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何かと騒がしかった記者会見が終了して強行班のオフィスに戻ってきたトムは、記者会見場を退出した際に検事と署長から「フラビオの裁判で重要証人であるジェーンの身柄保護については、くれぐれも万全の体制で臨んで決して今日のような事態を招かないように」と強く念を押された事もあり、ジェーンの護衛体制について改めて思案を巡らせていた。
これまでは、ジェーンを預けているボビーの自宅を重点的に警護していれば大丈夫であろうと考えていたが、今回のバレンタインの一件を見れば裁判所でさえ、いざとなれば見境なくヒットマンを送り込んで邪魔な人間の殺害を実行してくるブルーノファミリーの対応をみると、相当に追い込まれて本気の度合いが違ってきているのが明らかで、裁判所に到着してもジェーンが無事に証言を終えないうちは安心できない。そうなればジェーンが証言台に立つであろう法廷内での銃撃すら想定しておかねばならなくなる。
そのような事態に対処するためには担当検事に相談したうえで、裁判所の法廷内に裁判所の警備員ではなく警察官を配置して貰えるように協議しておかねばならないし、場合によってはジェーンに防弾チョッキを着用させたうえで証言台の傍聴人席へ向いている側に防弾シールドを設置させて貰い、仮に法廷内で拳銃を発砲された場合であってもジェーンが死傷する可能性を排除しておく必要がある。
トムは、明日の朝一番に公判担当検事との面会を求めて警護強化策の相談をしなければと考えていた。
翌朝一番に検事の所へ電話を入れたトムは、検事と早急な面会のアポイントを取るべく用件を伝えると、前日のバレンタイン殺害の一件もあってか思いのほか容易に面会のアポイントを取ることができた。検察側としても重要証人であるジェーンがブルーノファミリーから命を狙われている事は充分に理解しているだけでなく、ジェーンの証言がフラビオ・ブルーノを有罪に追い込むのを可能とする重要なポイントと判断しているので、ジェーンが次回の公判で証言台に立ってもらうまでの警護体制強化に関する相談であれば積極的な対応をしたうえで、フラビオ・ブルーノを有罪に追い込まなければ世間からの批判を浴びる事にも成り兼ねない。
検事と面会したトムからの提案は、法廷内に裁判所の警備員ではなく制服警察官を配置させることと証言台に証人保護の見地から防弾シールドを設置して証人の安全を確保できるようにすることであった。その提案を受けた検事は、トムからの提案に全面的に賛成して次回の裁判から2つの提案が実現できるよう裁判所と協議してくれることを約束してくれた。
担当検事の理解ある言動に一安心したトムは、検事のオフィスを後にするとそのままボビーの自宅へ向かった。
朝食を終えたボビーとジェーンは、朝食で汚れた食器等を洗い終えるとボビーは銃器のメンテナンスをガンルームで始め、ジェーンはオンライン授業を受けるための準備をリビングルームで行っていた。本来ならばジェーンも大学に通学して授業を受ける必要があるが、地元ギャングのボスであるフラビオ・ブルーノの裁判において重要な証人であり、そのためブルーノファミリーから命を狙われているジェーンが重要証人保護プログラムの対象となっている事を踏まえ、更にジェーンをキャンパスに通学させた場合に襲撃者が大学構内に進入してきた際には他の学生にも危害が及ぶ恐れもあることから、大学側もフラビオ・ブルーノの裁判が終結するまではジェーンをオンライン授業で対応することとしている。そこで、ボビーはジェーンがオンライン授業を受けている間は、授業の邪魔にならないようガンルームに赴き銃器のメンテナンスをしている。
