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警察のコミッショナーであったバレンタインの襲撃失敗から2日後、ブルーノファミリーのボスであるフラビオ・ブルーノの裁判初日を迎えた。ジェーンの証言は行われないと思われたが、19歳のジェーンが法廷の雰囲気に慣れておく為にも、出廷することになり開廷される時間に間に合うようにするために午前9時には、ボビーの自宅へ覆面パトロールカーに乗ったマーカス刑事と女性刑事のキャシーが迎えにやって来た。

初めて裁判に出廷することになるジェーンは、朝から緊張した表情を浮かべているのを見ているボビーは

「ジェーン、大丈夫だよ。君は見たことだけを正直に喋れば良いだけだし、今日は証言を求められることはないからリラックスして行っておいで」

とジェーンの右肩を優しくポンポンと叩いて緊張を解してやろうとしている。しかし、ボビーに声を掛けられた肝心のジェーンは、未だ強張った笑顔を浮かべて

「うん、頑張ってくる」

と一言をボビーに返すのが精一杯のようで、女性刑事のキャシーに促されて覆面パトロールカーの後部座席に乗り込んでも、何処か落ち着かない様子であった。それを見たボビーは苦笑いを浮かべながらマーカス刑事に

「それじゃ、宜しく頼むぞ」

と声を掛けてマーカスに向かって右手を差し出すと、そのボビーの右手を握り返しながら

「ええ、間違いなく安全にジェーンを裁判所へ送り、そして元気な姿で帰って来ます」

マーカス刑事はボビーに力強く言うと覆面パトロールカーのエンジンを始動させた。ジェーンを乗せた覆面パトロールカーが一般道に向かうと、ボビーの自宅前に警護として張り付いていたパトロールカー2台は、ジェーンを乗せたパトロールカーを前後で警護するような態勢となって裁判所へ向けて出発していった。


同じくフラビオ・ブルーノの公判初日を迎えて裁判所へ向かっている4.2リッターV8ツインターボの黒塗り4ドアセダンであるキャデラックCT6後部座席に乗り込んでいるブルーノファミリーのナンバー2のエリオ・ロペスは火の付いた高級葉巻のコイーバランセロを咥え、右隣りに控えているボディガードのリーダー、ホセ・カルロスに向かって

「ボスの裁判が始まったが、例の小娘が証言する日時が今日の法廷で分かるはずだ。そしたら証言がされる前に小娘を始末して、裁判で証言をできねぇようにしなきゃならねぇ。お前達は俺のボディガードなんで、これまでは小娘の襲撃をさせる気はなかったが、そうも言ってられねぇ、ついては腕の確かなヤツに小娘の始末をさせてくれッ」

ロペスが口から葉巻の煙を吐き出しながらカルロスに命令すると

「分かりましたが、始末の方法等に何か要望は?」

冷静な声でロペスに問い掛けると

「なぁに、小娘が確実に死んでくれるんなら方法は何だってかまわねぇ」

ロペスは葉巻を咥えたままでカルロスに答え、それを聞いたカルロスが

「それじゃ、若いのにやらせるとしましょう」

と静かに答えると

「ああ、任せた」

口の中で燻らせた煙を吐き出しながらロペスは答えた。

そのような会話が車中で行われているうちに、キャデラックCT6は裁判所の駐車スペースに停車した。


フラビオ・ブルーノの殺人に関する裁判の初日は、判決を裁判官によるものにするか、或いは陪審員によるものかの選択手続が行われ裁判官による判決と決まったほか、検察と弁護側による冒頭陳述までが行われた後で、次回の開廷日が2週間後と決められ第2回目の公判ではジェーンが検察側の証人として証言台に立つことになった。

