病院でカラヴァッジョ中尉が——
病院でカラヴァッジョ中尉が治療を受けているあいだ、警部は電話を借りて、王都の第三憲兵大隊にかけ、九月十七日――ダレッサンドリとピオスコが殺害された日にカラヴァッジョ中尉は勤務していたかたずねた。勤務していたとこたえてくれと心から願った。
「中尉殿はその日と前日は非番です。あの——」
電話の声が遠くなった。
ベンチに座り、同僚からの見舞いや軽口を叩き合った。同僚のひとりがメゼッロが狂ったのはある匿名の手紙のせいで、新聞から切り抜いた文字で警部とメゼッロの妻が不倫していると書いてあり、七万レラを受け取れなかった恨みなども加わって、ああなったと教わった。それをきいているあいだも後部座席に放られた中尉の銃が脳裏に焼きつき、離れようとしなかった。家畜の焼き印のように、警部の運命は決まってしまったのだ。
三時間して、左腕を三角巾で吊った中尉があらわれた――懺悔を前にした敬虔な信者のように思いつめた顔をして。中尉は警部の隣に座った。
「先ほど大隊に簡単な報告のために電話しました」中尉は苦笑いして続けた。「そうしたら、あなたが三時間前に大隊に電話をかけて、十七日にわたしが非番かどうかきいたとききました」
「ああ」
「どうして気づいたんですか?」
「犯行に使われたピオスコの銃は後部座席に放ってあった。さっき、そのことを思い出した。犯人は咄嗟のとき、使った銃を車のなかの、後部座席に放る癖があるんじゃないかと。もちろん、こんなことは根拠として薄弱すぎる。たまたま、放っただけかもしれない。きみの隊に電話したとき、頼むからおれの勘違いであってくれと祈ったよ」
「そうですか……」
「どうしてなんだ?」
「半年前、メゼリーニという男を殺しました。二年前まで大蔵省で守衛をしていた老人です。メゼリーニは死ぬ前にコンツェッタ・サリエリを殺したふたりの名を吐きました」
「それがダレッサンドリとピオスコか」
「そうです。そして、ふたりは手紙で殺害の依頼を受けたと吐きました。……正確にはピオスコが吐きました。ダレッサンドリを撃ち殺すと全てしゃべりましたよ。きくつもりのなかったカタンザッロのことまで全部」
中尉はその手紙を取り出した。新聞から切り抜いた字で『コンツェッタ・サリエリ ヲ コロセ メゼリーニ ノ アイズ ヲ マテ』とあった。
「ピオスコは〈叔父〉から受けたのはこの手紙だけで報酬はひとり十万レラだったと。ピオスコは愚かにもこの手紙を保険のつもりでとっておいたそうです。カタンザッロとの関係がぎくしゃくし始めたので、いざとなったら〈叔父〉に守ってもらおうとしたのです。おれが殺さなくても、あのふたりは早晩、殺されていたでしょうね。でも、おれは自分でやらないといけなかった」
何がきみをそんなに駆り立てるのか。本当にコンツェッタ・サリエリへの懺悔だけなのか? なぜ、ここまでしなければいけないんだ。たずねたかったが、たずねることができなかった。さらに深淵を覗く覚悟がなかったからだ。
「その手紙は差し上げます。おれにはもう必要ありません」
「どうするつもりだ?」
「わかりません。あなたが告発するなら自供します」
「だめだ。物的証拠が弱すぎる。銃はピオスコのものだった。きみが犯行日時に休暇を取っていたという事実だけでは検事は起訴を見送る。そして、〈叔父〉はきみを殺すだろう。そんなことをさせるわけにはいかないだろう」
この青年はこれからも殺す。翼から火を降らせる粛清の天使が空から見ている。〈叔父〉は敵にまわしてはいけない人物を敵にまわした。殺してはいけない女性を殺した。恐れるべきは〈叔父〉ではなく、カラヴァッジョ中尉だった。輝きにあてられ、歪んだ司直の徒を。
警部は〈叔父〉からの手紙を胸ポケットにしまった。
「けがをしているところを恐縮だが、きみはすぐに王都に帰ったほうがいい」
「そうですね。少し、自分を振り返る必要があります」
「きみはやめないのだな」
「ええ」
警部は手を差し出した。
「また、会おう。中尉」
「あなたも元気で。警部」
最初に会ったときもこんなふうに握手をした。あのとき、ふたりのあいだには田舎の警察と都会の憲兵の溝があった。いま、ふたりのあいだにあるのは死に至る道だった。




