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警察官を定年退職し、退職後には永年連れ添った妻が癌によって数年前に亡くなった初老の男が、元の職場で部下あった者からの依頼で事件の被害者であり、同時に目撃者でもある19歳の少女を期限付きで保護することになったが、その少女の命を狙うのは現職時代に壊滅できなかったマフィアだった。目撃者である少女の生命を執拗に狙ってくるマフィア組織を叩き潰すために自らが持ち得るスキルを駆使して少女の命を守る姿を描く。

私の名前は、ボビー・勇治・ジャクソン日系3世のアメリカ人で西海岸にある中堅都市のポリスオフィサーを5年前にリタイアしている。妻は、3年前に胃癌により亡くしており、今は1人気儘な生活を送っている。

ただし、気儘な生活と言ってもポリスオフィサー時代の私は各種のアーマラー(武器担当者)という銃器に関する資格のライセンスを取得していたので、私が勤務していた警察署全体の銃器管理を任される立場となり、尚且つスワットチームのリザーブスナイパーでもあった。その為、定年でリタイアした直後は後輩のポリスオフィサー達の射撃トレーニングを手伝うインストラクターを依頼されて週に3日は、警察署の専用射撃場に通う日々であった。だが、妻を癌で亡くしたうえに、私達夫婦には子供が出来なかったこともあり1人となった自分の余生を気の向くままに送ろうと思い立ち、射撃トレーニングのインストラクターを2年前に辞めて、自分が幼少期に遊びに行って過ごしたことのある祖父母が暮らしていた自然溢れる山間部に移り住むことにしたのである。

妻と一緒に過ごした街中を離れることにした際には、周りの友人達から年老いてから1人での山暮らしは大変じゃないかと随分と心配してもらったが、私自身の性格はあまり社交的な方ではなく、大勢の人間と調子を合わせてお喋りが出来るような気の利いた人間ではない。趣味と言っても射撃やハンティングくらいなので、どちらかと言えば1人で黙々と打ち込むというのが性に合っている。

それに、こちらに移り住んでからはローカルの射撃大会等に参加したことで新たな友人も増えてきた。特に、私が妻を癌で亡くして1人暮らしということが分かると、新しい友人達は色々と気に掛けてくれている。また、近場でハンティングをする時等は常に声を掛けてくれるほか、それぞれの家庭料理等をお裾分けまで届けてくれたりするので寂しいということはないし、田舎暮らしで不自由を感じることもない。

今も、ご近所と言っても直線距離で2キロメートルくらいは離れているサムという、こちらに来てからの友人が、料理上手な奥さんが作ったミートパイをお裾分けに届けてくれたので、缶ビールを飲みながらミートパイを頬張り、ハンティング用のライフル銃をメンテナンスしているところであった。

本来ならぱグリズリー辺りを相手に出来る大型のマグナムライフル銃を使いたいところだが、年齢的にも大型のマグナムライフル銃は重量があり過ぎて山中の原野や岩場を歩き回るには体力的に厳しく持て余してしまう。今時はライフルストックも軽量化された製品が販売されているとは言え、マグナムクラスのライフル銃を安易に軽量化しても逆に発砲した時の反動が強くなり、射手が余程フィジカル的に鍛えていなければ単に危険な思いをするだけである。


そこで、ボビーがハンティング用に選んだのはアクション部を米国では定番のレミントン社製M700の機関部を使い、チャンバーからバレルは6.5ミリメートルクリードモアという弾薬を使用出来るように警察官時代から知り合いのライフルスミスに頼んでカスタムしてもらい、ライフルストックはシンセティックという樹脂製の軽量な 素材で組み上げて貰っている。


6.5ミリメートルクリードモアという弾薬は、比較的新しく開発された弾薬なのだが、その特徴として弾丸を高速で撃ち出すことができ、その結果として弾道が比較的フラットになるため目標との距離が変化した場合にスコープ等の照準器の調整が少なくて済むという利点があるだけでなく、目標との距離が離れた場合には、通常は風等の影響を受けるので狙った所に着弾し難いのだが、この6.5ミリメートルクリードモアの場合には風の影響も受け難いという特性も有しており、また発砲した際の反動も少ないというメリットがあることから、近年は注目を浴びている弾薬なのである。ただし、デメリットとして弾丸を高速で撃ち出すために高温高圧な発射ガスが発生するのでバレルへのダメージが、通常のライフル弾を使った場合よりも早くなる傾向があり一定の弾数を発砲したならば、新しいバレルに交換する必要に迫られることである。