結局、初日の法廷でジェーンが登場する機会は一度もなかったが、19歳の少女が法廷に立つ等というのは早々ないことであり、重要な証言を行うにあたって場の雰囲気に慣れておく意味では裁判所に来たことの成果はあったと言える。しかし、19歳の少女が検察側の席に居ること自体、余りにも不釣り合いであり充分に目立ち過ぎているため、被告人側の傍聴人席で冷酷な視線を送るロペスとカルロスには、ジェーンの容姿がハッキリと分かってしまっただけではなくカルロスがジャケットの内ポケットから取り出した携帯電話のカメラ機能で数カットの写真を撮られていることは、ジェーンを始め検事や同行したマーカスとキャシー刑事にも知る由がなかった。

第1回目の裁判が終了して、検察側の席から立ち上がったジェーンに後方の席で護衛にあたっていたキャシー刑事が

「ジェーン、どう?緊張した?」

と問い掛けるとジェーンは安堵の表情を浮かべながら

「うん、最初のうちは裁判所なんて初めてだから、口から心臓が飛び出しそうなくらい緊張していたけど、私の出番があるわけでもないし証言をすることもなかったので最後の方は落ち着いて見ていることができたわ」

胸に両手を当てながら笑顔を見せている。それを隣で聞いていた検事が

「そりゃ、良かった。あまり緊張し過ぎて支離滅裂な証言をされるよりも落ち着いて知っている事や見た事を正直に話して貰えれば良いので、次回は君の証言を喋ってもらうことになるけど宜しくお願いするね」

と優しい笑顔を見せながらジェーンに言って机に広げていた書類をレザーカバンに仕舞い始める。検事の言葉を聞いたジェーンが笑顔を見せながら

「私、頑張るわ」

と言うのを聞いたキャシー刑事が

「それじゃ、ボビーの所へ戻りましょうか」

とジェーンを促し、頷いたジェーンの両側から挟むようにしてキャシーとマーカス両刑事が付いて法廷を後にした。


久しぶりに一人の昼食を摂ったボビーは、使った食器やナイフとフォークをキッチンの流しに運んで洗い出した。ジェーンが裁判所へ向かってからボビーは、ガレージの奥から大きな紙袋に仕舞っていた玉砂利を作業用一輪車に乗せて数回に分けながら家とガレージの周りに撒いていた。ガレージにあった全ての玉砂利を撒き終えるとアルミ製のレーキのような道具で玉砂利を均等な感じに整える。家とガレージの周りに撒いた玉砂利を均等に整える作業は、ボビーが想定していた以上に時間が掛かり12時を少し過ぎた頃にやっと終えた。

そのためか、汚れた食器等を洗っている間は腰が痛いとまではなっていないが、ボビーが思っていた以上の疲労感を感じて、食器用洗剤で泡塗れの手で腰を叩く事が出来ないので何度も背伸びをしていた。食器を洗い終えたボビーは、ジェーンが裁判所から帰ってくるまでリビングのソファーで横になって休もうかと思い、リビングルームへ向うとガレージの玉砂利を敷いた辺りからジャリジャリという音が聞こえてきた。

ボビーは、リビングルームの窓から音のする方を覗いて見るとマーカス刑事が運転しジェーンが乗せられている覆面パトロールカーが玄関の前まで徐行しているところであった。ソファーで横になることを諦めたボビーは、玄関へ向かいドアを開けてジェーンを迎えに行く。

玄関の前で停車した覆面パトロールカーから降り立ったジェーンとマーカス、キャシーの両刑事を見たボビーが

「おかえり」

と声を掛けるとジェーンが嬉しそうな表情を浮かべて

「ただいま」

と言いながらボビーの前へ歩いてくる。

「裁判所はどうだった?落ち着けたかい?」

同じく笑顔を見せて問い掛けるボビーに

「最初は物凄く緊張していたけど、最後の方は落ち着いて裁判官の話すことも聞いていられたわ。けど、今はお腹が空いちゃった」

ジェーンがボビーに言うと玄関の方へ歩き出した。その2人のやり取りを見ていたマーカス刑事が

「ボビー、家の周りに砂利を敷き詰めたのかい?」

と問い掛けると

「ああ、今日の裁判でジェーンが証言することはないだろう事は分かっていたが、いつジェーンが証言するのかは今日の裁判で明らかになる。そうなるとブルーノファミリーの連中は、ジェーンが証言する日までの間は必死になって襲ってくると思ってな。夜中に襲撃されても家の周りに近付いてきたら音で分かるように玉砂利を敷き詰めておいたんだよ」