ボビーが、HK45C拳銃のメンテナンスを終えてM66拳銃のメンテナンスを始めようとした時に、外の方からジャリジャリと玉砂利を何かが踏みしめる音が聞こえてきた。ジェーンのオンライン授業の邪魔になると思ったボビーは軽く舌打ちをするとガンルームを出るとガレージへ向かい、ガレージから家の外に出てみると覆面パトロールカーが玄関の前に1台停車しており、運転席側のドアが開くとトムが降り立ってくる。
トムの姿を認めたボビーが
「よお、トムどうした?」
と声を掛けると、トムも
「やぁ、ボブ」
と言いながら右手を軽く上げた。
ボビーは、トムの前まで歩いて近付くと
「悪いがジェーンがオンライン授業を受講中なんで、ここで話をしよう」
それを聞いたトムは
「そりゃ、マズいタイミングに来てしまったなぁ。まぁ、ボビーに用件があって来たんで、ここでの立ち話でも一向に構わないよ」
と気まずそうな表情をしながら言う。
「でッ、俺に用とは何だい?」
不思議そうな表情を浮かべてボビーが問い掛けると
「いや、先ずはバレンタインの件については申し訳なかったよ。現役時代のボブが必死になって捜査していた警察情報をリークしていた犯人を捕まえたのに犯人を裁く事もできず、更に犯人からブルーノファミリーの情報を引き出して、一気にブルーノファミリーを撲滅するチャンスを逃してしまったかもしれない」
そう言ってトムは頭を下げると
「昨日の事件は、残念だったなぁ。でも、バレンタインから少しは情報を吐かせたんだろう?」
ボビーは、トムを慰めるように問い掛ける。
「まぁ、幾つかブルーノファミリーの隠し拠点は聞き出すことは出来たから、これから強制捜査をして徐々にブルーノファミリーを追い込んでいけると思うが、しかし裁判所の敷地で大勢のマスコミが居る状態にも関わらず襲撃を掛けてくるとは思わなかったよ」
いくらか気落ちしたような表情でトムは喋った後に
「それでなんだが、バレンタインの口封じに裁判所だろうと襲撃をしてくる状態になった事からして、ジェーンだって裁判所へ出廷したからって安全とは言えなくなったと思うんだ。ついては次回の公判が開かれる時にボブにも同行してもらってジェーンが法廷内に入て証言するまで護衛してもらえないか?当然、俺の部下も一緒に護衛するが出来ればボブにも協力して欲しいと思って頼みに来たんだよ」
それまでの気落ちしたような表情をしていたトムが、切実な表情へと一変させながらボビーに訴えかけてくる。
「そう言うことなら協力しないとは言わないが、俺は裁判所の建物に入る際は丸腰にならなきゃいけないから、建物内で襲撃された場合にジェーンの事をどれだけ守ってやれるか自信がないぞ」
ボビーも真剣な表情でトムに答えると
「確かに裁判所の施設内は警察官でなければ拳銃は一時没収になるが、ボブが引き受けてくれるなら俺が何とかするよ」
トムはボビーの目を真っ直ぐに見詰めながら答えると、そのトムの表情を見て苦笑いを浮かべたボビーが
「おいおい、あまり無茶な事するなよ」
とトムから視線を外して、遠くを見ながら呟いた。それを聞いたトムは
「済まない。助かったよ」
と言って頭を下げ覆面パトロールカーに乗り込むとエンジンを始動させ、なるべく玉砂利の音を立てぬよう静かにボビーの自宅を出て行った。
トムを見送ったボビーが、ガレージの方へ歩こうとすると玄関のドアが開いてジェーンが
「お客様が来ていたの?」
とボビーに尋ねてきた。ボビーは、ニヤリと笑いながら
「ああ、トム警部が来てたんだよ。この前、ジェーンが裁判所へ行った時、相当緊張していたようだったから、次は緊張しないように私も一緒に付き添って欲しいと言ってきたんだ」
とボビーが言うと
「えぇ、私だって子供じゃないんだから、次は緊張しないで証言できるわよ」
ジェーンは幾らか剝れたような表情を見せて訴えかける。その表情を見たボビーは
「あははっ、それじゃ期待しているよ。それより授業は終わったのかい?」
笑顔を見せながらボビーは、ジェーンに問い掛ける。
「ええ、今日の分は全て終わっちゃった。それよりも、私お腹がペコペコ」
