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ボビーの自宅のガレージ脇に駐車した装甲車は、米国のフォードモーター社が製造している大型ピックアップトラックのF-550をベースとして、同じく米国のレンコ社が改造した小型戦術車両で、主に警察や法執行機関での使用を前提とした特殊装甲車のベアキャットである。

このベアキャットは、全長6.3メートル、車幅2.4メートル、全高3.7メートルで車重が約8トンの大きさがあり最大搭乗人員は12名で、全ての窓ガラスは防弾ガラスとなり車体外装については7.62ミリメートルのライフル弾が着弾しても耐えうる強度を有している。

そのベアキャット装甲車の中では、ボビーに挨拶をしたニックを含めて5名のスワット隊員がブルーノファミリーの襲撃に備えて防弾ヘルメットに暗視ゴールを取り付けたりして準備を始めていた。

一通りの準備が出来るとニックは2個の防弾ヘルメットとボディアーマーを両手にぶら下げてボビーの自宅へ向かう、玄関のドアをノックするとナプキンで口元を拭いながらボビーが現れてきた。

「あっ、食事中でしたか?」

ニックは申し訳なさそうに言うと

「いや、構わんよ。それよりも何か緊急の要件でも?」

ボビーは比較的穏やかな口調でニックに問い掛ける。

「2人への襲撃に備えて、防弾ベストとタクティカルヘルメットを持ってきたので着用してくだい」

タクティカルヘルメットは、スワット隊員が銃撃現場で使用するもので拳銃弾ならば貫通することのない性能を有している。また、前頭部分には暗視ゴーグル等が装着できるようにアタッチメント構造となっており、現にボビーの目の前にいるニックのタクティカルヘルメットには暗視ゴーグルが取付けられていた。しかし、当然の事ながらボビーとジェーン用に持ってきたヘルメットには暗視ゴーグル等は一切取り付けられてない。

「ありがとう」

とボビーは言い、ニックから二組の防弾ベストとタクティカルヘルメットを受け取る。

ボビーは、ニックから受け取った防弾ベストとタクティカルヘルメットをジェーンがいる食卓の脇にあるソファーに置くと食べ掛けの料理を口に運びながらジェーンに説明する。2人共に食事が終わって後片付けが済めば、その防弾ベストとタクティカルヘルメットを着用することになる。

夕食を食べ終わり、汚れた食器等をキッチンで洗い物をしている最中でボビーが

「あとはジェーンに任せて良いかな?スワットから借りた防弾ベストとヘルメットを着用する際に必要な物があるからガンルームから持って来るよ」

と濡れた手を布巾で拭いながらキッチンを出ていった。ジェーンの洗い物は程なく終わると濡れた手をハンドタオルで拭きながらリビングルームへ向かい、ソファーに置かれた防弾ベストを着てみると案の定ベストはブカブカであった。そこへ、ガンルームから戻ってきたボビーが見ると

「やっぱり、だいぶ大きいなぁ。そしたら、ベストを着る前に洋服の上からバスタオルを巻いてから着ると良いよ」

ジェーンにアドバイスすると、ジェーンは一度着用した防弾ベストを脱いでソファーの上に置くと、自らの寝室へ向かい大き目のバスタオルを持ってリビングルームに戻ってきた。寝室から持って来たバスタオルを広げるとスェットシャツの上からバスタオルを巻きつける。その上から防弾ベストを着用すると最初に着用した時よりは幾分ましになった。防弾ベストやタクティカルヘルメットは銃弾を受けた際に貫通しない機能を有してはいるが、発射された弾丸が高速で飛翔するだけのエネルギーまでを吸収する機能は有していないので、発砲された弾丸が命中した際の残存エネルギーは結局のところ被弾した人間の身体が受け止めることになる。

そこでジェーンが、スェットシャツとバスタオルを防弾ベストの下に着用することで仮に着弾したとしても防弾ベストによって弾丸が身体内に進入することは当然ないが着弾の衝撃までは防ぐ事がないので弾丸が当たった箇所は身体に痛みが走る事にはなる。ただし、ジェーンが着用したようにスェットシャツやバスタオルを巻きつけることで多少は衝撃のクッションになるので身体への痛みは和らぐかもしれない。ジェーンが防弾ベストを着用したのを確認したボビーは、ジェーンにタクティカルヘルメットを被せて顎に掛かるベルトの長さを調整してやりジェーンが走ったとしてもヘルメットが脱げたりズレないようにしてやった。ジェーンの準備が一通り済むと、ボビーは手慣れた様子で自分用の防弾ベストとヘルメットを着用する。