とボビーの説明を聞いたマーカスが

「へぇ、僕らが出発してから急いで買ってきたのかい?」

と言うと、ボビーは苦笑いを浮かべながら

「まさか、この玉砂利は亡くなった妻が生前に庭造りをしたいと言ったときに購入したものだよ。俺は、庭造りなんて趣味はないから使わないまま残っていた玉砂利を利用することにしただけだよ」

と言うと2人の会話を耳にしたジェーンが、ボビーとマーカス刑事の方へ振り返りながら

「そう言えば、裁判が終わってキャシーさんと話している時、物凄く怖い顔をした2人の男性が私の方を見ていたわ」

目の前の2人に告げるとキャシー刑事が

「えっ、私は気付かなかったけど怖い顔で見ていた男性って、どの辺に居たの?」

驚いた表情をしながらジェーンに問い掛けるが、ジェーンは少しも考える素振りをすることなく

「弁護士さんがいた直ぐ後ろの席に座っていたわ」

それを聞いたキャシー刑事も

「そう言えば、確かに人相が悪い二人組がいたかもしれないはねぇ」

とジェーンの言葉を肯定するように話すのを聞いたボビーは、マーカス刑事に向かって

「やはりブルーノファミリーは、フラビオ・ブルーノの裁判を有利に運ぶためにジェーンを殺害することを諦めていないようだなぁ。たぶん、新たな殺し屋がジェーンの容姿を確認しに来たのかもしれない」

と深刻な表情で言うと、マーカス刑事も頷いて

「たぶん、そうでしょうねぇ。早速、ボスのトムに報告してジェーンの警護を更に厳重にするよう伝えておきます」

真剣な表情でボビーとジェーンを見ながら話すとボビーも頷き自嘲気味な笑いを浮かべながら

「そうして貰えるか。俺1人でも可能な限りジェーンの事を守りたいと思うが、現役を離れて5年以上となると正直、体力的に思うようには動かないというのが偽りのないところだ」

とマーカス刑事に伝えるが、マーカス刑事は笑顔を浮かべて

「そんな、まだ充分に動けるでしょう。ただ、ブルーノファミリーの連中がジェーンの暗殺を諦めていない事は間違いなく伝えて、ジェーンがブルーノを有罪にする証言が安心して出来るように最善の努力をしないといけませんね」

とボビーに伝えてからキャシー刑事と目配せして頷くと

「それじゃ、これで我々は署に戻ります」

と言って覆面パトロールカーに乗り込み、エンジンを始動するとボビーの自宅を後にした。

マーカスとキャシーの両刑事を見送ったボビーとジェーンが、家に中に入ってジェーンが自分の昼食の準備を始めた時、充電器にセットしているトランシーバータイプの警察無線にマーカス刑事が上司のトムに、ボビーの自宅前での会話を報告しているのが聞こえてくる。マーカスからの報告を受けたトムが

「そうか、それじゃ君達が帰ってきたら早速、ジェーンの警護強化についてミーティングをしなきゃな」

と返答して無線でのやり取りが終了した。


マーカスとの無線のやり取りを終えたトムは、ジェーンの警護体制強化も新たに検討しなければならない課題と充分認識していたが、バレンタインが司法取引によって認める事となった警察情報を漏洩した守秘義務違反とその対価としてブルーノファミリーから受け取った贈収賄については、自宅やコミッショナーオフィスの家宅捜査によって物証も押さえる事ができたので、明日にでもバレンタインを検事に送致しなければならない。