一方、シンセティックのライフルストックの方は、樹脂で作られているのでライフル銃を軽量化するのに適しているので木製のストックと違って見た目は良くないが雨や雪のなかで使用してもストックが痛み難い全天候型のライフルストックと言える。ただし、こちらのデメリットとして樹脂製であるが故に熱に弱いという点があり、高熱の状態に長時間晒しているとストックの変形が起こってしまい精密な射撃に支障が生じることである。最もストックが変形した際は新たなストックに交換すれば済む話ではある。


ハンティングライフルのメンテナンスが一通り終わったところで、ガンラックにライフル銃の銃口を下に向けて立て掛け、銃口の下にはティッシュを何重にも折り畳んだ状態で敷いて置く。メンテナンスが終わった銃器の銃身内にはガンオイルが行き渡っているので、銃を立て掛けた場合には必然的に余分なオイルが少量であっても滴り落ちることになるので、ガンオイルで床等が汚れないように暫くの間はガンオイルを受け止めるためにティッシュを敷いておくのだ。

日暮れまでには、未だ暫く時間があるのでボビーは、ベッドルームから1丁のリボルバーを持って外に出た。手に持っているのはスミス・アンド・ウェッソン社製のM66拳銃の2.5インチ(6.35センチメートル)銃身の物で、これはボビーがポリスオフィサー時代にバックアップ用に愛用していた拳銃である。ただし、長年の酷使によりホルスターウエアと言って、拳銃の表面がホルスターと擦れて荒れ果てた状態になっている。ただし、内部のメンテナンスは常々怠りなく行っているので20ヤード(約18メートル)くらいの距離であれば2インチ(5.08センチメートル)以内に着弾する集弾性能を今でも有しているので、現在はハウスプロテクション用に使っている。

ハウスプロテクション用となると基本的には、リボルバーならシリンダーに、セミオートマチックならばマガジンに弾薬を常時装填している状態になり、緊急時になれば直ぐに発砲出来る状態にしておくのだが、セミオートマチックの場合はマガジンに弾薬を長期間入れたままにしておくと、マガジン内の弾薬を押し上げるスプリングがヘタってしまい弾薬を押し上げる力が弱くなって装弾不良を引き起こす原因となる。

一方、リボルバーの場合はシリンダーに弾薬を装填したままにしていても拳銃のスプリング等に負担を掛けることは構造上ないが、長期間、弾薬を装填したまま放置した状態にしておけばリボルバーに限ったことではない。そのため、ボビーはハウスプロテクション用にリボルバーを選択しているが、装填している弾薬のケースに錆等が発生することも考えられるので、弾薬の状態を確認する意味でも時折は射撃練習を兼ねて全弾発砲して、その後に銃器の状態を確認しながらメンテナンスを行い、メンテナンスが終わったところで新しい弾薬を装填しておくのがベストであるとボビーは考えている。

ボビーは自宅の敷地内に簡易な射場を整備しており、ペーパーターゲットを貼り付ける為の木製の看板みたいな枠まで自作している。今も、新しいペーパーターゲットを枠に貼り付けると10ヤード(9.14メートル)程離れて、右手に持ったM66拳銃のハンマースパーに親指を掛けてハンマーを起こすと、6発の弾薬が装填されたシリンダーが反時計回りに60度回転してチッというシリンダーストップが噛み合う音がしてシリンダーの回転が固定され、それに同期してトリガーが少しばかり後退して発砲の準備が整った。このような状態にして拳銃を発砲するのをシングルアクションというが、ボビーはポリスオフィサー時代から拳銃の作動に異変がないかを確認するために射場練習の場合に限って、初弾をシングルアクションで発砲する癖がついていた。ペーパーターゲットのセンター付近に狙いを付けると、初めてトリガーに右手人差し指を掛ける。どの様な銃器であれ、銃口が人の居ない安全な方向に向くまでは、決してトリガーに指を掛けないのは銃器を安全に取り扱うための鉄則になっている。