ボビーもスワットから借用した防弾ベストとヘルメットを着用したところで、ガンルームへ向かうとSCAR-Lと30発が装填できるマガジン2本に5.56×45ミリメートル弾薬が50発入った弾薬ボックス2箱を持ってリビングルームに戻ってくると2本のマガジンに30発ずつの弾薬を装填し始めた。マガジンに弾薬の装填が完了すると1本のマガジンはSCAR-Lに装着するが未だ薬室には実弾を装填しない。

ボビーは、マガジンを装填したSCAR-Lをリビングのテーブルに置くと

「ジェーン、見ていた通りにライフル銃には実弾を装填したマガジンが装着されているので触ちゃダメだよ」

ジェーンの方を見て注意すると、右手には空になった弾薬ボックスと左手には40発の弾薬が残った弾薬ボックスを持って席を離れてガンルームへ歩いて行った。再びリビングルームへ戻ってきたボビーの手にはパンケーキタイプのホルスターに入ったHK45C拳銃と同拳銃用の予備マガジン2本が納められているマガジンポーチ、更に2個のウエポンライトに45ACP弾薬が入った弾薬ボックスを持っていた。

ボビーは、椅子に座るとマガジンポーチから予備マガジンを抜いて、それぞれに45ACP弾薬を装填する。弾薬の装填が完了したマガジンを再びマガジンポーチに戻すとパンケーキタイプのホルスターに収納しているHK45C拳銃を抜き出すと銃身下部のフレーム部分にあるレールに1個のウエポンライトを取付け始めた。

ボビーが現役の際には、使用する拳銃にはウエポンライトを取り付けて運用していたが警察官をリタイヤした後は、護身用であっても銃器にウエポンライトを装着していると夜間等で不審者にライトを照射した場合、照射と同時に銃口も対象者へ向くこととなり不審者へ発砲するような事態となった際には、例え確認のためにライトを照射したとしても銃口が相手へ向けた行為は後から問題とされるので、所持していた全ての銃器からウエポンライトを取り外していた。しかし、今回のケースでは襲撃してきた相手と銃撃戦になれば夜間の暗闇では誤って警察官に発砲する可能性が想定され、そのような事態を避ける意味でウエポンライトを銃器に取り付けて使うことにした。HK45Cにウエポンライトを取付け終えたボビーは、次いでSCAR-Lのハンドガード先端部の右側へもウエポンライトを装着する。

銃器の準備が完了したボビーは、ジーンズの皮ベルトを外すと最初に左の前部にくるよう拳銃用のマガジンポーチの裏側にあるベルト通しにベルトを通してから、右の後部にパンケーキタイプのホルスターを通してからベルトを締め直した。なお、SCAR-L用の予備マガジンは借用した防弾ベストのポケットに突っ込んでおく。

その後、ボビーは再びガンルームへ向かったかと思うと、右手には380ACP弾薬が入った弾薬ボックスを持ってリビングルームに現れ不安な表情を浮かべているジェーンに

「ジェーン、ちょっと拳銃を貸してごらん」

と声を掛ける。ジェーンは黙ってボビーにボディガード2.0拳銃を渡しながら

「一体どうするの?」

ジェーンが問い掛けてくると

「ガンショップでの銃撃戦で、ジェーンは発砲しているから無くなった分の弾薬を補充するんだよ」

ボビーが穏やかに説明すると、ボディガード2.0拳銃のグリップ左側面にあるマガジンキャッチを押してマガジンを取り出して380ACP弾薬が入ったボックスから数発の実弾を取り出してからマガジンに補填する。それからマガジンをボディガード2.0拳銃に戻してから

「これで、この拳銃には使った分の弾薬を補充できたよ。仮にもジェーンが発砲しなければならない様な事態にはしないつもりだけど、万が一にもジェーンが危険な状態になったら安全装置を外してに撃つんだよ」