そのための書類等の取り纏めを自らのデスクに戻って再開し始めたところで、デスクの上の受話器を徐に取り上げたトムは、デスクの右側で一番上の引出しから1枚の名刺を取り出して、その名刺に印刷されている携帯電話番号のボタンをプッシュする。右手に持った受話器を右の耳に当てると数回の呼び出しコールの後で電話の相手が出た。トムは、最初にバレンタインの弁護士であることを確認した後、自らが名乗って「現在、拘束中のバレンタイン氏は明日の午前中に検察へ送致する予定」である事を告げた。トムが告げた内容に弁護士から特段の問い合わせもない事から「じゃ」と言って電話を切ったトムは、デスクの椅子にもたれるとひと際大きな溜息をついた。

確かにバレンタインが民間会社の社長だけということならば、トムも大して気にする事もないのだが、検察に送致される男の肩書に警察コミッショナーという役職が付くとなれば、そのスキャンダラスな事柄に多くのマスコミが取材に訪れてくるのは容易に想像がつく。そのための警備態勢を整えなければならないが、何せ地元のギャングに警察を売った男の警備となれば配置する警察官の士気も下がり、その隙を突いて予想もしないトラブルが発生しないとも限らない。ボビーが警察を定年でリタイアする際に託された案件の答えとしてバレンタインを逮捕したのは良いが、その最後の詰めとなる場面で頭を悩ませなければならなくなっていた。

翌日の朝、留置所で朝食を済ませ洗顔等も終えたバレンタインに、留置所担当の警察官は両手を出させて手錠を掛けると警察署1階の裏口へバレンタインを連行する。そこには、エンジンがアイドリング状態の護送車と数台のパトロールカーが待機しており、周囲には警護の警察官に交じってトム警部の姿もあった。

留置所担当の警察官に連行されてきたバレンタインは、終始顔をうな垂れさせ周囲の誰とも視線を合わせようとはしない。それに引き換え周囲の警察官達がバレンタインへ向ける視線には、憎しみや蔑みに満ちたものに溢れていた。ほんの少し前までは、警察コミッショナーとして署員達を見下げるような態度で終始していた男が、地元のギャングからの汚れた金で警察を売っていたのだから当然と言えば当然の報いなのだが、その雰囲気を感じ取ったトムは不測の事態とならないことをハラハラしながら見守っている。

護送車の後部ドアが開かれた手前まで連行されたバレンタインは、留置所担当の警察官からの指示に従い護送車に乗り込むと車内の両脇に設置されているベンチに腰掛ける。ベンチにバレンタインが腰掛けると、腰掛けた両脚の間に10センチメートルくらいの長さがある丈夫そうなチェーンがぶら下がっており、そのチェーンの端に南京錠のフックが通されたうえで、バレンタインの両手に掛けられている手錠の真ん中部分も通されロックされた。これで、護送中にバレンタインが不用意に立ち上がったり暴れ出したり出来ないようになる。そこへ、2名の屈強な身体つきの警察官が乗り込むと後部ドアが閉められ車外から鍵を使ってドアがロックされる。

ちなみに、この後部ドアをロックした鍵は、護送車のエンジンキーでは開閉することができない特製の鍵となっているほか、車内からも開閉の操作ができなくなっている。これも容疑者を護送中に同乗している警察官の目を盗んで容疑者が後部ドアを開けて逃走したり、護送車が襲撃されて外部から簡単にドアが開けられないよう工夫がされている。

護送車の出発準備が整うと、2台のパトロールカーが青と赤の緊急用のフラッシュライトを点滅させ、1台が発車すると護送車が続いてスタートし、護送車の後ろに2台目のパトロールカーが続く。警察署から検事の事務所までは車で10分程度の距離であるため、直ぐに検事の事務所に問題なく到着し、護送車は事務所の裏口に停める事ができたので、到着したバレンタインが護送車から降りたところへ取材陣が殺到して混乱が発生するような事態にはならなかった。バレンタインが検察に送致されて1時間くらい滞在すると訴追手続きのため裁判所へ更に移動することになった。検事のオフィスから出てきたバレンタインは、警察官に連行されて再び護送車に乗せられる。

