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ボビーから射撃を教えてもらっているジェーンは、初日から3日目くらいから射撃スキルが徐々に上達してきた。最初のうちは発砲の度に身体をビックとさせて目を閉じていたのが、今では薄目になりはするが閉じることはなくなり、発砲後の反動を気にしてフリンチングを起こしていたのが嘘のようになった。更に、発砲によってM15拳銃を握っている右手をサポートする左手が外れて右手が相当に反り返っていたのが、今では右手をサポートする左手も大きく外れることもなく右手の反り返りも小さくなってきている。
ボビーも、本来ならば発砲に伴う反動が小さい口径22ロングライフル弾を使用する拳銃のほうが良いことは充分に分かっていたが、山間部で暮らすようになったボビーにとって銃器は、強盗等に対しての備えと周囲に生息しているクマ、コヨーテ、オオカミ、ワイルドピッグ等の野生動物の襲来から自らを守るために所持しており、遊び感覚で行う的当てのプリンキングをするための口径22ロングライフル弾を使用する拳銃は必要とはならず、手元にあるのは専ら44マグナム弾、357マグナム弾、45ACP弾を使用する拳銃に散弾銃、ライフル銃の類で、M15拳銃については自らが警察官になった際の最初に支給された拳銃だったのでボビーとしては珍しくコレクションの意味合いで手元に置いておいたので、ボビーが所持している拳銃で最も威力が小さいのは38スペシャル弾を使用するM15拳銃である。しかしながら、38スペシャル弾は過去において警察官が公用で使用していた弾薬であり対人用としては充分な威力がある。
その38スペシャル弾を使用するM15拳銃を10ヤードの距離から的に当てられるようになったジェーンは、ボビーからすれば充分に優秀な生徒と言える。ただし、的にしているペーパーターゲットに着弾した弾痕は、散弾銃でも撃ったかのようにバラバラではあったが、護身用という意味では充分なレベルにあるとは言える。
今もジェーンは、庭に作った射撃エリアで真剣な表情で練習をしている。ボビーは、警察から貸与された無線機を右の尻ポケットに突っ込んでジェーンの射撃を見守っている。
「ジェーン、だいぶ射撃が上手になったね。銃の扱いも危険なことはしなくなったし、それじゃ、明日にでも食糧の買い出しの時にジェーンが扱い易そうな拳銃も購入しようか」
6発の射撃を終えて、手にしたM15拳銃のシリンダーを左にスイングアウトして排莢しようとしているジェーンにボビーが声を掛ける。
「えっ、本当?でも、ボビーに教えてもらって分かったけど、これ以上に大きい拳銃は扱えそうにないわ」
「そうだね。これから、私がいつも利用しているショップに電話をするつもりなんだけど、ジェーンが扱い易いモデルを聞いてみて、良さそうなのが在庫していたらキープしておいてもらうようにするよ」
ジェーンは、スイングアウトしたシリンダーから6発の空薬莢を排出すると丁寧にスイングアウトしたシリンダーをフレームに戻すと嬉しそうに頷いた。
「それじゃ、昼ご飯にしようか?」
ボビーが言うと、ジェーンはM15拳銃をボビーに返してログハウスへ向けて小走りで向かった。ジェーンからM15拳銃を受け取ったボビーは、左の尻ポケットから携帯電話を取り出すと行き付けのガンショップへ電話を入れる。
ガンショップへの電話を終えて、ログハウスのリビングルームへ向かうとジェーンがダイニングテーブルに食事の準備を終えるところであった。
「ボビー、食事の前にちゃんと手を洗ってね」
ジェーンは、まるで子供に注意するような口調でボビーに言うとボビーは苦笑いを浮かべながら
「はい、シェフの仰せのままに」
とボビーは言いながら、一旦引いた椅子を戻すと洗面所へ向かった。
洗面所で手を洗い終えたボビーが席に戻って来ると、食事を待っていたジェーンが
「それじゃ、ボビー早く席に着いて」
ボビーが椅子に座って食事の準備が整うと2人で
「いただきます」
と言って食事を始める。
「早速なんだけど、お店に扱い易そうな拳銃は見つかった?」