ボビーは、優しい声でジェーンに伝えると同時に安全装置を掛けたボディガード2.0拳銃をジェーンに返した。


それからボビーとジェーンにとって緊張が高まっていく時間がゆっくりと流れるなかで、時計の針が20時を少し過ぎた頃に山間地の道路を疾走する1台のトレーラーがあった。運転席にいる男は人相や服装を見てもトラック運転手を生業にしているとは思えない感じである。その男が、運転席の天井にあるスイッチを押しながら

「そろそろ、野郎の家に到着する。ポリ公達もいるから準備してくれ」

と言うとスイッチの脇にあるスピーカーから

「分かった。じゃ、車を停める頃に改めて教えろ」

男の声で返答があった。

トレーラーのコンテナの中には、10人近くの銃器を持った男達が思い思いの態勢で目的地に到着するのを待っている。コンテナには上部側面に高さ1インチ、幅4.5インチくらいの引き戸式の覗き孔が数か所設置されているものの時間帯が夜では外を覗いてみたところで周囲の状況を把握することはできない。

夜間の一般道路を走っているので襲撃が目的と言えども、ヘッドライトを消灯して走行するわけにも行かないのでフロントのヘッドライトを点灯してボビーの自宅を目指して迫って来ていた。それは、ボビーの自宅前で警護している警察官やマーカス刑事にもヘッドライトの光で確認できており警察無線を使って

「連中がやって来た。距離にして500メートルくらいだ。あと数分もすれば到着する」

護衛の警察官とマーカス刑事達はパトロールカーの陰に隠れだし、それぞれホルスターや手に持った銃器を構え始める。

トレーラーが50メートルくらいまで迫って来たところで、カービン銃を持っていた警察官の1人がトレーラーの前輪タイヤを狙ってセミオートで発砲した。発砲された弾丸は、右前輪のホイールに命中して小さな火花を散らす。それを傍で見ていたマーカス刑事が

「警告もなしに発砲するのはマズいぞ」

と発砲した警察官に忠告するが

「このままにして、此処に突っ込んでこられた方が危険だよッ」

叫ぶように言うとカービン銃を数発連射した。ボビーの自宅前まで30メートルに迫っていた状況で3発目が右前輪のタイヤに命中するとタイヤがバーストして、その破裂によってタイヤ片が道路脇の雑草辺りに飛び散ったのが音で判断できる。

前輪の右タイヤが銃撃によってバーストしたトレーラーは、目的地に近付いていた事からスピードを緩めていたとは言えバランスを崩しかけ、ボビーの自宅前10メートルくらいの場所で道路上に停車した。停車すると直ぐにコンテナの後部扉が開いて数名の男達が降車するとコンテナの扉を盾代わりにしてアサルトライフル銃を発砲してきた。

放たれた銃弾のうちパトロールカーへ向けて発砲した弾丸は、車体に穴を開けたり後部ガラス窓を貫き蜘蛛の巣状のヒビを作る。また、ボビーの自宅に向けて放たれた銃弾は木立の幹に当たって木片を散らしたほか、スワットのベアキャット特殊装甲車に命中してガンという音を立てる。

家の中で発砲音を聞いたボビーは

「ジェーン、必ず家の中に居るんだよ」

とジェーンに声を掛けると、玄関から勢い良く外へ飛び出していった。

ボビーは、ガレージ脇に装甲車を停めているスワットチームの方へ向かうと全員が道路上に停車しているトレーラーのコンテナから降りて発砲している男達に銃撃を始めていた。コンテナから降りた数名のうち2人くらいが脚を撃たれたようで路上に倒れて悲鳴を上げている。