トリガーに掛けた人差し指に、力を加えて引いてゆくとタァーンという発砲音と共に弾丸が放たれた。ペーパーターゲットの狙った所より若干、右下5時方向へ着弾したが、銃身の短い拳銃で10ヤードの距離で狙ったポイントから、1インチ(2.54センチメートル)くらい離れてもハウスプロテクション用としては充分以上の精度を有していることになる。

その後、残り5発はダブルアクションでトリガーを引いて発砲した。ただし、この時はポイントシューティングと言って拳銃のサイトを使わず拳銃をターゲット方向に向けて発砲する撃ち方で、緊急時に素早く射撃するテクニックである。なお、サイトを使わずに発砲しているので弾痕は多少散っているように見えるが、ターゲットのサークルを外すようなことはなく概ね人体に命中する程度には纏まっている。射撃結果には概ね満足したボビーが、自作の射場に用意しておいた空薬莢回収用の空き缶に近付くとM66拳銃のサムピースを押しながらシリンダーに左手を添えて左側に押し出してやると、シリンダーが左方向にスイングアウトしてくる。その状態のまま右手に拳銃を持ち変えて、拳銃を逆さまにして持つと左手の掌でエジェクターロッドを下方向に叩くようにしてやると、空の薬莢がシリンダーから全て抜けて缶の中に落ちてゆく。

ボビーは、ホームプロテクション用の弾薬を自分でリロードして使用しているので発砲の終わった空薬莢を簡単に捨てるようなことはしない。ちなみに、ホームプロテクション用の弾薬をリロードする場合には38スペシャル+P程度になるよう創薬量を調整している。

スミス・アンド・ウェッソン社製のM66拳銃は357マグナム弾に対応しているが、対人用として考えた場合には357マグナム弾の威力は強過ぎて、状況次第では標的とした対象者の身体を貫通した弾丸が後方に二次被害を与える恐れがある。その点、ボビーが使用している38スペシャル+P弾は対象者に命中した場合、着弾箇所にもよるので必ずしも貫通しないとは言えないが、357マグナム弾と比べれば人体を貫通して後方への二次被害が発生する可能性は格段に低い。

しかし、弾薬自体の威力としては昨今の法執行機関職員が多く使用している9×19ミリメートル弾と同等のパワーを有しているのでホームプロテクション用としては決して役不足というわけではない。

なお、ボビーが暮らす山間部ではホームプロテクションの対象として人間以外に野生動物も考えられるが、その場合はスミス・アンド・ウェッソン社製のM66拳銃に38スペシャル+P弾では、パワー的にどうにも対処できないので、自宅には作動がシングルアクションオンリーとはなるがスタームルガー社製のニュースーパーブラックホーク44マグナム拳銃の7.5インチ(19.05センチメートル)銃身を用意して、6発のシリンダーには常時44マグナム弾を装填している。

また、外出時等のセルフディフェンス用にボビーは、ポリスオフィサー時代に愛用していた45ACP弾を使用するコルト社製のコンバットユニットレイル拳銃を右腰にパンケーキホルスター装着して、そこへコンバットユニットレイル拳銃を収めて携行している。ただし、このコンバットユニットレイル拳銃のスライド等は長年の使用によりホルスターウエアと言って所々がホルスターと擦れた跡が散見される状態になっているが、メンテナンスだけは、所有している他の銃器と同様に、常に抜かり無く行っているので作動と精度に問題はない。

アメリカ国内警察の統計では警官のシュートアウト(銃撃戦)は、3メートル、3秒以内、3発以下で、その殆んどは片が付いてしまうケースが最も多いとされている。それを前提に考えればボビーの拳銃は充分セルフディフェンスやホームプロテクション用として機能する状態にあると言える。

