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優しい灯  作者: 豆大豆
2章
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それでも、前へ③

今日もお母さんの声で目が覚めた。

昨日より少し早い時間に声をかけてくれて、ご飯を食べる余裕があった。


「疲れたら塾は休んでも良いからね」


お母さんは心配してくれているのだろう。


「大丈夫だよ、大げさだなあ」


私は笑いながら答えた。嬉しかったけれど、甘えるわけにはいかなかった。

自分のためにも頑張りたかった。



その日の学校の授業中、私は抗えない眠気に飲み込まれていた。

眠らないように何とか先生の話を聞こうと前を向くが、努力もむなしく、意識は振り子の玉のように行ったり来たりを繰り返していた。


その振り子は、急に「藤音さん」と呼ばれて、現実側に大きく振れたところで止まった。


「この問題の答えは?」


いつの間にか先生に指名されていた。

眠気は一瞬で吹き飛んだが、頭は完全に空白になり、時間が止まったようだった。

周囲の目がこちらを向いていた。首筋から背中まで、全身から汗が噴き出すような感覚に襲われる。


問題ってどれのことだろう、と思ったら、隣の子が目配せして「黒板」と小さくつぶやいてくれた。

黒板に問題が書いてあった。文章に下線が引いてあり、AからCまでの選択肢が用意されている。

しかし、突然のことで頭が真っ白な私は答えられず「……わかりません」と言うしかなかった。


先生はすぐに他の人を指名した。


そのタイミングで頭が回りだし、すぐに答えがAだとわかった。何も難しくない、基本的な問題だった。


指名された生徒は「Aです」と事も無げに答えた。

「正解」先生は淡々と解説を始める。

そして、「これが解けないと、他の問題も解けないからな」と続けた。


教室全体に言っているはずなのに、まるで私一人に向けての言葉のように聞こえた。

膝の上の手に力が入り、手のひらに爪が食いこむ。痛みは気にならなかった。

話を聞いていなかった私がダメなのはわかっている。だけど、悔しかった。


休み時間になったとき、隣の子がそっと私のほうを見て、小声で言った。

「さっきはごめん、答えを教えられたらよかったね」

私は首を横に振って、かすかに笑った。

「ううん、ありがとう。助かったよ」

悔しさで固まった気持ちが、少しだけほぐれた気がした。



放課後に塾で受けたテストの結果は、思ったよりも伸びていなかった。

解ける箇所は増えてきたのに、模試と同じ密度のテストでは、今度は時間が足りなかった。


帰り道、ずっと頭の中はぐるぐると渦巻いていた。

こんなペースで本当に受かるのだろうか。

努力しても結果が出ないなら、続ける意味があるのだろうか。


私には、桜ヶ丘大学は手が届かない場所なのかもしれない。

弱った心に、現実は容赦なく、諦めることを提案してくる。

もう、諦めて楽になりたい。

そう考えてしまう瞬間があり、心も体も疲れているのが自分でもよく分かった。



帰り道の途中、公園のベンチに腰を下ろした。

カバンを置いて、重さから少しの間でも離れたかった。

街灯はあるものの、夜の公園は暗く、ベンチはひんやりとしている。

秋も深い夜の冷たい風が通り抜けていき、頭をすーっと冷やしていく。

ふと、ベンチの横の空席を見つめた。



日向くんとオープンキャンパスへ行ったあの日、一緒に座ったベンチを思い出す。

あの日は暑い夏の午後だった。

風で揺れる水面のそば、木漏れ日の差すあたたかいベンチ。

私の隣には、日向くんが座っていた。


『一緒に来よう』


そのときの声が、今も胸の奥に残っている。

きっと日向くんは受かるだろう。そして、私も一緒に受かることを望んでくれている。


小さくなっていた心の灯が、再び灯ったような気がした。

諦めるのはいつだってできる。

だから、今はもう少しだけ、諦めたくなかった。

私は立ち上がり、カバンを肩にかけて帰り道を歩いて行った。

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