それを見たボビーは、近くでアサルトライフルを発砲していたニックの耳元で

「グレネードランチャーを持って来ているなら、トレーラーのコンテナ後部へ回り込んでコンテナ内に催涙弾を撃ち込んで制圧しほうが被害が少なくて済むぞ」

とアドバイスを送るとボビーのアドバイスを受けたニックが

「しかし、木立を廻り込む間に撃たれる危険性があると思いますが」

ニックはボビーに顔を向けて疑問を口にする。

「夜間で暗闇のなかなら、君達の服装は黒っぽいので目立たないし、この発砲音で周囲には熊等の危険動物もいないから大丈夫だ」

ボビーの説明に納得したニックは

「分かりました。グレネードは持って来ているのでやってみましょう」

と言うと、他のスワット隊員に作戦を説明するとベアキャット特殊装甲車に乗り込みグレネードランチャー単体を持って外に出てきた。ニックは、グレネードランチャーの銃身手前側のロックを外すと前に倒れた銃身にグレネード弾を装填すると銃身を起こしてロックを掛け、暗がりの木立のなか上半身を屈めながら進んでいった。

その間もトレーラーとパトロールカー、スワット装甲車では銃撃が行われているが、なかなか埒が明かないばかりか、ボビーも夜間の暗闇という状態では襲撃を思うようには銃撃できない。夜間という事もあり周囲が暗いという状況ではあるが、米国における警察の統計では銃撃戦における警察官の命中率は約3割と言われている事からも7割近くは対象を外しているのだ。現に、ボビーでさえもウエポンライトを点滅できれば良いのだろうが、それでは襲撃している連中に狙われる為の的になるような事にもなるので点滅させることができないので、SCAR-Lアサルトライフルに取り付けたダットサイトのみを頼りに射撃していては、襲撃者と25メートルほどの距離でも容易に命中させることが難しい。

そうなると双方で発砲される銃弾数が増えることになり、結果として周辺の無関係な人間に対して二次被害が懸念されることになる。よって重要なのは、如何にして犯罪者が銃器を発砲する事が出来ないよう無力化した状態にするかであり、それは必ずしも犯罪者を射殺するばかりを意味しているわけではない。


銃撃戦が止まないなか、慎重に暗がりの木立を移動していたニックは15メートルほど進んだところでトレーラーのコンテナ内が覗ける位置に辿り着くことができた。ニックは、周囲を見渡し銃撃される懸念がないことを確認すると手にしたグレネードランチャーを慎重に構えてコンテナ内に命中させるように狙いを付けると引き金を引く「ボシュ」という鈍い音と共にグレネード弾が発射された。

放たれたグレネード弾は、開け放たれたコンテナの後部扉の上端に当たるとアサルトライフルを発砲している男達の後方に落ちた。路上に落ちたグレネード弾からは白い煙が噴き出したかと思うと「ボンッ」という耳を劈く大きな炸裂音と同時に一瞬ではあるが目が眩むような閃光が迸った。

お陰でコンテナから降車してアサルトライフル銃を発砲していた連中は、グレネード弾の炸裂で持っていた銃器を路上に落とす事になる。しかも、閃光の影響で一時的ではあるが視力が奪われているため落とした銃器を見付けられずに拾い上げることができない。

それを見ていたマーカス刑事と警察官、更にはボビーとスワット隊員達は一時射撃を中断して状況を注視しているが、それらを目の当たりにしたニックは、慌ててグレネードランチャーの銃身ロックを外して折り曲げるようにすると腰に備えていた次のグレネード弾を装填し、銃身を戻すとロックを掛けて改めてコンテナ内部に狙いを付けるが、その時になって自身の聴力に異変がある事を自覚する。そこでニックは、初めて自分がスワット装甲車から持ってきたのが催涙弾ではなく閃光弾であることを認識した。しかし、だかと言って今からスワット装甲車に引き返して催涙弾を持ってくる時間的な余裕があるわけでもないので、慎重にコンテナ内部に向けて閃光弾を発射すると、今度はコンテナ内の壁に命中し「ドンッ」という金属同士が衝突した際に発する音を響かせてからコンテナ内の床に転がった。それを見たコンテナ内の男達は慌てて閃光弾を外に蹴り出そうとするが、その瞬間にコンテナ内で閃光弾が炸裂してコンテナ内では轟音と閃光を発すると、その閃光は開け放たれたコンテナ後部から外に漏れ出ると同時に炸裂した際の爆風でコンテナ内の男達は内壁に叩き付けられ全員がコンテナの床に転がる事になった。