ジェーンはお道化た表情を見せる。そのジェーンを見ていたボビーは
「じゃ、昼食の準備を始めようか」
と言って笑顔を浮かべ家の中へ入っていった。
相変わらず口元には高級葉巻のコイーバランセロを咥えて、紫煙を燻らせながらエリオ・ロペスは満足そうな表情を浮かべながら革張りのソファーに脚を組んで腰掛けていた。目の前に居るボディガードのホセ・カルロスに
「バレンタインの始末は、上手くいったようだな」
と言って、ロペスは口から葉巻の煙をゆっくりと吐き出している。
「まぁ、そこらで金に困っている奴に5,000ドルも握らせたんですが、案外上手くやってくれましたよ。当然、5,000ドルを渡す条件に警察で聞かれてもブルーノファミリーの名前を出さないように偽りの動機も教えてやっているので、警察が我々の所に来ることもありませんよ」
カルロスは薄笑いを浮かべながらロペスに説明する。その説明を聞いたロペスは
「それで、例の小娘を始末する件はどうなってる?」
と静かな口調でカルロスに問い掛ける。
「小娘を狙うのは、今回と同様に小娘が裁判所に入るところを若いのに襲撃させますが、バレンタインの一件で警察も警護を厳重にしているでしょうから、若いのが失敗した時に備えて、俺が法廷で小娘が証言台に立った時を狙うつもりです。そこで、法廷で拳銃の受け渡しを頼めそうな警備員を物色しているところですよ」
カルロスの答えを聞いたロペスは
「それじゃ、おめえはどうする?」
とカルロスに尋ねると
「小娘を撃ち殺したら、少しは暴れるフリはしますが、素直に警備員に捕まるようにしますよ。ロペスさんは、その時に騒ぎに紛れて裁判所を脱出してください。私の裁判の際には腕利きの弁護士を用意してくれれば数年でムショから出れるでしょうから」
カルロスは、事も無げにロペスに説明する。
「分かった。おめえがそこまで考えているなら、おめえが小娘を殺すようになって警察に捕まっても後のことは任せろ。これで、ボスの裁判も何とかなったとして娑婆に戻ってきたとしても実質的なファミリーのナンバー1は俺になる。そうなれば、ムショを出た後のおめえの処遇も悪くはしねぇぜ」
ロペスは、ニヤリと笑いながら咥えていた葉巻の火口を灰皿へ押し付けて揉み消しながらカルロスに告げた。
第2回目の法廷が開かれるまでの間、ボビーとジェーン更にはトム警部を初めとする警察当局はピリピリとした緊張感を抱いて過ごしていた。
次回の法廷でジェーンが証言することで、ブルーノファミリーのボスであるフラビオ・ブルーノの有罪が濃厚となることを武力によって阻止しようとしているブルーノファミリーの襲撃が、これまで以上に過激な手段を講じてボビーの自宅を急襲してくるのではないかと懸念していたからである。
そのため、ジェーンの護衛体制はボビーの自宅に常駐していた制服警察官が4名であったものが6名と増員したほか、警察が所有するヘリコプターによる空からの周辺地域の巡回等による監視体制強化が図られたが、警察当局の警戒態勢強化を他所に第2回公判日までの間、一度もボビーの自宅への襲撃が行われることがなかった。
そのような状況で第2回目の公判を迎えた朝、ボビーは迎えの警察車両が来るまでの間に、腰のベルトにはパンケーキタイプのホルスターに6発の357マグナム弾を装填したM66拳銃を差し込むと、次いで左足首の辺りにアンクルホルスターを装着して、ボディガード2.0拳銃を差し込んだ。380ACP弾を使用するボディガード2.0拳銃をバックアップとする意図がないわけではないが、ボビーの本音としては仮にブルーノファミリーから襲撃を受けた際、必ずしもジェーンの傍に居てやれる保証はなく複数の襲撃者によってボビーがジェーンの傍から離される可能性が否定できない。そのようなケースを想定するとジェーンが扱い易いボディガード2.0拳銃をボビーが持っている事で、いざとなればジェーンにボディガード2.0拳銃を渡してジェーン自身が護身用に使えるよう備えておく意図があった。
