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市が雇っている運転手が警察用の——

 市が雇っている運転手が警察用の黒い自動車のハンドルを握り、後部座席に座ったモレッロは運転手の後頭部を眺めていた。犯人はこんなふうに後ろに乗って、銃を構え、ふたりを縛って、外に出し、撃った。涸れ川に転がしたのは撃った後か、それとも前か。何も知らない運転手の頭を犯人になったつもりで撃ち、なぜ撃つのかを考えた。怨恨、狂気、隠蔽。ふたりが死ぬことで得をする人物がいる。金だろうか。だが、金が目的ならもっと効率のいい方法がある。何人かの政治家に手をまわして、ふたりを〈石の棺〉市よりも不便な、奥地の村に飛ばすこともできる。だが、権力なら? ふたりが誰かの権力を大いに損ねるほどの何かをつかんだのなら? 殺害は権力というものに過敏に反応する古王国人らしい反応だ。しかし、ふたりの警官を殺害してまで守りたい権力とはどれほどのものか。警部は考えが飛躍しすぎたと思い、五つ数えて、また考え直した。〈叔父〉が中尉から感染したようだ。もし、ふたりの家を調べて、空振りだったら、メゼッロを少しゆすってみよう。何か手掛かりにつながる情報があるかもしれない。

 ピオスコの家は一軒家で両親と住んでいた。裏には庭があり、自分たちの食卓で消費するくらいの野菜を育てていた。玄関そばの小さなテーブルに一輪挿しの花瓶と黒い枠に収めたピオスコの写真があった。写真のなかのピオスコは私服姿で、リネンの三つ揃いでめかしこみ、手に夏用のカンカン帽を持って、笑っていた。

「本当にいい子だったんですよ。トットィはまだ二十五歳だったんですよ」

 母親が言った。

「少し内気だったけど、本当にいい子だったんです。あんな死に方をするようなことなんて何も」

「警官になったからだ」父親が言った。「だから、おれは役場にしろと言ったんだ。警官なんてろくでもないって」

「でも、あなただって、ピオスコが警官になったときは喜んだじゃないですか」

「そうする以外にないだろう。あんなに笑顔で」

 そこで、父親が白いハンカチを取り出すと、涙をぬぐった。

「警察としても、全力で事件を捜査しています。それでピオスコ巡査の部屋を見せてほしいんですが」

「もう、警察の方が見ていきましたよ」母親が言った。「あんまりあの子の部屋をいじらないでほしいんです」

「いや、調べてもらったほうがいい」父親が家父長的威厳を取り戻して言った。「何度調べても調べすぎるということはない。手がかりがどこにあるか分からないんだし、それでケダモノが捕まるならいいじゃないか」

 ピオスコ巡査の部屋はそれほど広くなく、書き物机には読んでいた小説がしおりを挟んで置いてあった。壁には何かの市で買ったらしい農家と川を描いた風景画、煙草会社が配っているカレンダー、それに家の前で撮った家族写真だが、ピオスコ巡査はまだ中学生だった。