一連の様子を見ていたトレーラーの運転手は、慌てて運転席から飛び出すと逃げ出そうとするがパトロールカーの陰で襲撃戦をしていた1人の警察官から「フリーズッ」と警告されてグロック17拳銃を向けられると観念して立ち止まり両手を高々と上げる。その間にも他の警察官とマーカス刑事達は所持している銃器をコンテナの襲撃者達に向けてトレーラーへ近寄っていった。同時に、スワット装甲車から応戦していたスワット隊員とボビーもアサルトライフルを構えてトレーラーとの距離を詰めてマーカス刑事達のバックアップに備える。

そこへ遠方からパトロールカーのサイレン音が聞こえきたが、これは離れているとは言え近所の住民から発砲音が継続的に聞こえたことにより、警察へ通報が入ったことと現場が重要証人保護プログラムの対象者である少女が匿われているボビーの自宅付近という事で応援のために数台のパトロールカーが送り込まれてきたのであろう。

間もなくするとボビーの自宅前の道路は10台近くのパトロールカーが発する赤と青のフラッシュライトが点滅して見た目にも騒がしくなった。

襲撃してきた連中は悉く手錠を掛けられ拘束されたのを確認したボビーは、駆け足で自宅に戻りジェーンの様子を見に行くと、ジェーンは毛布を頭から被り丸くなって震えているようであった。そこに、ボビーが勢い良く玄関のドアを開けたので一瞬だが恐怖に目を見開いて玄関を見たが、そこに優しく微笑むボビーの姿を認めると緊張の糸が切れたのか表情が徐々に安堵するものに変わると同時に涙を溢れさせていた。

ボビーは、ジェーンの元に掛けよると跪いて抱き締めて背中を優しく摩ると

「もう大丈夫だよ。全員を警察が逮捕してくれた」

ボビーの優しい声を聞いたジェーンは何度も頷きながら、幼子のように泣き声をあげていた。


翌日の朝、警察署のコミッショナーオフィスに出勤したヒューゴ・バレンタインは、ブルーノファミリーがボビーへの襲撃を失敗したことを秘書の女性から報告を受けて知った。

幾ら数々の悪事に手を染めているブルーノファミリーであっても日夜実践的な訓練を受けている警察官を相手に殺人を成功させるのは簡単な事ではないと思っていたが、今回も失敗したとなると先日の電話での一件もあり、更にはブルーノの裁判が開かれる日も近いことから自らが実際に重要証人の少女を殺害しなければならい事態となった事を自覚して気分を滅入らせていたが、秘書の女性が昨夜の大捕り物の報告を耳にすると

「ほう、それは良かった大手柄じぇないか。しかも全員を確実に逮捕できたのであれば、今度こそブルーノファミリーを完全に潰すことができるね」

自らの本心とは、かけ離れた明るい声で答えるとコミッショナーオフィスのドアを開けて室内に入り、ドアを閉めて黒皮の椅子に腰掛けると深い溜息をついた。

これから実行しなければならない自らの行動について思いを巡らせていると、オフィスのドアがノックされ女性秘書のナンシーがホットコーヒーを注いだマグカップを持って来た。

「コーヒーをお持ちしました。それと昨日、ご要望された制服警官の装備品につきましては午前10時には一式揃いますが、どちらに置きましょうか?」

手にしたマグカップを事務机に置いた秘書のナンシーが問い掛けると

「ありがとう、ナンシー。それじゃ装備品が揃ったら、そこの打ち合わせ用のテーブルに並べて置いてもらえるかい」

バレンタインは作り笑顔で、マグカップを右手で持ちながら答える。

「承知しました。それでは失礼いたします」

ナンシーは笑顔を見せて隣の秘書室へ戻っていく。

マグカップのホットコーヒーを飲み終えた頃に、まるで図ったようなタイミングで背広の内ポケットに入れている携帯電話の着信音とバイブレーションが起こった。一瞬、バレンタインは身体をビクッとさせたが電話の相手が分かっている事に加え、その用件すらも想定していたので、小さな溜息を洩らすと右手を背広の内ポケットに忍ばせる。