ここまで、ボビーが使っている銃器を見るとポリマーフレームでストライカー発射方式となっている流行りの銃器が見られない。彼がポリスオフィサー時代はアーマラーの資格を有し警察署の銃器担当であったことから銃器メーカーから最新のモデルが、警官の使用出来る認定を得られるように送られてきていたので、当然の事として全てを試射して評価をしており、彼の評価テストをクリアした銃器は認定が与えられ、同僚や後輩達が選べる状態になっていた。しかしながら、いざ自らが使う銃器となるとインプルーブされて信頼性の高い物しか使おうとしなかったので、警察署内からは『ダイナソー・ボブ』という渾名を付けられていた。ここで言う『ダイナソー』とは新しい物事を取り入れようとはしない頑固者という比喩的な意味である。


M66拳銃の射撃練習を終えたボビーは、家の中に戻ると早速M66拳銃のメンテナンスを始めた。銃器のメンテナンスは可能な限り射撃を終えて直ぐに取り掛かったほうが、銃身内部やシリンダーと銃身後部のフォーシングコーン辺りの汚れが固着する前に取り除くことが出来るのでメンテナンスに余計な手間が掛からなくなる。

ボビーは時間が過ぎるのも忘れて丹念にM66拳銃のメンテナンスを行う、ポリスオフィサー時代に常用したことでの表面劣化を除けば新品並みにまでメンテナンスを終えると、6箇所が空状態のシリンダーへ38スペシャル+P弾程度に調整したリロード弾薬を装填すると、静かにシリンダーを閉じた。テレビドラマや映画等ではリボルバー拳銃を持った方の手首を捻ってシリンダーを閉じているが、確かに見た目だけの格好良さはあるものの、そんな風に扱えば、シリンダーと拳銃本体を繋ぐヨークという部分に衝撃が加わり、発砲時のシリンダー固定に支障が出て着弾が乱れてしまう。故にリボルバーに限らず、銃器の扱いは基本的に丁寧に扱う必要がある。静かに戻したシリンダーを更にシリンダーだけ回転させてリボルバーストップで固定させる。これでM66拳銃は、ハウスプロテクション用として安心して使うことができるようになる。

M66拳銃をテーブルの上に置いて、何気なく部屋の時計を眺めると18時を過ぎていた。ボビーはテーブルを離れてキッチンの冷蔵庫に向かうと、昼に食べ残したミートパイと何種類かの生野菜を取り出した。亡き妻が存命だった頃は割りと野菜を食べなかったボビーに『私にプロポーズした時、私が死ぬまで守ってやるって言ったのは貴方なんだから、私より長生きするためにも私が作った美味しい野菜サラダをちゃんと食べてね』と言われたことを思い出し、ボビーは誰に伝えるでもなく『今だって、ちゃんと生野菜を食べているから心配しなくて良いよ』と独り言を呟いた。亡くなった妻から唯一教わった特製のサラダドレッシングを不器用に作り、これまた不器用に数種類の生野菜を手で千切って無造作に盛り付けた器の上からドレッシングを回し掛けて生野菜サラダを作った。

残り物のミートパイと生野菜サラダをテーブルに運ぶと、再びキッチンに戻り冷蔵庫から500ミリリットルの缶ビールを持ってテーブルに着くと1人っきりの夕食を取り始めた。

妻が亡くなって暫くの間は、1人だけで食べる食事が余りにも侘し過ぎて気分も滅入っていたが、今では1人だけのテーブルにもすっかり慣れて食事を楽しむ余裕が出てきた。

隣の奥さんが作ったミートパイは、ボビー1人が食べるにしては量が多過ぎることを除けば、味付けは抜群に美味しかった。そのうち何か見繕ってお礼に行かなければと思い、果たしてどんな物を携えて行ったら良いかと考える。そんな事を考えながら食事を終えたボビーは使った食器を手洗いして片付けるとお気に入りのスコッチグラスを取り出すと、冷蔵庫からアイスキューブ数個をグラスに入れるとウィスキーをツーフィンガー分まで注いでからリビングのソファに腰掛ける。