「ああ、ジェーンに扱い易いと思っていたモデルが在庫していたんでキープしてもらったよ」
ボビーの答えに嬉しそうな顔をしたジェーンは
「じゃ、明日には私の拳銃が手に入るのね」
「まぁ、直ぐというわけにはいかないけど。登録手続きとかがあるから。でも、ジェーンが扱える拳銃が手に入るのは間違いないよ」
そんな風にボビーが答えたのは、確かに米国では州によって多少の違いはあるものの銃器の購入は自由に行えるが、購入にあたっては身分証明書などを提示して購入者が過去に犯罪歴や病歴、更には購入することが可能な年齢に達しているかをチェックされた後に購入となる。今回の場合は、ジェーンの年齢が購入要件となる年齢に達していないのでボビーが購入したうえでジェーンに貸すことになる。
ジェーンとの昼食を食べ終えたボビーは、警察から貸与されているトランシーバータイプの警察無線を手にすると、ボビーの自宅入口で警護にあっている2台のパトロールカーに明日の午前中にジェーンと近郊のショッピングセンターへ買い物に行く予定であることを伝えた。すると、暫くしてパトロールカーで警護している警察官から無線で、買い物に出掛けた際には1台が2人の警護のために同行し、他の1台はボビーの自宅に残って爆弾や周囲に暗殺者が潜むことのないように警戒にあたるとの連絡が入ってきた。ボビーは、その内容を聞き当然の対応と判断して了解する旨を伝える。
そこへ昼食に使用した食器等を洗い終えたジェーンが、濡れた手をハンドタオルで拭きながらダイニングテーブルに戻ってくると
「ボビー、午後も射撃の練習をしたいんだけど構わない?」
ボビーに問い掛けた。
「ジェーンが、そのつもりなら構わないよ」
ボビーはジェーンの方へ振り返りながら微笑んで答えると、ジェーンはダイニングテーブルに置いていたイヤーマフラーを掴んで玄関へ向かう。ボビーは、ガンルームへ向かい38スペシャル弾50発入りが入っている箱を手にしてから、6発の357マグナム弾が装填されたM66拳銃を右腰のパンケーキホルスターに突っ込み、トランシーバータイプの警察無線機を左の尻ポケットに入れようとした瞬間、無線機から警護している警察官の声で
「ジェーンのカウンセラーが訪問してきた。事前に連絡が入っていないが、そちらに通しても構わないか?」
と問い掛けてきた。確かに、今のジェーンには定期的なカウンセリングが未だ必要ではあるが、事前連絡もなしに来訪することに違和感を感じたボビーは
「ああ、構わんよ」
と問い掛けた警察官に返事をすると
「ジェーン、ちょっと待ちなさい。今、表の警察官からカウンセラーが来たとの連絡が入ったんだけど、事前連絡もなく来るのはちょっと怪しいので私が声を掛けるまでは、君は家の中から様子を見て出来れば、そこの窓から状況を携帯電話で録画しておいてくれないか?」
玄関を出ようとしていたジェーンに声を掛けた。振り向いたジェーンの表情は、先程までの明るさが消え去り不安そうな表情で頷くと室内に戻って玄関先を見渡せる窓へ向かった。
ボビーが玄関を出て自宅の入口を見詰めるとシルバーのセダンタイプの自動車が、こちらに向かってゆっくりと走ってくる。ボビーが車内を見ると車には細見の若い白人女性が1人ステアリングを握っており、ボビーと目が合うと笑みを浮かべている。その女性を見たボビーは、少しばかり化粧が濃いような感じがしたのと白衣を着用していることに違和感を覚えた。
護衛をしていた警察官がチェックをしたのだろうが、若い女性ということもありボディチェックまで実施していたのか確証が持てない。ボビーの脳裏には、この女はブルーノファミリーが寄こした暗殺者なのではないかとの疑惑が過る。ボビーの2メートル程手前で車を停めた女は、サングラスを外すとダッシュボードにサングラスを置くが、その時に女の右腕が座っているシートの方へ伸びたように見えた。
女が車から降りる前にボビーが比較的大きな声で
「いつもと違うカウンセラーのようだが、事前連絡も無しにどうしました?」
と声を掛けると、女は左手でドアを開けて車から降りようとしながら
「いつものカウンセラーは、体調が悪くなったので代わりに私が来たのよ」
