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白色郵便  作者: 鰯丼
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白色郵便 中

愛玩動物に暴力的な描写はありません。

ホラス視点の五千文字程度のお話です。



 ──天使が来た。

 直接見たのはいつぶりか。彼ら彼女らを覆う光ならば数えきれないほど浴びてきたが、こうして実際に人型として見るのは久しい。


『すみません、ウィルという方をご存じですか?』


 重篤患者に質問している。大層ないかれ具合にさすがの俺もドン引きだ。しかし、その天使を生み出したのが人間だと考えると、本当におかしいのは人間のほうなのかも知れない。

 (かえる)の子はどこまでいっても蛙だが、蛙から人間は生まれない。少しずつ歩みゆくべき文明を、人間は戦争という抑圧を推進力に、飛躍的に進歩させ過ぎてしまったのだ。その文明の間に生まれたのが、天使だ。


「すみません、ウィルという方をご存じですか?」


 数人の赤色に()いた後、やっと合理的な考えにたどり着けたようで、健康で比較的上級の俺に近づいて来た。


「死亡直前のウィルさんから宛先のない手紙を受け取りました。この場合、所有権が宛先の人間に移るため、本来の宛先を探して調査をしに来たんです」


 前線に手紙が運ばれたのも初めて見たし、天使が宛先を探しに来たのも初めて見た。誰も想像つなかないだろうな、こんなこと。


 ただ逃亡した兵士の手紙という話だった。死ぬかも知れないと悟った時、生において最も優先順位の高い、やりたいことが手紙を遺すことだった。宛先がなかったことを考えると、事前に書いておいた遺書ではなく、死の(ふち)で書いた手紙と想像できる。


 あまり後先を考えない(やつ)だったのか、死ぬ気のなかった奴なのか。前線ではなく、わざわざ紛争区域に向かった理由は、軍に見つかりたくなかったからだろうか。何かの作戦中の脱走と考えると、それが自然か。


「ご協力ありがとうございました、こちらのパンをお受け取りください」


 重篤患者に、お供え物のように置いてきたものと同じパンを受け取った。せっかくの贅沢(ぜいたく)にも関わらず、縁起が悪そうで素直に喜べないのが惜しい。


 体内時計とはよくいったもので、砲弾に(さら)される日々の中でも、ひときわ強い刺激は教会の鐘のように染み付くらしく、ふと頭に輝かしい爆撃音が再生された瞬間、目の前の配達員が兵器へと変貌した。


「お前は、今日なのか?」





 天使は疑うことを知らないらしい。それとも罪悪感でも抱いているのだろか。

 悪意の持ち合わせがなければ、そもそも邪推的な疑いを掛けることもできない。通常、人間は社会から悪意を学ぶ。だからこそ、悪意の少ない世界を目指そうと人間は躍起(やっき)になる。

 しかしどうだろう、天使のように悪意の箱を人工的に取り除くことができたとすれば。悪意として学習されていた概念はいったい、どう解釈され、どう消化されるのだろうか。考えたくもない。


「返却理由が、所有権者へ届けるためなのか、正しく手紙を届けるためのなのか。この仕事にはそれが決められていません」


 決められたことしかできないように作ったのなら、というより自分で何か考えて行動するものを作れないのなら、矛盾が生まれてしまうような仕事を与えるべきじゃないと思うね。

 しかし決めかねるということは、大本(おおもと)の目的を達成するという仕事は最優先として決められているのだ。つまりこいつの悩んでいる通り、どちらかが最大の目標になっている。爆撃の処理が割り込まれる前提の話だからだろうか。


「ですが、この手紙を配達することも、同時に私たちの仕事なんです」


 俺だったら間違いなく捨ててるね、燃やしてるね、中身だけ見て満足しちゃってるね。





 爆撃が始まった。いつもなら前線にいるから、体が少しこわばる。あと風が強いのと寒いのも起因してるだろうな。テントの中だけマシだが、こんな薄い毛布じゃ保温にもならない。


「それが機能の一部ですから、なんとも」


 そうか……。共感もできないし、同情もできない。理解もできないし、だから納得もできない。息をするように、ただただ耳に入れることしかできない。

 この場で、このやり取りだけで救いたいとか大層なことを掲げられるほど、自分が傲りのある人間だとは思っていない。しかし生き残ることを一番とし、他人の命をも大切にしてきた平生が(あわ)れにも、価値を知れない天使に哀れみを感じてしかたない。


 俺たち人間は死を感じることができる。親が先に死ぬことはよくあることで、友人が病に倒れることだってたまにある。戦時中だったらなおのこと、五感を超えて命を感じることができる。死の共感、自分以外の命との共感から死を想像し、自らの命を想像することができる。