目の前のテーブルに置いていたテレビのリモコンを手に取ると東部のメジャーリーグベースボールの試合を観戦しようとした時、珍しく携帯電話の着信音が鳴った。

『ハロー、こちらボビーだ』

ボビーが電話に出ると

『よぉ、トムだ。リタイアして5年も経つが、声だけなら充分に現役として復帰できそうじゃないか』

電話の主は、ボビーが勤務していた警察署の後輩であり、一時期は部下でもあったトム・ヒンクリーである。

『いや、自然に恵まれ空気が綺麗な所で暮らしていると声だけじゃなく、身体だって元気だよ。まぁ、ポリスオフィサーの頃のように体力が充実して機敏に動けるというわけにはいかないが、ところで警部補殿のお加減はどうなんだい?』

ボビーがポリスオフィサーをリタイアする頃のトムの階級で尋ねてみると

『警部補かぁ、あんたがリタイアした後に警部に昇進したんだが、今じゃすっかりデスクワークばかりなんで胴回りは結構贅肉が着いちまった。お陰で、カミさんと医者から運動して痩せろと毎日言われて困っているよ』

との答えに

『警部殿かぁ、昇進おめでとう。けど俺と一緒にいた頃は身体が締まってバリバリに動けていたじゃないか、とにかく奥さんを早くに未亡人にしたくなかったら、言われた通りに運動して早死しないよう気を付けろよ。ところで、どうした?まさか俺に軽口を言うために電話してきたわけじゃないんだろう』

ボビーは、トムに本題に入るよう水を向けた。

『ああ、実は依頼したいことがあって電話したんだが・・・』

トムの口ぶりには何処か浮かない感じがするので

『どうした?俺に依頼したいことって何なんだ?先ずは話してみろよ。まぁ、話の内容次第では助けてやれるか分からないが、とにかく話を聞いてみないことには何も判断ができないじゃないか』

ボビーの落ち着いた声の問い掛けに

『そう言って貰えると話がしやすいが、実は1ヶ月ほど前に男女2人が射殺された殺人事件があったんだが、その犯人というのがあんたが現役時代に追っていたブルーノファミリーなんだ。詳しい事を話すと、事件当日はベイエリアでロックのコンサートが開催されていたんだが、そのコンサート会場から少し離れた倉庫街でブルーノファミリーの連中が密輸されたコカインの取引をしていたようなんだが、たまたまロックコンサートを観に行ってた娘を車で迎えに来た娘の両親が、取引現場の近くを通り掛かった際に警察の覆面車両と勘違いされてサブマシンガンで銃撃され2人とも殺されてしまった。そして、娘は両親が銃撃されているところに遅れて現場に来て、銃声に驚いて物陰へ隠れたために射殺されずに済んだんだが、同時に両親が射殺される現場を目撃しているんだが、そこにファミリーのボスであるブルーノが乗車していたことも目撃していたんだ。ブルーノを乗せた車は銃撃後に現場を早々に立ち去ろうとして、路地から走って逃げようとする娘を見つけたんだが、娘にとっては強運で現場に急行していたパトカーのサイレンが複数聞こえてきたので、娘を放っておいて現場から逃走して、その後に我々が娘を保護したんだ。だが、来月には実行犯2人の裁判が開かれるんだが、娘は大事な証人であるのと同時にブルーノが現場に居たことも目にした目撃者なので、彼女の証言を基にブルーノが現場で殺人を命じた主犯格として逮捕起訴でき、これを契機にブルーノファミリーを壊滅させることができる。しかし、そうなると彼女はブルーノファミリーにとっては邪魔な存在になるので命が狙われることは容易に想像がつく、だから検事のほうから彼女を重要証人保護プログラムの対象者として24時間体制で守ってやることになったんだ。そこで、ボビー、あんたに重要証人の保護先として協力してもらいたくて電話させて貰ったんだよ』

トムから一通りの説明を聞いたボビーは

『取り敢えず状況は理解したが、重要証人となった娘って幾つなんだ?ロックコンサートに行くくらいだから10代後半か20代なんだろうけど・・・』

ボビーの問いに

『19歳だよ。未だ若いのに突然、目の前で両親が射殺されたんだ。しかも、近くに行って声を掛けることも出来ずにね。その為に、暫くは精神的なダメージが酷くて急に取り乱したり、塞ぎ込んで一言も喋らなくなったりで、兎に角、カウンター等に常時寄り添ってもらって最近になって随分と落ち着きを取り戻しつつあるけどね』