と答えながら立ち上がろうとした瞬間、女性の右手に拳銃のような物がボビーの視界に入ってきた。
ボビーは、反射的に右手を腰のパンケーキホルスターに入れたM66拳銃のグリップを握ると腰だめの姿勢で357マグナム弾を2連射した。ボビーが放った弾丸は、車のフロント・ドアの窓ガラスを砕いて女の腹部に命中した。357マグナム弾の2連射が被弾した女は右手に握っていた拳銃を車内に放り投げ、背中から地面に倒れ込んだ。
357マグナム弾2連射による猛々しい銃声に驚いた警護の警察官2名は、慌ててボビーの方へ走り寄ってくる。一方、ボビーはM66拳銃のハンマーをコックしてシングルアクションの状態にすると右手人差し指を引き金から外して、銃口を倒れた女に向けながら慎重に女の元へ近付く。
そこへ走って近付いてきた2名の警察官に対してボビーは
「この女、拳銃を持っていた。たぶん、防弾チョッキを着ているから射殺にはなっていない。それと拳銃は車の中だ」
地面に倒れた女の様子に注意を向けながら説明すると、2名の警察官は1人が車内をチェックして、もう1人はボビーが拳銃を構えて牽制しているので倒れた女に近付きボディチェックと状況を確認する。地面に倒れた女は両手で腹部を押さえ、両足をバタつかせながら苦しそうに
「オオッ、シット!」
を連発して口にしている。その間、女のボディチェックをしていた警察官が
「他に拳銃等の武器は所持していないようです。それとボビーが言ってたようにアーマーベストを着用していたようで、2発の弾丸は腹部で止まっていましたよ」
と苦笑いを浮かべながらボビーに視線を送りながら、半ば強引に女の両手を後ろに回すと手錠を掛けて身柄を拘束し、警察無線で状況報告をしながら応援要請を行った。如何に防弾チョッキを着用していても被弾した弾丸が体内に進入することはないが、金属の塊である弾丸を音速に近い速度で飛翔させているエネルギーまでを無力化させることはできないので、そのエネルギー(ストンピング・パワー)は必然的に被弾した人間の身体が受け止めることとなり、弾薬の種類にもよるが357マグナムクラスとなればプロのボクサーのストレートパンチを真面に受けたくらいの衝撃を腹部に受けたと思えばよく、本来ならば衝撃による痛みで気を失っても不思議ではない。
その頃に、女が乗ってきた車の車内を捜索していた警察官が
「拳銃を発見しましたよ」
と言って、前部座席と後部座席の間か手袋をした親指と人差し指で摘まむようにして拳銃を持ち上げるとスライドの後部にあるセレクターレバーをセイフティの位置へ移動させた。
「いやぁ、危なかったです。セレクターはフルオートの位置にあったので、一歩間違えれば9ミリ弾がばら撒かれていましたよ」
拳銃を発見した警察官の手にあったのは、オーストリアの銃器メーカーであるグロック社の18Cという拳銃タイプのマシーンピストルであった。
グロック18Cは、昨今の米国の法執行機関で圧倒的に使用されている9×19ミリメートル弾を使うグロック17拳銃と同じ大きさの拳銃であるが、スライド左側面後部にあるセレクターレバーの切り替えで単発モードと連射モードにすることができる。ただし、グロック17拳銃に附属している17発くらいのマガジンでは、発砲して数秒でマガジンが空になるので実際に使用する場合には33発くらいを装填できるロングマガジンで運用することになる。
もしも、ボビーが女の雰囲気に疑念を感じずに反応が遅れた場合には、至近距離から9×19ミリメートル弾を数発は被弾することとなりボビーとジェーンは即死したかもしれない。手錠をされた女は、腹部の痛みを堪えながらボビーと警察官に悪態を吐き抵抗しながらもパトロールカーの後部座席に押し込められる。女の正体等は、これから警察署へ連行されて取り調べを受ければ遅からず判明することになるが、ボビーは目の前にいる警察官達に語り掛けることはなかったが頭の中には1つの疑問が湧いていた。仮に、この女がブルーノファミリーが仕掛けたジェーンの暗殺を目的とした刺客であれば、どうして定期的にジェーンがカウンセリングを受ける事が分かったのか?刑事事件の被告人であるブルーノファミリーの親玉であるブルーノを有罪にするための重要証人であるジェーンにカウンセリングが必要であることを知っているのは警察関係者以外にいるはずもなく、ましてやカウンセラーが女性である事は普通に考えてブルーノファミリーの人間が知る筈もない。