内ポケットから携帯電話を取り出して受信画面をスワイプし

「はい?」

と素っ気ない応答をする。

「よお、朝早くに済まねぇが、もうアンタの所にも報告が入っているだろうが、昨夜の襲撃も失敗して全員がしょっ引かれた。こうなったらアンタに小娘の始末をやってもらうぜ」

ブルーノファミリーのナンバー2である男は、至極冷やかな声で要件を伝えてくる。

「昨夜の襲撃失敗は朝一番に報告を受けたが、だからと言って私に殺しをやれとは随分と藪から棒じゃないか?」

昨日と同じようにバレンタインが声を潜めて言うと

「それは昨日も言ったように、俺達も1人や2人を送り出して失敗したから言ってるんじゃねぇ。アンタも分かっているように10人以上を出したうえで言ってるんだ。ボスがしょっ引かれてる今、兎に角はファミリーの縄張りも守らなきゃならねぇ。そのための人手だって確保しなきゃならねぇんだ。そうなりゃ、動けるのはアンタ以外にいるわけねぇことくらいアンタだって分かるだろう」

ナンバー2の男は冷静に言い放つ

「私は、お前らと違って殺しに慣れているわけじゃないんだ。そんな私に、ブルーノの裁判が数日後に迫っている状況で成功するとでも思っているのか?」

バレンタインも極力冷静さを失わないように言うと

「そりゃ、考えようによっちゃ、もしかしたらアンタが一番適任かもしれねぇよ」

ナンバー2は、半ば鼻で笑うように答える

「どういう意味だ?」

バレンタインが訝るように詰め寄ると

「アンタの肩書なら護衛の警官なんざぁ顔パスだろうが、そしたら目の前には小娘と警官OBのジジィだけになる。そうすりゃ、後は銃口を向けて2度引き金を引けば終わることだろう」

半分笑ったような声でナンバー2が答えると

「冗談もほどほどにしろッ。警察官の目の前で2人の人間を射殺するんだぞ。何て言い訳をさせるつもりだ」

幾らか感情が高ぶったようなバレンタインに対して

「何言ってんだ。アンタの肩書を利用すりゃ何とでも言い訳くらい言えるだろうがッ」

ナンバー2の男は、半ば突き放つようにバレンタインに言うと

「それを言うのは私だぞッ、随分と勝手なことを言うじゃないか」

バレンタイン自身、この電話での会話の方向を分かっているとは言え、ただ言われるままに引き受けても安く見られるのを避ける意味でも食い下がると

「今更、ゴチャゴチャ言っても仕方がねぇだろう。兎に角もう腹を括んだなぁ、じゃ良い知らせを待ってるぜ」

それだけを言うと一方的に電話を切った。

未だ何かを言い掛けたバレンタインは、暫く通話の切れた携帯電話の画面を見詰めていたが、肩を竦めると携帯電話を背広の内ポケットに仕舞い、腕組みをしながら思案に暮れていた。

そこへオフィスのドアがノックされるとバレンタインは慌てて

「どうぞ」

と入室の許可を伝える。

それを聞いてドアが静かに開けられ女性秘書のナンシーが

「バレンタインさん、装備品一式が届きました」

とバレンタインに告げると装備品が積まれた台車を押して入って来る。台車を押してきたナンシーが、テーブルの近くに台車を停めると手際良く装備品の数々をテーブルの上に並べていき全ての装備品を並べ終えると

「バレンタインさん、装備品は全て並べておきましたわ。他に何か御用がありまして?」

笑顔を絶やす事無くバレンタインに問い掛けると

「いや、今は何もないよ。また、何かあったら声を掛ける」

バレンタインも笑顔を見せながら答えると、秘書のナンシーは台車を押しながらドアの前に向かい

「それじゃ失礼します」

とだけ言うと台車を押してオフィスを退出した。

ナンシーが部屋を出て行くと、黒皮の椅子に座っているバレンタインはテーブルの上に並べらた装備品を暫く眺めていたが、意を決したように椅子から立ち上がりテーブルに向かうと装備品のなかから薄手の防弾ベストを取り上げて状態をチェックする。一通り防弾ベストの状態をチェックし終えると、バレンタインは徐にダブルの背広を脱いでチェックした防弾ベストを身に着けると改めて脱いだ背広を羽織ると部屋の隅に置いてある姿見の前に立ってみる。バレンタインの目には背広の下に防弾ベストを着用しているようには見えなかった。それに満足すると、次いで装備品の中からホルスターに収納されたテイザー銃を取り上げる。