先日、トムがボビーにジェーンが公判に向かう際に同行することを求めてきた時、裁判所内では一般民間人となったボビーも拳銃の携帯許可を得てはいるが、裁判所では一時的に没収れる事になるのを何とかすると言っていたので、もし仮にトムが何らかしらの方法を準備して裁判所内でも拳銃が携帯できるのなら、直接ジェーンが所持して裁判所の入口でボディガード2.0拳銃が没収となるより、自分が携帯したうえで、いざという時にジェーンに渡した方が確実と思える。
2丁の拳銃が携行できる状態となったところで、ホロシャツの上に羽織るつもりでいたブルゾンの左右のポケットに、昨夜のうちに準備していた357マグナム弾6発を装着したスピードローダーを1個ずつ仕舞う。これで、ボビーは18発の357マグナム弾を携行することになるので、ブルーノファミリーがジェーンを襲撃してきても何とか対処できるであろう。
そこへ、リビングルームの壁際へ並べたサイドボードに置いていたトランシーバータイプの警察無線機から警護している警察官の声で「マーカスが迎えに来たから、そちらへ通すぞ」と言ってくると、暫くして家の外から玉砂利を踏むジャリジャリという音が聞こえてきた。
ボビーは、ジェーンと一緒に玄関前を覗ける窓際に向かい2人で外を眺めてみるとマーカス刑事が運転する覆面パトロールカーが玄関前に停車するところだったので
「さあ、ジェーン行こうか」
ボビーはジェーンを促して玄関から出ると、マーカス刑事と女性のキャシー刑事がにこやかな表情で覆面パトローカーから降りてくる。顔見知りの刑事達を見たジェーンが笑顔を見せて
「おはようございます。今日も宜しくお願いします」
と挨拶をした後に、ボビーも続いて
「おはよう、2人とも宜しく頼むよ」
そう言って笑顔で右手を差し伸べると、最初に手前側にいたキャシー刑事が
「2人とも、おはようございます。こちらこそ、よろしくお願いしますボブ。そしてジェーン、今日は緊張しちゃうかもしれないけど頑張ってね」
とボビーと拍手しながら、笑顔でジェーンに声を掛ける。
その様子を見ていたマーカス刑事が
「2人とも、体調万全のようですね。それじゃ、遅れないように出発しましょうか」
とボビーとジェーンを促し、キャシー刑事が後部ドアを開けて
「さあ、ジェーン乗って」
そう言ってジェーンを手招きし、ジェーンが後部座席に腰を掛ける。ジェーンが乗り込んだのを確認しながら、ボビーは覆面パトロールカーの後部から回り込んで自らが左後部ドアを開けてジェーンの隣に乗り込もうとするとマーカス刑事が突然
「そうだ。ボブにこれを渡しておかないと」
と言って、ジャケットの内ポケットから曰くありげに何かを取り出してボビーに手渡してきた。
ボビーは、マーカス刑事が差し出した物を受け取って、掌にある物を見ると金色に輝く警察官バッチであり、仔細に観察するとバッチに刻印されている管理番号はボビーが現職時代に割り当てられていた番号となっていた。それを見たボビーは驚いたように目を見開いて
「これは」
と言いかけるとマーカス刑事はウインクしながら
「これで、今日一日ボブは臨時の警察官なので、このバッチを裁判所でも提示すればボブも拳銃を携行したままでオーケーですよ。しかも、そのバッチはボスのトムが何処からか持ち出してきたみたいで、裁判所へ到着する前にボブへ渡すよう言われてました」
マーカス刑事は眩しそうにボビーを見詰めながら説明するとボビーは面映ゆげに
「それじゃ、裁判所に居る間だけ預からせもらうよ」
と言ってブルゾンの左胸ポケットに仕舞い、ジェーンの隣に腰掛けると左の後部ドアを静かに閉める。
それを見届けたキャシー刑事が右の後部ドアを静かに閉じると、マーカスとキャシーの両刑事は、それぞれ運転席と助手席に乗り込んだ。
マーカス刑事が覆面パトロールカーのエンジンを始動させると車両は、一旦バックしてUターンすると徐行しながら一般道へ向かう。
