だ。
もう、頑張れない。
ただただ、自己嫌悪と情けなさがあふれて涙になっていくのが分かった。
「っ……うっ……ひぐっ」
気づいたら、嗚咽が漏れていた。
雨音だけが大きく響き、通りを行きかう人影はどこにもいない。
まるで、世界に私ひとりが取り残されたようだった。
私は雨の中しゃがみこんだまま、子どものようにひとり、泣きじゃくっていた。
どれくらいそうしていたのか分からない。
ふと、体に雨が当たる感覚が消えた。
不思議に思って顔を上げると、大きな黒い傘が空を覆って、雨を防いでいた。
日向くんだった。




