プロローグ 静かな始まり
高校2年になって、まだ日が浅い春の午後。
藤音 咲は、お気に入りの窓際の机の席に座り、静かに本を読んでいた。
図書室の午後は、いつもと変わらず静かだった。
カーテンは穏やかに風のかたちを教えていて、
どこかから誰かのページをめくる音が聞こえていた。
ふいに、入口近くでかすかな物音がした。
それに続いて、小さな声が。
「あっ」
本が一冊、床に落ちた。
その横に、男子生徒がしゃがみこんでいた。
咲は、彼を知っていた。
同じクラスの日向 悠。あまり話したことはないけれど、ときどき図書室で見かける人。
悠は急ぐことなく、本をやさしく拾い上げた。
そして、指先でそっとほこりを払った。
その動きは、本に向けて「ごめん」と言っているようだった。
咲は、ついその様子を眺めてしまった。
その視線に気づいたのか、ふと悠が顔を上げて、こちらに目を向けてきた。
一瞬、咲と視線が交差した。
つい、慌てて視線を本に戻してしまった。
なんだか覗いていたのがバレたような気持ちだった。
悠は咲のそんな気持ちを気にする様子もなく、咲から少し離れた席に座り、本を読み始めていた。
悠があまり賑やかなタイプではないのは知っていた。
だけど、悠の誰に向けたわけでもない優しさを目にして、咲の胸はなんだか温かい気持ちになっていた。