ボビーが現職の刑事であった頃から、ブルーノファミリー関連の捜査をしていた際も重要な局面、例えばブルーノファミリーの関係先をガサ入れした際も捜査に入ると肝心な証拠物件が見当たらないといったケースが度々あった。可能性として当時は、内部からの情報リークを疑いはしたが真相を突き止めるまでには至らず、結局的にはブルーノファミリーを追い詰める事が叶わなずボビーは定年退職を迎えることとなった。
そんな疑念を抱きながら、翌日はジェーンとの約束通りにボビーのピックアップトラックにジェーンを乗せて街へ買い物に出掛けることにした。道中では、警護に来ていたパトールカーの1台がピックアップトラックの後方を走行している。
ボビーは、最初にスーパーへ向かい1週間分の食糧を買い込むことにした。特に、ジェーンを狙ってブルーノファミリーの連中が続け様に襲撃して来るようであれば、今後は安易に買い出しに出掛けるわけにもいかないので、通常よりは多めの買い出し量となりピックアップトラックの荷台には大量の食糧が積み込まれることとなった。そんな荷台の状態でスーパーを出発したボビーは行き付けのガンショップを目指した。
ガンショップの駐車場にピックアップトラックを駐車して、ジェーンを伴い店内に入るとショップのオーナーが
「よお、ボビー。久しぶりじゃないか、電話でオーダーしてくれた拳銃と弾薬1箱はキープしておいたけど、オーダーした拳銃はアンタには少し小さ過ぎやしないかい?それに、後ろには随分と若くて綺麗な女性を連れているじゃないか、もしかして新しい奥さんか?」
少々卑屈な笑顔でボビーに語り掛ける。ボビーは、苦笑いを称えた表情でガンショップのオーナーを睨むと
「おいおい、随分と酷い冗談を言ってくれるじゃないか、この娘は事情があって暫く俺の所で暮らすだけだよ。それに、頼んだ拳銃は俺が使うわけじゃないよ。この娘の護身用のつもりだ。確かに、若くて綺麗な娘をナイトの様に守ってやりたいところだが、アンタが見ても分かる通りに俺はそんなに若くないんでなッ」
ボビーの答えを聞いたガンショップのオーナーは
「ワハハ、そんなつもりで言ったわけじゃないが、若くない事だけは間違いないなッ」
と笑いながら言うと店の奥に向かって行くが、直ぐに姿を現すと手にはナイロン製の黒いソフトケースと380ACP弾が50発入った箱を持ってきた。数十丁の拳銃が展示されているガラスケースの上に持ってきた品物を置くと、ガンショップのオーナーはナイロン製のソフトケースのジッパーを開けると中にはスミス・アンド・ウェッソン社製のボディガード2.0が現れた。
ボディガード2.0は、米国における一流銃器製造メーカーであるスミス・アンド・ウェッソン社だが昨今の流行しているポリマー製のセミオートマチック拳銃については開発が出遅れ、一時は他社モデルの特許侵害となるような製品を製造したり、他社との提携を行い刻印違いの製品を自社製として販売する等の失態を犯していたなかで、2005年に発表したポリマー製フレームのセミオートマチック拳銃であるM&P拳銃から派生したモデルである。このモデルは、マイクロコンパクトという大きさに分類されセルフディフェンス用に使われることを念頭に開発された。そのため、使用する弾薬は380ACP弾で9×19ミリメートル弾と同じ口径でありながら薬莢の長さで2ミリメートルほど短く、威力も9×19ミリメートル弾の8割ほどで38スペシャル弾に近い。だが、9×19ミリメートル弾を使用するマイクロコンパクトの拳銃よりも作動不良が発生し難いので、女性が護身用として携行するのには最も適していると言える。
ガンショップのオーナーが、ソフトケースからボディガード2.0を取り出してボビーに状態を確認するように促す、ボビーは渡されたボディガード2.0から380ACP弾10発が装填できるマガジンを外すと、スライドを引いてみたり何度か空撃ちをして引き金の具合を確かめたりすると