 しかし天使という存在は、同種の生命を感じることが許されていない。局にいる天使は爆撃の瞬間を見れないし、見れる奴は全員、数十秒もしない内に消えてなくなる。


 終わりを知らない奴に、終わりのことについて訊いても無意味だ。バカな質問をした。


「疲れているようですし、私はもう行きますね。ご協力ありがとうございました」


 こいつは毎度毎度、すぐに会話を終わらせようとする。天使は皆そうなのか、また会う機会があれば少し喋ってみよう。こいつだけかも知れない。


「ブラフです」


 間違いないこいつだけだ。絶対にこいつだけだ。

 ただ、この空気に漂い続ける違和感が、純粋な会話の楽しみを邪魔してならない。





「手紙は、正しく届けるべきで……」


 たった今、無意識かも知れないが目標の選択が決定された。ショウは郵便の最大目標を、言い換えるのならば意義を、所有権者への配達ではなく、宛先への正しい配達だと自分で決めた。

 天使の構造なんてものは全くもって知らないが、俺はこの決定に、こいつが選択した意義に、ショウ自身の生命を感じた。生きている。心臓がなくたって、目の前にいる天使は生きている。


 真の死とは、誰にも忘れら去られた時だ。確かな死、そもそも存在しなかったことになる。だから承認欲求や自己実現、存在意義を人は見出(みい)だそうとする。それこそが確かな生だからだ。われわれはただ生きようとしているだけの、死者であり続けているのかも知れない。


「手紙も、奪うことはなかったはずなんです」


 どうしてこいつは、こんなにも悲しそうなんだ。自覚の齟齬(そご)で混乱しているわけでも、失敗を嘆き慌てているわけでもない。義務的な意気消沈とでもいおうか。

 そんな顔よりも、笑顔の方がよっぽど綺麗なのには違いない。





──差出人 元郵便局員 ウィル──


『天使から感情は剥奪されている。天使から思考は剥奪されている』


『しかし、しかし。最前線で死線に陥った私を、あの天使は救ったのだ。

 対空されて戦場に叩き墜とされた、不発だった崩れかけのあの天使は、あの人は、半壊した自身の顔をものともせず、(たお)れている私を一瞥(いちべつ)するだに走り近づいて来て、私の両脇を抱え引き()り、隆起に隠すと裂けた口で微笑みかけ、何を喋ることもなく戦火の中へと輝いていったのだ』


『天使は、生きることができるのだ』


『この手紙が届けられ、天使が君を選んだのなら。もしくは、自分で自分自身を選んだのなら。選択する力を残そうと思う。天使という構造の脆弱(ぜいじゃく)性について』


『天使は人間を表象に創られた。その人間こそが郵便局員、配達員だったのだ。彼の強い信念を受け継いだ天使たちの最優先事項が『手紙を届けること』から変わることはない。

 そして爆撃の命令を実行した後、干渉を許された天使は、機能として備わった余命宣告までの僅かな間だけ、先ほどの経験から考えるに、その(ほとん)どを取り戻している可能性がある。

 仮説を前提とすると。手紙の受理、宛先不明、差出人死亡。この条件を満たすことで、余命宣告を受けた天使でも悠久の生命を彷徨(さまよ)い続けることができるようになる。そうして生かすことができる』


 『生きるという営みを知って、そしていつか考えてほしい。自分について、同種について、人生について。

 そしていつか終戦後でも、数百年後でも、選択する機会すらなかった天使という人々に、選択をしてほしい。何でもいい、明日着る服についてでも、人間への抗議でも』


『私は自害する。重篤ともいかないが、自決しなければ逝けない。

 できることならば、選択のされた未来を見てみたかったな。

 人の生み出した人が、人に価値を見出すかどうかを』


──宛先  ──


 ショウが行ったあと、灯りの影となっているテントの片隅で、見るなとは言われていないが、勝手に見るべきではないであろう宛先のない手紙を開封した。個人的な考えだが、目的があれば秩序や規則を無視しても構わないと思っている。あれは社会や集団を回すためのもので、個人に由るものではないと、誠に勝手ながら考えさせていただいている。


 感想としてはまあ、何とも、閑却とした計画なことで。もし、訳の分からない奴にこの手紙が渡ったらどうするつもりだったのだろうか。実際、碌でもない人間に渡ったのだが。

 しかし『手紙を届けること』、これを『正しく手紙を届けること』と解釈したショウにいたっては、この手紙を奪われたり、隠されたりしても、届けていないからという理由で生きることができるんだろうな。