護送車と2台のパトロールカーが停車している場所へ、検事を乗せたセダンタイプの車が来ると1台のパトロールカーが動き出し、直ぐ後に検事を乗せたセダンが続いて発車し、その後に護送車が動き出して、最後に2台目のパトロールカーが続き車列を連ねて裁判所へ向かった。流石に、バレンタインを乗せた護送車を裁判所の裏口に停めることはできなかったので、裁判所の駐車スペースに護送車を停めると護送車に同乗していた2名の警察官に連行されてバレンタインは、検事の後ろから付いて行く。

その様子を見ていた取材陣達は、一斉にカメラやマイクを手にバレンタインの方へ押し寄せて来た。バレンタインの近くに迫った記者やリポーターの口からは

「本当にブルーノファミリーへ警察情報を漏洩したのか?」

「今の気分は?」

「市民への謝罪は?」

等が次々に投げ掛けられ、カメラのフラッシュやテレビカメラ用の照明ライトが浴びせられ眩しさのためかバレンタインは顔を伏せ、連行している警察官2名も左手で目の前を覆う。更に、取材陣が検事の進行方向を塞ぐような形で集まっているので、速足で裁判所の建物内に入りたいが、自然と進むスピードが鈍ってしまっている。

そのような状態のなか、取材陣の一番後方でベースボールキャップを被りTシャツにブルゾンを羽織り、ジーンズを履いた黒人の男性1人が取材陣を縫うように、小走りでバレンタインを連行している右側の警察官へ近付いてくる。

黒人男性は、右側の警察官の目の前まで来るとブルゾンの右ポケットポケットからスプリングフィールド・アーモリー製の口径9ミリメートルであるヘルキャットというマイクロコンパクト拳銃を抜き出して、バレンタインの腹部へ向けて3発を続け様に発砲した。腹部を至近距離から撃たれたバレンタインは、手錠をされた両手で被弾した箇所を押さえて倒れ込む。バレンタインを連行していた警察官のうち右側にいた方は、一瞬発砲音に驚きながらもヘルキャット拳銃を発砲した男の右腕を捕まえると身体を黒人男性に寄りかけて自らの全体重を使って黒人男性を地面に押さえつけ、右手に握っているヘルキャット拳銃を奪い取ろうと格闘する。もう1人の警察官は、倒れ込んだバレンタインを見ると右膝を突いて屈みバレンタインに応急措置を施そうとしながら、携行している警察無線で発砲事件が発生したことと被弾して負傷者が発生しているので救急車要請をすることを叫んでいた。

一方、バレンタインを取材する大勢のマスコミで裁判所へ行けない状態となっているのを援護しようと護衛のパトロールカーにいた警察官達が小走りでバレンタインの方へ向かっている時、突然鳴り響いた発砲音によって慌ててダッシュして現場へ向う。

至近距離で射殺事件を目の前で目撃した取材陣は、完全にパニック状態となって要領を得ない。そこに、応援で駆け付けた警察官達が現場から離れるように取材陣を押し出されていくほか、数人の警察官が黒人男性を取り押さえようと格闘している警察官の応援に回り、そのうちの1人の警察官が黒人男性の両手を腰辺りに持ってくると手錠を掛けて拘束したうえで、腹ばい状態となっている黒人男性のボディチェックを始めていた。

被弾したバレンタインは、連行していた警察官から応急措置を施されるが口と鼻から鮮血が滴り落ち、腹部に被弾した箇所からの出血も簡単には止血できずに裁判所のアスファルトが流れ出た血液で水溜まりのようになっている。バレンタインの顔色は、徐々に青白くなり身体全体は小刻みに痙攣が起こって意識が混濁し始めている。

