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婚約破棄

 婚約破棄宣言をした翌日。

 昼を過ぎた頃に、エメラインの父である公爵に呼び出された。 


 夜のうちにできる限り処理をしていたのか、疲れが滲んだ顔をしている。当事者であるエメラインは花子と筋肉談義をしていたので、その草臥れた様子に申し訳なく感じた。

 ちなみに朝になると花子はエメラインの中に戻っていた。一体どういうことなのかしら、と首を傾げたが、それよりも現実に対応する方が先だ。


「お父さま、おはようございます」

「怒り狂っているかと思ったが、案外落ち着いているな」


 娘の冷静な顔を見て、公爵がにやりと笑った。目の下にクマを作って壮絶に悪そうな笑顔だ。顔の造形はとてもいいはずなのに。頭の中で花子が悪役公爵だ! イケオジ、素敵! ときゃあきゃあと騒いでいる。


「もう少し時間がかかると思っていましたけど。早く決着がついてよかったですわ」

「ははは。昨夜は側室も乱入してきて、大騒ぎだったぞ。あの化粧女が、髪も結わずに陛下の執務室に突撃してきてな。王妃陛下が一喝して終わったけどな」


 王妃のひどく冷え切った顔が思い浮かぶ。国王はエメラインにとって母の兄、つまり伯父。その正妻である王妃は伯母に当たる。小さい頃から可愛がってもらっていて、キャメロンとの婚約の話が浮上した時真っ先に怒ってくれた人だ。ふんわりと胸の中が温かくなる。


「阿婆擦れを側に置くようになって、どういうつもりかと思えば。まさか、爵位が与えられると考えていたとは。バカで助かった。おかげで、王子が好き勝手に使っていた我が公爵家の金の数倍の慰謝料をもぎ取れた」


 回収するだろうな、とは思っていたが、随分と搾り取ったらしい。きっと王妃が後押ししてくれたのだろう。


「お父さまは伯父さまに当たりが厳しすぎるわ。側室は政治的に押し込まれた方じゃない」

「そのあたりは同情する。だがな、苦手な女だからと適当に放置するあいつが悪い。息子は自分の血を継いでいるんだ、教育くらいしっかりしろと言いたい」


 もっともなことで、エメラインはほろ苦く笑った。


「それでだな。お前の婚約がなくなったことで、次の相手を探さねばならぬ」


 そう言いながら、部屋の隅に控えている執事に合図する。執事は恭しくタワーとなったそれをテーブルの上に積んだ。


「……まだ一晩でしてよ」

「そうだな。それぐらいお前は人気者なのだ。流石、私の一人娘。きっと妻もあの世で満足しているだろう」


 と、わざとらしく涙をぬぐうふりをする。胡散臭い様子の公爵から、テーブルの上の山に視線を向けた。


 一つは釣書の山、もう一つはお茶会や夜会へのお誘いの手紙の山。

 どちらもうんざりするほど大量だ。


「……しばらくは傷心のため、引きこもっていますわ」

「それは難しい。ここで引っ込んでしまったら、お前が殿下に気持ちを残しているなんて噂が立ってしまう」

「未練なんて、これっぽっちもありませんけど」


 気持ち悪いと言わんばかりに、エメラインは顔をしかめた。公爵はテーブルの上にあるケースから葉巻を取り出す。


「お前の気持ちはわかっている。だが、ほんのちょっとのすれ違いで大げさな、ライバルは恋のスパイスだとか何とか、側室が昨夜大騒ぎしていたからな。婚約破棄したから、と安心できない」

「ええ……。どうしてそんな発想になるんですの」


 折角、上手に縁が切れたのに、再びあんな貧弱な筋肉を押し付けられても困る。


「我が家としては娘を大切にしてくれる相手と結婚してほしい」

「或る程度は自由に相手を選んでもいいということでしょうか?」

「伯爵家以上の出身なら文句は言わない。子爵家や男爵家でも本人の資質が良ければ許可しよう」


 随分と大盤振る舞いだ。この家は公爵家。しかも現国王の妹が嫁いだ家。その娘の婚姻相手の身分を、ある程度目をつぶろうだなんて。


 脳裏で、花子のおススメ筋肉があれこれと映し出される。

 素敵な筋肉、太すぎず、細すぎず。ちゃんと下半身も鍛えていないと駄目よ、と花子が告げてくる。


「お前の好みからすれば、騎士がいいのだろうが」

「わたくしの好み、ですか?」


 わずかに首を傾げれば、ため息を吐かれた。


「お前は幼い頃から、騎士が大好きだったじゃないか」

「そうでしたかしら?」

「ああ。お前は鍛えている騎士たちを見るのが大好きだった。お前の騎士好きを矯正したのは、婚約者が第三王子に決まったからだ。できれば、なよなよした王子に幻想を持ってもらいたかった」


 予想外の告白に、目を丸くした。


「確かに殿下は筋肉もやしですが……見た目は綺麗ですからね。初めて顔を合わせた時は、ほんの少し好ましいとは思っていましたわ」

「筋肉もやし」

「ああ、わからない言葉を使って申し訳ございません。もやしとは日を当てずに発芽した庶民の食べ物です」


 花子に聞いた情報を教えてあげれば、微妙な顔つきをされる。


「騎士好きのお前との相性が最悪ということか」

「お父さま、少しだけでいいですから騎士好きから離れてもらえませんか?」


 いちいち、騎士好きを持ち出してくるので、徐々に苛ついてきた。それなのに、公爵はエメラインの騎士好きを前面に押してくる。


「お前の一番の好きを遠ざけて申し訳なかった」

「ですから」

「昨夜の発言でも随分と筋肉に思入れがあったようだ、と報告を受けている。あのような人生の岐路で出てくる言葉。未練があったと判断した」


 花子の思考が混ざったあれこれを思い出す。確かに、理想の筋肉を持っていないことについて言及していた気がする。報告されている、ということはあの場にいた貴族でも気が付いた人がいるということで。


 これから先、淑女として不味いのでは、と思い至った。上手い言い訳が思いつかず、黙り込んでしまう。


「私としては、バカも阿呆も駄目だ。もう一言付け加えるなら、暴走気味の脳筋も困る。だから、騎士は騎士でもペンで戦える人材が希望だ」


 騎士なのにペンで戦える人材?

 それって筋肉、育てているの?


 花子の不満が頭の中でぐるぐる回る。エメラインは大きく息を吸った。

 娘の葛藤をよそに、公爵は一枚の紙を差し出した。エメラインはそれを受け取り、視線を落とす。


 それは我が公爵家の私設騎士団の予定表だった。王立騎士団との魔物の共同討伐についての日程が書き込まれている。エメラインが今まで領地経営や公爵家の様々なしきたりなどを教わってきた中で、唯一かかわりのない組織。


「今までは私が王立騎士団に出向いて調整を行っていた。だが、今回からは調整を含め、お前に任せようと思う。お前は間違いなくこの家の跡取り。いつまでも騎士団から遠ざけておくことはできないとは思っていたのだ」


 きりりとかっこいい顔をしているが、理由が業腹ものだ。だが、確かにエメラインが騎士好きを前面に出していれば、もっとキャメロンとの仲は拗れていた可能性はある。


「もちろん、物色してもよい。王立騎士団所属であっても、引き抜くことはできる」


 エメラインは微妙な顔つきで、頷いた。 

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