「作動には問題ないようだが、グリップが少しばかり短いかな?」
ボビーが言うと
「確かに、アンタが彼女に射撃を教えるにしてはグリップが少しばかり短いが、付属の12発用のマガジンなら0.5インチくらいグリップが長くなるので問題ないと思うぞ。まぁ、実際に使う彼女もグリップが安定したほうが良いだろうから」
と言いながら、ガンショップのオーナーが店の奥に消えると手に1個のマガジンを持って
「10発用のマガジンに不具合があったので、この12発用のマガジンに取り換えたことにしておくよ。サービスだ」
ガンショップのオーナーは、軽くウインクをして10発用のマガジンを12発用のマガジンに取り換えてくれた。ボビーからボディガード2.0拳銃を受け取ったガンショップのオーナーが拳銃をソフトケースに仕舞いジッパーを閉めようとした時
「ちょっと待ってくれ、一応ジェーンにも握らせてみたい」
とボビーが言うと
「その娘の名前はジェーンって言うのか、確かに使うのがジェーンなんだから使う本人が持ってみないと意味ないな」
仕舞い掛けたボディガード2.0拳銃を再び取り出してジェーンに渡す。渡されたボディガード2.0拳銃を受け取ったジェーンは、ボビーとガンショップのオーナーに銃口を向けないようにして拳銃を構えてみる。
「これ、あまり大きくないし、それに軽いから扱い易そう」
とボビーに言う。それを聞いたボビーは軽く笑みを浮かべた表情で
「そうかい、それは良かった。じゃ、その拳銃のスライドを引いてみて」
ボビーの問い掛けに戸惑った表情を浮かべたジェーンを見たボビーは
「ああ、これまでオートマチックの拳銃を扱ったことがなかったね。それじゃ、ちょっと拳銃を渡してくれるかな?」
ジェーンが持っているボディガード2.0拳銃を受け取り、右手でボディガード2.0拳銃を握ると左手の掌でスライドの上から覆いかぶせるようにして手前側に刻まれているセレーションを掴むと手間側へ引く「オーバーハンド」という方法でスライドを引くと、スライドを引ききったところで、スライドから左手を離すと拳銃に空のマガジンを装着していないためにスライドは勢い良く元の位置に戻った。
「オートマチックの拳銃は、このようにして弾薬を装填するんだよ。やってみなさい」
優しくボビーが言うと、ボビーは安全な方向に銃口を向けてから引き金を引いて空撃ちをしてからジェーンにボディガード2.0拳銃を渡した。
ボビーから拳銃を受け取ったジェーンは、ボビーがやって見せてくれたように見様見真似でスライドを引いてみせたが
「ちょっと力がいるけど、何とか操作できそうよ。でも、こんなに拳銃が小さくて大丈夫なの?」
と得意気な表情を見せつつも、単純な疑問をボビーに投げ掛けた。
「スライドが、ちゃんと引けそうだね。それと、この拳銃でもジェーンがちゃんと練習して扱えるようになれば、ジェーンを襲ってくる連中を退治できるから安心しなさい」
優しくジェーンに説明すると、ジェーンが握っている拳銃を回収してからガンショップのオーナーに拳銃を返しながら
「じゃ、この拳銃を貰うよ。登録は、俺の名前でやってくれ」
とガンショップのオーナーに告げる。
「オーケー、アンタの名義なら直ぐに登録できるよ。ちょっと、拳銃のシリアルナンバーだけ控えさせてくれ」
ガンショップのオーナーは、ボディガード2.0拳銃のフレーム右側にあるシリアルナンバーをメモ用紙に書き留めながら
「本来なら、登録が完了する数日後でなけりゃ拳銃は渡せないが、ボビーなら代金さえ支払ってくれたなら持って帰っても構わないぜ」
と笑顔で軽くウィンクしながら言うと、ボディガード2.0拳銃をソフトケースに仕舞った。
「いつも悪いな。そうしてくれると助かるよ」
ボビーは、そう言うとジーンズの尻ポケットから財布を取り出すと代金分の紙幣をガラスケースの上に並べた。ガンショップのオーナーは、ボビーが支払った金額を確認すると
「オーケー、じゃ拳銃と弾薬1箱はアンタの物だ。また、何か用事があったら連絡してくれよ」
と言ってボビーとジェーンを見送った。