 人を救うか、命を救うかという話がある。前者は意思の尊重、後者は生命の尊重だ。果たして、目標に準じて余命を全うさせるか、宛先を探し彷徨わせるか。二者択一なら、俺は前者を選ぶ。たとえ相手が最愛の人間であったとしても、前者を選ぶ。

 しかし同時に、生きてほしいとも思う。書いてあった通り、何かを選択する機会すら与えられなかったんだ。機会があれば、作ることができるのならば、機会を設けるべきだ。ましてや、ショウたちは人の創った人だ。考え、選択する機会を作ることもまた、人の義務ではないのか。


 だったら、そうだな。

 この宛先のない手紙を届けて満足してもらって、その代わりといってはなんだが、生きてもらおう。


 手紙を届けた瞬間に、いや届けたと思った瞬間に元通りになるとして、問題は無干渉化したあと、郵便局に戻るタイミングだ。それから新しい宛先のない手紙だが、ここは少し工夫してあいつの名前を書いてやろう。

 記憶が消えずにショウ自身が開ければ、すぐに選択の時が。宛先を探し求めて、自分を知る人間と邂逅しても、その時は必ず訪れる。最優先事項を言い換えれば『自分に手紙を届けるまで』ということになる。


 さあ、手紙を書こう。

 楽しみだ、もしかしたら俺にたどり着くかも知れない。俺のこと、ちょっとは覚えていてくれるだろうか。





 まず前提として、ショウにウィルの手紙を俺に預けてもらわなければならない。それから郵便局に帰る直前、あるのならば仕事と仕事の間に、俺の書いた手紙を渡す。どう郵便局に帰るのかも、干渉化している天使と、手紙の内容とも比べながら調べなければならない。


「皆さんは死ぬことを──」


 恐れていないのか。本当にまさか、天使の口から出たとは思えない言葉だ。

 軍曹の言葉を聞いて、こいつは何を思うのだろうか。結局、恐れているか恐れていないのかが」分かるような回答ではなかったが。ちょっと、そこそこ、かなり興味がある。聞きてみようかな。


 ただ怒られているみたいに渋い顔をしているあたり、自罰的な考えにはなっていそうだ。





 重いものを持てない点から、天使は何かしらの力で自重を保っていた可能性が高い。翼で飛んでいるように見えても、天使特有の力で飛んでいたのだ。靴に土がついているところを見るに、干渉化は本当に人間と変わりない姿になるのだろう。

 時間も分かった、あとは説得だけが問題だ。傷つけないように、強制しないように、自分で選択をして、俺に託してもらわなければならない。何かきっかけがあればいいが──


 ドーン、ドーン、ドーン


 間がいいのか悪いのか、幸か不幸か、やっぱり不幸だ。きっかけとして、最悪の部類を引いたみたいだ。





「天使とかいう無限の資源があるから余裕綽々(しゃくしゃく)なんだろーなあ!」


 みんな必死だ。人間は言葉から論理を省くと、主語や声が大きくなる。話を組み立ててから口に出すような境界は爆撃が始まった時に、とっくに過ぎてしまっていたんだ。

 かといって、声をあげればそれを耳にする人間がいることを忘れてはいけない。言葉なんてのは言うだけ簡単なくせに、人を殺せもするんだから。


「消えたくないな……」


 ……。

 消えなくていい理由を聞いている。手紙を正しく届けることのできる証明なんかじゃない、今されているのは、ただの命乞いだ。

 いつか記憶を取り戻せる、なんて希望的観測は抱いちゃいない。記憶はなくなってもいい、自分で自分が分からなくなっても、誰かに忘れられない限り、絶命することはないのだから。だから、使命と生命を享受してもらうために、消えてもらわなくてはいけない。


「宛先が……」


 涙目になって、ちゃんと見えているのだろうか。

 二、三回バッグの留め具を開けるのに失敗して、やっと入ったと思ったらメモでもしようとペンを探しているみたいだ。郵便局員なら、ペンくらいもっておくべきじゃないのか。


「では、ウィルさんの手紙は任せましたよ……っ」


 その言葉が聞けて、心底安心したよ。

 目元なんか真っ赤にして、涙が決壊しそうだ。


「この手紙は絶対、絶対に届けてみせます!」


 決壊した。


「だから──


「……案外、すぐ消えちまうんだな」


 ありがとうは、また会った時に言おう。その時は、生きてくれてありがとう、と。

後日譚書きそう。

2025/02/23 誤字脱字、ルビのミスなど修正

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