『ちょ、ちょっと待て、19歳の娘?分かっているだろうけど、俺はアーマラーの資格は持っているが、カウンセラーの資格なんか一切持ってないぞ。それに、3年前に妻を亡くして男やもめなんだ。そんなところに、若い娘を頼むって言われても、簡単にオーケーと言える話じゃないぞ』

決して怒っているわけではなく、いたって真面目にボビーが言うと

『その点に関しては、今まで娘に寄り添ってくれたカウンセラーを2日に1度の割合で、あんたの所へ行かせてカウンセリングを受けさせるつもりだし、それに何年か部下として付き合った経験上、あんたは青い血液が通っているんじゃないと思うくらい根っからの警察官で、証人の娘に手を出すなんてことは100パーセントないと自信を持っているよ。ボビー、あんたは間違っても、そんな事ができる人間じゃない』

『おいおい、そんなに立派な人格者と思って貰うのは、大変ありがたいが幾ら歳を食ったとは言え、俺だって男だぞ。しかも今は独身で、自宅は隣家まで2キロメートルも離れた山間部だぞ。冗談抜きで、その気になれば若い娘を襲わない保証はないんだからな』

『まぁ、確かに可能性と言う意味じゃ、ゼロではないだろうけど、そう言うところを気に掛けるのは如何にもあんたらしいよ。でも、正直に言うとドラッグをやっていそうな連中が武器を持って襲ってくるような状況が想定できそうな状況で頼りになりそうなのはボビー、あんたしか居ないんだよ。確かに、重要証人保護プログラムで数人の警察官を護衛に配置するといってもパーフェクトな対応ができるとは限らないし、あんた程の射撃スキルがなければ、若くして天涯孤独の身の上になった19歳の娘を守ってやれない。それに、あんたも知っての通り、何処かのホテルで彼女を保護したとしても、ホテルのスタッフにブルーノファミリーの手下や雇われたヒットマンに襲われたら防ぎようがない。あんたの所のように我々も安心できる場所で保護して、その周囲を我々がガードしたほうが証人にとっても安全だ。それに、19歳の娘だから街中でホテルの部屋に缶詰めにしようとしても、大人しくしているわけがないから、ガードしている連中の目を盗んで街中に出られてしまえば、それこそブルーノファミリーの連中にとって絶好の襲撃チャンスになっちまう。だから、頼むよ。手を貸してくれ』

トムの真剣な願いに、半ば諦めたボビーは

『分かった、分かったよ。仕方がない、出来る限りのことは努力しよう。ただし、娘も含めて、俺自身に危険が迫った時には、俺の判断で必要な対応を取ることに承諾してくれ。それと、娘は何時連れてよこす予定なんだ?』

『緊急時の対応は、元警察官のあんたの判断に任せるよ。護衛に就く部下にも伝えておくよ。それと、娘はあんたの了解を貰えたら、2日後には連れて行かせるつもりだが』

と答えたサムに

『じゃ、娘を連れて来る時には、必ず洋服と下着、それと生理用品を持参させてくれ。妻が亡くなってからは我が家には女性物の衣服や生理用品はまったく無いんでな』

ボビーからの注文に

『了解した。あんたの所へ行く時に必ず持参させるよ。リタイアして悠々自適な生活を送っているところに大変な役目をお願いして申し訳ないが、引き受けてくれて感謝している。ありがとう』

サムは、心からの感謝の言葉を告げると電話を切った。

通話を終えた携帯電話をテーブルの上に置いたボビーはため息混じりに『はぁ、こりゃ大変な1ヶ月になりそうだ』と嘆くと、もはや半分以上の氷が溶けて水っぽくなったウイスキーを一息に飲み干し

『明日は、街のホームセンターへ出掛けて、ドアの鍵を買ってこなきゃならないなぁ』

と独り言を呟きながら、溶けた氷だけが残ったスコッチグラスをキッチンの流しへ持って行き、メジャーリーグベースボールのテレビ観戦することも忘れて、そのまま自分のベッドルームに消えた。

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