ボディガード2.0拳銃の入ったソフトケースと380ACP弾1箱を手に持ったボビーは、ジェーンと共に駐車場に停めておいたピックアップトラックに戻り、車に乗り込むとボビーはソフトケースからボディガード2.0拳銃と12発用のマガジン2本を取り出すと、380ACP弾50発が入った弾箱を開けてから1発ずつマガジンに装填し始めた。
2本のマガジンに380ACP弾を装填し終えると、1本のマガジンをボディガード2.0拳銃に装填してから
「この拳銃は、もう撃てるようになっているから。ジェーンが危険になった時に使いなさい」
と言ってジェーンにボディガード2.0拳銃を渡した。
「これから家に帰るけど、帰り道で襲われた時には私も護身用の拳銃を使ってジェーンを守るけど、万が一に私の隙を見てジェーンを襲ってくる連中が来たら、この拳銃で倒してくれ。ちなみに、この拳銃の安全装置は手前にある小さなレバーだから薬室に弾薬を装填して撃たないときには、レバーを上げると安全装置が入るからね」
ボビーがジェーンに新しい拳銃の操作について簡単な説明を終えて、ピックアップトラックのエンジンを始動した時、目の前にある道路の左側からセダンタイプの自動車が猛スピードで迫って来るのがボビーの視界に入った。それは、ボビーのピックアップトラックの左隣に駐車していた護衛のパトロールカーの警官達も確認していたようで、パロールカーの助手席にいた警察官は、車内に積載しているカービン銃に手を掛けている。
その時、接近してきた自動車はボビー達が駐車している所まで10メートルくらいの距離に迫ると助手席側の窓ガラスが電動で下がり、乗っていた男の右手には米国のマスター・ピース・アームズ社製のM11短機関銃が握られていた。
M11短機関銃は、1969年にゴードン・イングラムという人物が経営するシオニック社において、同社で製造していたM10短機関銃の小型モデルとして開発した。シオニック社はM11短機関銃を開発した後に、ミリタリー・アーマメント・コーポレーションと社名を変更し、社名変更から5年後に倒産している。銃器そのものの製造は二転三転しているが、現在はマスター・ピース・アームズやバルカンアームズ社が製造している。
M10短機関銃は全長が269ミリメートルで重量が2.84キログラムとなり、使用する弾薬は45ACP弾と9ミリパラベラム弾の二種類がある。一方、M11短機関銃は全長が248ミリメートルで重量が1.59キログラムで使用する弾薬は380ACP弾となり、M10短機関銃よりも小型となっている。また、弾丸の発射回転速度は1分間に1,200発を放つことができ使用するマガジンは16発入りと32発入りの2種類が存在するが、一度引き金を引いてしまえば数秒でマガジン1本分を撃ち尽くしてしまうことになる。なお、この銃器は精密な射撃は望めず狙った周辺に多くの弾丸をばら撒き弾幕を張ることを期待する程度の銃器である。
M11短機関銃をセダンの助手席から構えた男は、ボビー達が駐車している車に向かって発砲してきたが、そもそも精密な射撃には向いていない銃器であることと、連射による発射速度が速いこともあり片手で発砲すると反動で銃口が跳ね上がってしまうので、最初の2~3発がパトロールカーの前方左側面に命中した以外は、銃口の跳ね上がりによって全てボビーのピックアップトラックの上方を通過して1発も当たらない。
M11短機関銃に装填していたマガジンの残弾がなくなった男は、慌ててM11短機関銃を車内に引っ込めて空のマガジンを抜くと新たに弾薬を込めてあったマガジンを装填しようとしていた。そのタイミングは、男が乗っていたセダンが丁度、パトロールカーが停車している正面に差し掛かるくらいであったため、パトロールカーはM11短機関銃での発砲を阻止しようとカンガルーバンパーが車両正面に装備されているパトロールカーを走行している車両の側面に突っ込んで行った。パトロールカーは、疾走している車両の右側面の助手席側に体当たりをした格好となったので、助手席側の窓ガラスが粉々に割れ落ちM11短機関銃のマガジンを交換しようとしていた男は、衝突の衝撃で左手に持っていた新たなマガジンとM11短機関銃は粉々に粉砕された窓ガラスの破片と一緒に車両の床に落ちていったほかにダッシュボードに額を強打することになり失神した。一方、車両を運転していた方の男はパトロールカーが右側面に体当たりをしてきた事で、ハンドルを左に取られて車両は左方向に向きを変えたが、そこへボビーとジェーンが乗っているピックアップトラックも体当たりを仕掛けていった。