そこへ緊急サイレンを鳴らした救急車が到着すると救急隊員が、降車して直ぐに救急車の後部ドアを開けてストレッチャーを降ろしてバレンタインの方へ近付いてくる。救急隊員と応急措置を施した警察官の3人で、バレンタインをストレッチャーに乗せると救急隊員の1人がバレンタインに酸素呼吸器のマスクを口と鼻に被せると救急隊員2人と警察官1人でストレッチャーを小走りで押しながら救急車へ向かった。

救急車にバレンタインを運び込むと、1人の救急隊員が運転席へ向かい残りの救急隊員と警察官が救急車後部から乗り込んでドアを閉めると救急車は再び緊急サイレンを響かせながら救急病院へ向かった。

他方、裁判所の建物内でバレンタインの到着を待っていたバレンタイン選任の弁護士は、マスコミ陣がバレンタインを取り囲むようにしてカメラやマイクを向けているのを割とぼんやりと眺めていたが、唐突に拳銃の発砲音が続け様に3発聞こえて集まっていた報道陣が一瞬で蜘蛛の子を散らすようにパニックになっているのを目撃すると、窓際に近付いて依頼人であるバレンタインの様子を確認しようと姿を探してみるが連行していた警察官の足元に倒れ込んでいるのが目に入り、しかも腹部の辺りには出血したような状態で手錠を掛けられている両手で押さえているのを確認した。それを目の当たりにした弁護士は、大きく目を見開いて右手で口元を覆いながら窓際から数歩後ずさりすると周囲に視線を巡らし、誰も近付いてくる人間や顔見知りの人間がいないことが分かると恐怖に顔を引きつらせて踵を返し、小走りに裁判所の正面出入口へ向かい屋外に出ると脇目も振らずに自家用車へ直行して乗り込むと一目散に裁判所を後にした。


トムは、バレンタインが検察官に送致されるのを見届けると自らのオフィスへ戻ってデスクの椅子に腰掛けてテレビのリモコンのスイッチを入れると音量を小さくして点けておいた。暫くすれば、検察から裁判所へ連行されるバレンタインについてのライブ中継が放映されると思われるので、それまでの間は卓上の書類に目を通すことにした。

テレビの音量を小さくしていた事もあり集中して書類の大部分を読み進めていたので、ふとテレビ画面に視線を移して見るとタイミング良く昼のニュース番組になっていたので、トムは机の端に置いていたリモコンを手に取るとテレビの音量を僅かに大きくした。ニュース番組も中盤を過ぎた頃に警察コミッショナーであるバレンタインがブルーノファミリーに警察情報を漏洩し、その見返りに多額の現金を受領した贈収賄事件の訴追手続きで裁判所へ連行される模様を護送車から裁判所の正面玄関へ連行されるところからライブ中継するようで、女性リポーターが現場のカメラに向かって「バレンタイン氏に現在の心境等をリポートいたします」等と喋っている。

そこへ、裁判所へ到着したバレンタインが2人の警察官に連行されて裁判所の正面玄関へ向けて歩いてきたらしく、女性レポーターとカメラマンは走ってバレンタインがいる辺りへ向かったようでテレビの画面に映し出される画像が揺れている。バレンタインを連行している警察官2人が取材陣の接近を牽制するように手を伸ばしている様子を映し出しているが、多くの取材陣が押し寄せてきているのか画面は小刻みに揺れている。記者やリポーターが口々に連行されているバレンタインに向かって矢継ぎ早に質問を投げ掛けるが、当のバレンタインは終始俯いており取材陣からの質問に答えようとはしない。そんな状況を映し出していたかと思った瞬間、画面が不自然に揺れたと思うとカメラの後方から黒人男性が飛び出してきたのと同時に3発の銃声が連続して聞こえてきた。最早何を映そうとしているのかが分からなくなるくらいに画面は激しく揺れ、女性リポーターの悲鳴しか聞こえない。すると画面はスタジオに切り替わってアナウンサーが『突然、裁判所の現場で銃声のような音が聞こえたようです。現場では誰か撃たれて負傷した模様ですが、現場の状況が落ち着きましたら、改めて現場のリポーターから詳細なリポートをしてもらいますので、一旦スタジオから別の話題をお届けします』と早口で説明して別のニュースを放映し始めた。