ボビーの自宅への入り口となる一般道との合流ポイントには3台のパトロールカーが待機していたが、覆面パトロールカーが近付いてくると1台のパトロールカーが先導となって一般道に合流すると覆面パトロールカーが続いて合流し、最後に2台のパトロールカーが連なって車列を作って裁判所を目指して走行する。
裁判所までの行程は、時間的に通勤ラッシュの時間帯を過ぎていたこともあり渋滞に巻き込まれることもなく順調に裁判所へ到着したが、ブルーノファミリーと関与したバレンタインが襲撃されて射殺された一件の影響を受けたため、ジェーンを乗せた覆面パトロールカーは裁判所の裏口へと向かい、裏口周辺には多くの制服警察官によって厳重に警備され、取材陣を含めた第三者が容易に近付けないような態勢がとられていた。刑事裁判の被告であったバレンタインの襲撃暗殺事件では警備体制の不備をマスコミ等によって警察が批判されたが、同時に裁判所についても刑事裁判の関係者が安全に法廷へ赴けることへの配慮が足りなかったのではないかと多くの批判を受けた事もあり、被告人がブルーノファミリーのボスであるフラビオ・ブルーノということで裁判所側も相当に神経質になっている。
覆面パトロールカーが裁判所裏口の前に停車すると、最初に助手席側のドアが開いてキャシー刑事が降りると車両前部を廻って左後部ドアに近付く、すると左後部ドアが開けられてボビーが降車するとブルゾンの左胸ポケットから警察官バッチを取り出してブルゾンの右胸にバッチを取り付ける。そして、後部座席の右側に座っていたジェーンはボビーが開けた左側ドアから降りようとする際は、ボビーとキャシー刑事がジェーンから見て左側に、そしてマーカス刑事が右側に立って車両から降車するジェーンを厳重に護衛する。
ジェーンが覆面パトロールカーから降り立つと、彼女の両脇をマーカスとキャシーの両刑事が固め、ジェーンの背後にはボビーが付いた状態で裁判所の通用口へ向かって歩き出した瞬間、20メートルくらい離れた辺りから1人の若い白人男性がジェーンの方へ向かって全速力で駆け出してくる。
ジェーンの警護の為に周囲を固めていた制服警察官達が、その白人男性に気が付くと10人くらいの制服警察官達が駆け出してくる男性の進行方向を塞ぐように集まって口々に「ストップッ」と叫び、数名の警察官は腰のテーザー銃に手を掛けて男性の襲撃に備えている。
ジェーンを警護しているマーカスとキャシー、それにボビーが騒ぎに気が付いてジェーンの身体に手を添えて裁判所の建物内へ急いで誘導しようとした瞬間、突進してきた男性が履いていたジーンズの前側左に差し込んでいたグロック社製のモデル19Gen3拳銃を抜き出してジェーン達の方へ銃口を向けて構えてきた。
1982年にオーストリアのグロック社からリリースされたグロック拳銃は、9×19ミリメートル弾を使用する世界で最初に成功したポリマーフレームのストライカー発火方式の拳銃で、当初はモデル17がオーストリア軍にP80という名称を与えられ正式採用され、その後にオーストリア警察にも採用されている。セミオートマチック拳銃としては信頼性の高いブローニングタイプのロックドブリーチ閉鎖機構とショートリコイル作動方式を組み合わせる事で、セミオートマチック拳銃にとって最も重要な要素の一つである作動の信頼性が高い拳銃である。
モデル19は、フルサイズと呼ばれるモデル17のコンパクトモデルとして1988年に開発され装弾数でモデル17よりも少ないが、拳銃自体のサイズが小さくなったことで携行性に優れ米国内における多くの法執行機関で採用されており、一説には全米警察官の7割近くが使用していると言われている。