ボビーは、体当たりを仕掛ける直前にジェーンに
「しっかりと何かに捕まってッ」
と大声で叫ぶとジェーンは無言で何度も頷いた途端、ピックアップトラックは勢い良く前進した。ボビーのピックアップトラックにもフロント部分にはカンガルーバンパーが備わっており、セダンの右前輪付近にカンガルーバンパーから突っ込む形になる。
右側面がデコボコになったセダンは、反対車線の歩道の縁石に乗り上げるような状態で停車した。セダンの運転手は、右手にハイポイント・ファイヤーアームズ製のYC9という拳銃を持って運転席から出てくると停車している車両の前方に身体を隠すようにして警察官とボビー達の方へ拳銃を向けてきた。
米国オハイヨ州に所在する銃器メーカーであるハイポイント・ファイヤーアームズ社は、コルト社やスミス・アンド・ウェッソン社、あるいはスタームルガー社のような高品質で高精度な銃器ではなく、取り合えず護身用等として安価に購入できる銃器を製造しているメーカーである。しかも、YC9というモデルは9×19ミリメートル弾を使用するにも関わらず作動方式はストレートブローバックとなっている。そのため拳銃のスライドは安価な亜鉛合金製となっており一流メーカーのスライド等と比較しても厚く頑丈に作られ、フルームも樹脂製ではあるものの昨今の一流メーカー製ポリマーフレームが高強度の樹脂を使っているのに対して、これまた安価なABS樹脂製で作られている。故に、亜鉛合金とかABS樹脂が使われているところは正に日本のモデルガンと見紛うような拳銃となっており、価格も200ドル(約30,000円)となり20ドル(約3,000円)で1箱50発入りの弾薬を購入すれば殺傷能力を有する拳銃が発砲できる状態となる。
ただし、実弾の発砲に耐えるだけの強度を有しているものの命中精度は期待できるような代物ではなく、15ヤード(約14メートル)の距離にも関わらず掌くらいに集弾させるのが精一杯となっている。加えて、拳銃のメンテナンスを丹念に行ってみたところで一流メーカーの拳銃が数万発の実弾を発砲しても問題がないのに、数百発の実弾発砲で満足に使えなくなる。
そのため有名なガンショップでの取り扱いは殆どないような製品なのだが、銃器の購入に際して行われるバックグランドチェック(犯罪歴の有無等)に問題があるような人物が銃器を購入する場合に選択される商品でもある。
2名の警察官は、YC9拳銃を構えている男に対して
「直ぐに拳銃を捨てて、両手を頭の上にあげろッ」
と忠告を行うが、ブルーノファミリーの一員であり数々の犯罪歴がある男に定型的な忠告等は全く効果がなく、男は警察官の忠告を無視してYC9拳銃を発砲してきた。しかし、射撃精度に劣るYC9では2名の警察官やボビーとジェーンに弾丸を命中することはなかった。
だが、そのまま闇雲に拳銃を発砲させていれば周囲の市民に命中しないとも限らないため、2名の警察官は腰のホルスターで携行しているグロック17拳銃で応射すると、そのうちの1発が男の右肩に命中して、男はウオッという声を上げながら右手に持っていたYC9拳銃を放り投げると地面に蹲る。
2名の警察官は、グロック17拳銃を地面に蹲った男に狙いを定めた状態で近寄って行くが、放り投げられたYC9拳銃が落ちている場所まで数メートルの距離となった時に、開け放たれいた運転席のドアからM11短機関銃が突き出されると、2名の警察官に対して発砲してきた。
2名の警察官は、着用していた防弾チョッキに数発の380ACP弾を浴びると地面に倒れ込む。M11短機関銃がいきなり発砲されたことで、ピックアップトラックの陰に身を隠したボビーは、M66拳銃をセダンの運転席側に狙いを付けて357マグナム弾の2連射を浴びせた。