ボルスターからテイザー銃を取り出してみるが、バレンタインが思っていた以上にテイザー銃は大きくホルスターごと腰のベルトに装着しても、外から見て明らかに携行していることがバレてしまうのは明らかで、それではボビーのところへ行った際に、護衛の警察官やボビーに怪しまれる事は容易に想像がつく。

バレンタインは、暫く思案に暮れると徐に部屋のロッカーへ向かいトレンチコートを出して丁寧に折り畳み、トレンチコートの折り目の間にテイザー銃本体を突っ込んでみると何とか隠せそうである。それに満足したバレンタインは折り畳んだトレンチコートにテイザー銃を隠したままにして、テーブルの上に置くとデスクの引出しからスプリングフィールド・アーモリー社製のマイクロコンパクトM1911である1911EMP拳銃を取り出した。


米国の銃器メーカーであるスプリングフィールド・アーモリー社が製造している1911EMP拳銃は、通常の1911セミオートマチック拳銃の使用弾薬が45ACPであるのを9×19ミリメートル弾を使用することで全長168ミリメートル、全高127ミリメートルと小型であるのにマガジンには9発の弾薬を装填できマイクロコンパクトというサイズにしては装弾数を犠牲にしていない護身用拳銃としている。なお、外観はスライドがマットシルバーで右側面にはスプリングフィールド・アーモリー社のトレードマークと社名が刻印され、左側面には比較的大きな字体でEMPと、その下には使用弾薬である「CAL9mm」と小さな字体で刻印されている。また、1911EMP拳銃はマイクロコンパクトなM1911であるが、銃身の前端部を支えるブッシングという部品はなく銃身自体が薬室から銃口部へ向けて太くなっているコーンバレルが装着されている。

一方、フレーム部の表面は黒色となっているが古くからあるブルーイングという金属の表面に黒錆の被膜で覆った物ではなく、金属の表面を電気的に酸化させるハード・アナダイズド加工が施された物で、磨耗や腐食に対して強度が高く、天候や地理的状況に関係なく使用する銃器の金属部分が高い次元の耐久性を持つことになる。ただし、ブルーイングとは見た目の色味がまったく違う。


バレンタインは、1911EMP拳銃のグリップ左側にあるマガジンキャッチボタンを押してマガジンを取り出すと9×19ミリメートル弾が9発装填されていることを確認してからマガジンを1911EMP拳銃に戻すとスライドを左手で覆うように掴んで手前側に引くと、同時に1911EMP拳銃を握っている右手を前方へ押し出すようにすると1911EMP拳銃のスライドだけが後ろへ後退する。排莢口であるエッジェクションポートからマガジンに装填している9×19ミリメートル弾が見える所までスライドを引いてから、スライドを握っている左手をパッと離すとスライドが勢い良く元の位置に戻っていく。これで、マガジンの最上端にあった実弾は薬室に装填され、同時に撃鉄も起こされているので、これで引き金さえ引けば直ぐにでも発砲できる状態になったが、バレンタインは慌てずに手動安全装置を掛けて不用意な発砲が起こらない状態とした。これが、コック・アンド・ロックという1911系拳銃を発砲可能な状態としながらも安全に携行できる状態にすることである。

バレンタインは、1911EMP拳銃を安全な状態で携行できるコック・アンド・ロックにすると履いているズボンの右尻ポケットに突っ込むとテーザー銃を隠しているトレンチコートを持ってオフィスのドアを開ける。

コミッショナーオフィスの隣で机に座っていた女性秘書のナンシーは

「バレンタインさん、何処かへお出掛けですか?」

と問い掛けるとバレンタインは落ち着いた声で

「ちょっと急用を思い出したので出掛けてくるが、午後には戻ってくるので留守中はよろしく頼むよ」

と女性秘書に告げる。

「はい、承知いたしました」

ナンシーがバレンタインに答えると、歩いて行くバレンタインの後ろ姿を見送った。


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