一連の模様を見ていたトムは

「しまった。何て事だッ」

と口走り、自らの頭を抱え込んでいると強行班オフィスの扉が勢い良く開いて2人の部下が飛び込んでくると1人が早口で

「ボス、今のテレビ見てましたか?どうも、バレンタインが襲われたようです。我々も現場に急行します」

とトムに告げると勢い良く飛び出して行く。トムも我に返ったように飛び出して行く2人の部下の背後に向かって「頼む」と声を掛けた。

冷静さを取り戻してきたトムの頭には、逮捕したバレンタインについて司法取引の内容までは伏せていたが、司法取引をした事自体をマスコミにも発表していたので、バレンタインの口から全ての情報が警察当局へ喋られては困るブルーノファミリーが、口封じのために刺客を送ってきたのだろうと想像した。しかし、バレンタインがしていた警察への裏切り行為に対して憎悪や嫌悪の情に満ちているあまりに警察官達のモチベーションが下がっている隙を突いて、テレビカメラの前で公開処刑のような真似をしてくるとまではトムも想定できなかった。


暫くするとバレンタインを襲撃した黒人男性が警察署に連行されて来ると、その男性の取り調べはトムが直接行うこととなったが、どんなに厳しい追及をしたとしてもブルーノファミリーが関与している事を喋るとは到底考えられない。少なくともボスのフラビオ・ブルーノが有罪間違いなしの裁判をひっくり返そうと重要証人であるジェーンの暗殺を諦めていない連中が、自らのファミリーを守るためバレンタインの口封じを実行するにあたって実行犯の口から簡単に結び付きが判明するようなヘマはしないと思われる事に加え、病院に搬送されたバレンタインの死亡が、ほぼ間違いないと想像できブルーノファミリー撲滅のための糸が切れかかっている状況ではトムの気分も滅入ってくる。

案の定、取り調べで黒人男性が口にしたのは「警察情報を多額の金でギャングに漏洩して市民の安全を蔑ろにしたことが許せなかった」の一点張りで、それ以上の事は喋ろうとしない。たぶん、ブルーノファミリーから多額の金を渡されて警察での取り調べでの受け応えまで言われているのだろうから、こちらが相当の物証でも確保していない限りは目の前の犯人が真実を喋ることはないだろうとトムは想像していた。また、更に悪い事には、被弾したバレンタインと救急車で病院まで同行した警察官から連絡が入り、バレンタインは病院に到着した時点で出血性ショックによって死亡していたとの報告があり、バレンタインの遺体は病院から司法解剖医のところへ運んで解剖中とのことであった。


結局、その日の夕方には検察官、警察署長と強行係のボスであるトムの3人が記者会見を行うこととなった。

集まった記者達からは「警察を裏切った形となったバレンタインへの憎しみが警護体制の不備に繋がり、このような惨事になったのではないか?」とか「司法取引によってバレンタインとの繋がりが噂されているブルーノファミリーの口封じではないのか?」と言った厳しい質問が浴びせられたが、検察官と署長は「今回の警護体制は、これまでの犯罪者と同様にしており決して手抜かりはなく、現場の警察官にモチベーションの低下等は微塵もなかった」という事と「襲撃した犯人の動機は、殺害されたバレンタインの犯罪行為が純粋に許せなかったために犯行に及んだものである」事を繰り返すのみであった。

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