 引き出しには筆記用具と使い古した計算尺(小さな本棚には計算の謎解き問題集があった)。それに洒落た形の小さな酒瓶がいくつか。

「いつかボトルシップを作るんだって言ってました」母親が後ろから言った。彼女は、まるで何か盗まれるんじゃないかと思っているみたいに、ずっと警部の後ろについていた。

「ただ、そういう趣味をするには時間がなかったようですけど」

「と、いいますと?」

「しょっちゅう残業でした。遅く帰ることがしょっちゅう」

「残業はどのくらい前から?」

「三年くらい前からでしょうか」母親はまた涙した。「トットィは本当にいい子だったんですよ」

 お邪魔しましたと家を後にする。ピオスコの家が見えなくなるころに運転手がたずねた。

「何回言われました?」

「何が?」

「トットィは本当にいい子だったんです」

「数えきれないくらい。そうだ。ひとつききたい」

「なんでしょう?」

「警邏係は夜勤はあるが、残業はない。それなのに家族には残業があると言っていた。何度もだ。どうしてだと思う?」

「そうですね」道をふさぐ羊の群れにクラクションを鳴らした。「女じゃないですか? それもある種の、ほら、大っぴらに会うことができないタイプの」

「まあ、最初はそれだな」

「あんまり死者の尊厳をいじるようなことはしたくないですがね」

「他には?」

「あと、思い浮かぶのは刑事部への異動目当て」

「秘密の捜査か」

「刑事になりたい平の巡査はたくさんいますよ。時間外に熱心に働いて、ちょっとしたやつを挙げれば、刑事部の門は開いたようなもんじゃないですか。署長はそういう滅私奉公が好きですし」

 ピオスコの死んだ原因は嘘の残業をしてまでして調べた誰かの犯罪かもしれない。その疑いが強くなった。

 ダレッサンドリの家は古い石づくりの家並みが丘を登ったところにあった。アパートの三階で未亡人が待っていた。

「〈海蛇〉市に行ったときの写真です。海の好きな人でした」

 被害者の遺族に会うと、必ず写真を見せられる。大学の門前、船、まだ自動車が高価すぎて壊れやすすぎたころ。

「そういえば、ピオスコはボトルシップを始めようとしていたらしいです」

「きっと主人の影響ですね。コーヒーはいかが?」

「いただきます」

「お砂糖は?」

「ふたつお願いします」

 コーヒーをいただきながら、モレッロは未亡人に最近、ダレッサンドリ巡査はよく残業をしていなかったかたずねた。

「ええ。確かにここ最近、増えました」

「何かを調べていたようなことはありませんでしたか?」

「さあ。分かりません。主人は家で仕事の話はしませんでした」

「彼の部屋を覗いても?」

「はい」

 ダレッサンドリ巡査の部屋はボトルシップに埋め尽くされていた。いくつかは釣り糸で天井から吊るされていて、船長を夢見る少年の頭のなかにいるような気分になった。ダレッサンドリの机にはひとつまとめで売られている事務用具があり、本棚は船舶に関する本でいっぱいになっていた。ただし、棚の半分は帆船を入れたボトルで占められていた。本のページをざっと調べ、引き出しを調べ、椅子の裏を調べ、床板を調べ、秘密の床下収納を見つけた。そこにはノートが一冊あった。仮説が事実になりつつあるなか、決定的な秘密を暴く期待と高揚は何年警官をしても消えることはない。

 未亡人は警部を見ていない。

 彼はその帳簿を上着のなかに隠し、ダレッサンドリの家を辞去した。

 署に戻り、机の上に重ねられた前科者の書類を端にのけて、ダレッサンドリのノートを読んだ。年月日と金額、それに場所と名前。どれも裕福な貴族か実業家でひとりにつき、五十万レラ、なかには百三十万レラの数字がついている。〈クアジーモド伯爵 六十万〉〈ジュセッペ・パロッキ博士 五十万レラ〉〈マッシモ・ラーニョ弁護士 百十万レラ〉〈ティペモドーロ子爵 九十万レラ〉。どれも営利誘拐の被害者だった。強盗係の被害届を見ると、トラックの強盗事件があって、発生日時と被害金額、被害者の名前と場所が一致している。

 間違いない。ふたりはトマゾ・カタンザッロを調べていた。

 ノートには山賊たちが獲物や人質を隠す洞窟や廃屋、メンバーの偽名、そして、カタンザッロの愛人の住所が記載されていて、そこをカタンザッロが訪れた日を細かく記載している。

 カタンザッロは〈ノコギリの刃〉と呼ばれる山岳地帯を根城にしていて、警察や憲兵はおろか軍さえ手が出せない。そのカタンザッロが市街地にいる愛人に会いにきていることを少なくともダレッサンドリは把握していた。やろうと思えば、カタンザッロを逮捕できたのだ。

 これで分かった。〈叔父〉はカタンザッロだ。

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