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昨晩は寝られなかった。――

 昨晩は寝られなかった。

 目をつむると、自分と妻が後ろ手に縛られて、頭を二度撃たれた死体になっている有様が浮かび上がった。妻は警部が出勤中、家にひとりでいる。山賊どもを満載した自動車がやってきて、彼女をさらわないという保証はない。

 もっと小さな相手なら、他の誰かに相談できた。

 だが、カタンザッロとなると、警察内部でつながっている人間がいる可能性がある。実際、カタンザッロが警官隊の山狩りをうまくかわしたことが何度かあるのだ。

 ひとりで〈叔父〉と闘わなければならない。自分の弱さは問題ではない。問題は警察に身を置きながら、集団の力を行使できないことにある。

 何かあったの?とたずねる妻にも話すことはできない。

 警部は受話器を取って、交換に憲兵隊舎の番号を伝えた。

「はい。第三憲兵大隊、レンネ伍長です」

「カラヴァッジョ中尉をお願いします」

 警部は中尉に直接会って話したい旨を伝え、出勤後、閲兵広場で憲兵の官用自動車に拾ってもらって、話すことにした。

「きみの仮設は正しかったよ」

「〈叔父〉が誰か分かったんですか?」

「トマゾ・カタンザッロ。山賊だ」

「山賊ですか? 山賊が資金洗浄するとは思えませんが」

「これが殺された警官の家から出てきた」

 中尉は車を〈柑橘〉通りの端に寄せ、ノートをめくった。

「これは、営利誘拐ですか?」

「〈ノコギリの刃〉を根城にする山賊が金持ちをさらって、身代金を取っている。〈マッシモ・ラーニョ弁護士 百十万レラ〉は家族が身代金をケチろうとして、バラバラ死体になって見つかった」

「こいつが〈叔父〉ですか」

「資金洗浄にかかわっているのは別の〈叔父〉かもしれん。だが、ふたりの警官を殺ったのはこのカタンザッロだ。ふたりはカタンザッロの隠れ家や愛人の家をおさえていた。やろうと思えば、逮捕もできた」

「ですが、こうなったら、全ての隠れ家は放棄されているでしょうね」

「ああ」

「どうするつもりですか?」

「見せびらかして、カタンザッロが〈叔父〉だと言ってまわるわけにはいかないな。すぐに殺されるのがおちだ。だが、放っておけるものじゃない。警官がふたり、処刑スタイルで殺されている。〈叔父〉に手をつける時期が来たのかもしれない」

「では——」

「もう聖域はない」

 町の坂の途中にある警察署で警部は降りた。中尉が車を出そうとしたとき、タレコミ屋のメゼッロが興奮した様子であらわれた。

「なんだ、メゼッロ。いま、お前の相手をしている暇は——」

「ネタはあるけど、警察のおなかは痛めさせませんよ。なにせ、こいつは七万レラもののネタですからね」

「七万レラ?」

「コラーゾ議員の懸賞金ですよ」

「あれは五万だ」

「七万に上がったんですよ。知らなかったんですか? とにかく秘密で話せる場所をお願いします」

 中尉を見ると、うなずいたので、メゼッロを後部座席に押し込み、続いて自分も乗り込んだ。

「それでメゼッロ。どんなネタだ?」

「それよりもこれに署名してください」

 薄黄色い封筒を取り出して、なかの書類を出してきたので見てみると、メゼッロが懸賞金を受けるに値する情報をもたらしたことを認める証書だった。

「なんだ、これは?」

「官僚仕事が世界を制するんですよ」

「わかった、わかった」

 警部はファーストネームだけ書いた。

「なんですか、これ?」

「残りはお前の持ってきた情報が本物だったときに書く」

「ちぇっ、固いなあ。でも、まあ、いいでしょ」

 メゼッロはもうひとつのポケットから四つ折りにされヨレヨレになった紙を取り出した。

 それはベネト・ダレッサンドリが十五万レラ相当のヨットを購入したことの証明書だった。

「あたしの昔の仕事仲間が海沿いの町で働いているんですがね。ある男からスった財布からこいつがでてきたんですよ」

「町ってのはどこで誰が誰からスった」

「それは教えられませんよ。ともかく、悲劇の英雄ダレッサンドリ巡査は収入にあわない大きな買い物をしていたってことです。何かやってましたね。これは。お金の出どころを銀行で追えば、いずれ真犯人にたどり着くってわけです。だって、こんなお金、恐喝でもしなければ手に入りませんよ」

 警部は証書にサインをした。

「じゃあ、あたしはこれで。金が入ったら、急いで、島を立ちますよ。あたしも長生きしたいんで」

 少し前に推理したことが真逆に転がった。

 ただ、ダレッサンドリが十五万レラのヨットを買ったという事実がすべてを物語っていた。法廷では不十分でも古王国島では十分すぎた。

 ダレッサンドリ巡査とピオスコ巡査は秘密の残業でカタンザッロの弱みを握り、癒着した。手入れの情報を流し、その他――たとえば故買や誘拐の情報提供――様々な悪事に加担した。

〈叔父〉よりも危険な情報だった。この一週間、英雄としてあがめた殉職者が実は汚職警官だったなどということが受け入れられるわけがない。ノートと購入証明書は——

「捨てるべきではない」中尉が言った。

「いま、おれとあんたは古王国島で最も孤立した人類だ」

「でも、サリエリ事件の糸口がやっと見えてきたんだ」

「ノートは〈叔父〉を敵にまわし、購入証明書は警察を敵にまわす。――ノートはおれが持っておく。購入証明書はそっちで持っていてくれ。そうすりゃ、保険になる。おれを殺したら、購入証明書が憲兵で公開されるぞって」

「まるで警官に殺されると思っているような口ぶりだ」

「どっちにしろ、頭に二発だ。ここでおろしてくれ」

 中尉は署の入り口階段を上る警部に声をかけた。

「またお会いしましょう」

「ああ」

 警部は署の廊下を歩きながら、自分の棺を持つのに使われそうな警官を見繕っていた。生き残る方法は簡単で、全てをなかったことにすることだ。一度は〈叔父〉だけでも摘発しようと思ったのだが、警官の腐敗まで絡んでいると分かると、勇気はしぼんで消えた。

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