明らかにモデル19拳銃の銃口をジェーン達に向けていることが分かった警護の制服警察官のうちモデル19拳銃を構えている男性との距離が近い2人が、腰からテーザー銃を抜いて若い男性に向けてテーザー銃を発射する。2丁のテーザー銃から射出された電極が命中した若い男性は、電撃による影響で身体が自由に動かせなくなり、アスファルト路面に倒れ込む形となるが、それでも何とかモデル19拳銃から発砲してきた。「パンッ」という乾いた発砲音で、周囲にいた制服警察官の全員が首を竦めながらしゃがみ込む事となり、発射された弾丸は男性の所に集まってきた1人の制服警察官の右胸に命中した。被弾した警察官は幸いにも防弾チョッキを着用していた事で死に至ることはなかったが、命中した右胸を左手で押さえながら仰向けに倒れ込んでしまう。
一方、モデル19拳銃を発砲した若い男性は続けてモデル19拳銃を発砲しようと身体が不自由な状態にも関わらず引き金を引いているが、初弾を発砲した際の態勢が不安定な状態で発砲したせいで、初弾発砲後の空薬莢が上手く排莢されずに薬室カバーとスライドのエジェクションポートの間に挟まる「ストーブパイプジャム」と呼ばれる不具合が発生してしまい次弾を発砲することができない。
その状況を見た制服警察官の4~5名が男性の近くへ駆け足で近寄り、1人の警察官が腰から警棒を取り出して、モデル19拳銃を握っている右手から拳銃を叩き落とし、落ちたモデル19拳銃を蹴り飛ばすして男性が再びモデル19拳銃を拾えないようにした。それ以外の警察官達は男性の背後に圧し掛かって身動きを封じると1人の警察官が男性の両手を後ろ手にして手錠を掛ける。男性に手錠を掛けて拘束すると男性がアスファルトに腹這いとなったままの状態でボディチェックを素早く行い、男性が他の武器や爆発物を所持していないことを確認してから警察官2人掛かりで男性を強引に立たせてパトロールカーへ連行していくが、若い男性はテーザー銃からの電撃の影響で苦痛に歪んだ表情を見せているが、悪びれる様子もなく半ば不貞腐れたような態度で連れて行かれる。
一連の襲撃未遂によって、裁判所の建物内に入ったジェーンとボビーのボディチェックが行われていなかったが、襲撃を仕掛けた若い白人男性が制服警察官に連行されていった事で、裁判所の警備員も落ち着きを取り戻してジェーンのボディチェックを始める。ジェーンは当然、拳銃や刃物等の武器は一切所持していないのだが、金属チェックのゲートをジェーンが潜ると身に着けているアクセサリーが反応してブザーが鳴り出す。しかし、それらをゲート通過前に専用のトレイに外したうえで金属チェックを受けると反応がないので、専用トレイに預けたアクセサリーはジェーンに返却される。ジェーンの後ろにいたボビーも、金属ゲートのチェックを受けようとするとボビーの右胸に示された警察バッチが目に入った裁判所の警備員は、「貴方はフルーパスですよ」と言った表情を見せて金属ゲートの外を廻って来るように手招きした。苦笑いを浮かべてボビーは、警備員に手招きされた通りに金属ゲートを迂回してジェーン、マーカスとキャシー両刑事が待っている所へ少し小走りに向かう、マーカス刑事が半ば笑いを堪えたような表情で
「ボブも我々と同じように金属ゲートを迂回してジェーンのボディチェックが終わるのを待っていれば良かったじゃないですか」
と小声でボビーに言う。ボビーは、苦笑いを浮かべながら右の人差し指で蟀谷の辺りを掻きながら
「いや、警察を定年退職して今ではすっかり一般市民としての生活に慣れてしまったのでねぇ」
と苦笑いを照れ笑いに変えて言い訳を口にする。それを聞いたキャシー刑事も両手で口元を隠しながら笑い声が漏れてくると、隣にいたジェーンもキャシー刑事に連れて小さく笑い出し、これから刑事裁判の法廷で証言を控えている緊張感が、少しは薄らいでいるようであった。
こうして、つい先程までは襲撃された直後という状況であったために重苦しい雰囲気に成りかけていた4人は、一転して和やかな雰囲気に包まれながらフラビオ・ブルーノの第2回刑事裁判の法廷へ向かっていった。