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婚約者がお花畑


「私は愛のない結婚など、しない!」


 しっかりと右手で令嬢を抱き寄せながら堂々と宣言したのは、第三王子であるキャメロン。

 煌びやかで、様々な思惑が渦巻く王城での夜会最中に、婚約破棄だ、と仲の良くない婚約者が言い放った。


 友人たちと歓談していたエメラインは、その常識外れの宣言に目を大きく見開く。彼女の周りにいた令嬢達も何を言っているんだ、このバカはという顔で悦に入っている王子を見つめた。


「私の真実の愛は、彼女の元にある!」

「キャメロン様、愛しておりますわ」


 混乱したエメラインが反応できない間にも、よくわからないイチャイチャが始まる。


 これはない。


 あまりの非常識さと、気持ちが悪いぐらいに酔いしれた恍惚とした顔をする二人。

 怒りよりも、戸惑いよりも、ドン引きする。


 あ、どうぞ、どうぞ、と言いたくなるほどに。


 公爵家の跡取り娘として、この場を収めなければならないという気持ちはある。どういう対応が最善だろうかと忙しく頭を働かせていると、意識の片隅にエメラインとは違う意識が混ざりこんだ。


 ないわ、ないわ、ないわ。

 素敵筋肉の欠片も見当たらないわ。あり得ない。合格点は身長だけじゃない。顔は王子さま顔だけども、なよなよしていて日の当たらない()()()みたい。ないわー。


 誰かが頭の隅でブツブツと言っている。エメラインはついつい脳内で突っ込んでしまった。


 筋肉なんて、服の上からではわからないじゃない、それに()()()って何、と。


 そのボヤキに近いツッコミに、脳内の女がまくし立ててきた。


 仕立ての良い上品な上着を着ているけど、そこに胸筋の存在感がない。

 ということは、この上着を脱いだところで、うっとりするような筋肉は存在しない。身長は合格点を出せるぐらいあるけれど、ひょろりとしていて、膝裏に蹴りを入れたら倒れてしまいそう。

 だからありえないのよ、わかったかしら、今世の未熟なわたし。もっと筋肉を観察すべきだわ。


 返事が返ってきたことで、彼女がなんであるかおぼろげながらに理解した。どうやらこの衝撃的な現実のおかげで、前世女が出てきたようだ。


 筋肉には柔らかな優美な顔立ちよりもがっちりとした意志の強そうな顔立ちが合う。我儘を言えば眼光が鋭くあってほしい。筋肉も上半身の前だけではなくて、背中も下半身もしっかり鍛えられている方が好ましい。でも鍛えすぎてもいけない。やはりバランスは大事。


 ちなみに、ダビデは駄目だ。もっちりとした尻をしている。後ろもちゃんと鍛えろ、青年!


 エメラインの中にいる前世女が息継ぎなしにそう吠えた。ダビデって誰、と思いつつも前世女には魅力的ではなかったのだろう。


「エメライン、いつもの気の強さはどうした? ははは、驚きすぎて言葉も出ないか」


 驚きすぎているのは事実。

 夜会で婚約破棄をされている真っ最中に、前世だという女が出てきたわけだから。しかも、筋肉愛を持つ女だ。彼女が目の前にいる婚約者の筋肉を想像し、判断し、さらにはNOを突き付けてくる。前世女の愛は軍服の似合う、素晴らしい筋肉を持つ男に注がれていた。


 軍服の上から想像する逞しい筋肉。

 パンと発達した胸と腕。軍服の下にどれほどの筋肉が隠れているのか。

 見えないところを脳内をフル活動して想像し、見えないがゆえに愛でる気持ちが爆発的に膨れ上がり。

 興奮のあまりに頭をぶつけて死んでしまったのよ。

 でも、本望。

 推しの筋肉だけを思い、生涯を閉じる。

 これこそ人生に悔いなし。


 そんな前世女の感情が伝わってくる。彼女にしたら、異世界に転生したことが不思議だったようだ。


 生きることに執着はなかったはずなのに、とぶつくさ言っている。筋肉への推し愛が高すぎたため、それが執着に見えたのかもしれないのではないか、とエメラインは勝手に想像した。


 周囲に気が付かれないように、ひそかに息を吐く。とりあえず前世女は後回しだ。今は公爵家の継嗣として、この場を収めなければならない。脳内で筋肉愛を叫ぶ前世女を無視した。


 エメラインは困惑顔で、こてりと首を傾げる。

 

「驚いているのは確かでございますわね。だって、ご自分の立場を考えることもできず、女が悪いと声高に叫ぶ男なんて……恥ずかしくありません?」

「なんだと?」


 婚約者はバカにされたと思ったのか、ひどく尖った声を出す。

 

「まあ、怖い。自分の浮気を、わたくしの性格のせいにして誤魔化そうというところが変だと思わないのかしら。大体鍛えていない体を持つキャメロン殿下をわたくしが愛すると思っているところが、ちゃんちゃらおかしいですわ。なんというのかしら、自分に自信があるようですけど、客観的に自分の筋肉を見られないところがもう残念としか」


 一度壊れてしまった口の蓋は閉じることがない。しかも言葉の端々に前世女の主張が混ざり込む。

 言い過ぎてしまいそうで、口を閉ざそうとしても、もはや押しとどめることができない。エメラインは唖然とするキャメロン王子を冷えた目で見つめ、さらに続けた。


「そもそも、どうしてわたくしに好かれていると思ったのかしら。嫉妬? 普段から冷遇している婚約者が無条件に自分を愛してくれるなんて、勘違い甚だしい。まあ、そんな貧相な想像力だからこそ、婿入りだというのに偉そうにお前を愛することはないなんて、頭の足りないことを言えるんでしょうね」


 おほほほ、と品性を保ちながら馬鹿にした。エメラインはちらりとキャメロン王子の隣に立つ令嬢へ目を向けた。彼女は不安そうに成り行きを眺めている。きっと聞かされていた状況とは異なるのだろう。


「あなたも強メンタルですわね、羨ましいですわ。婚約者のいる男に近づいて、どういうおつもり?」

「わたしは! キャメロン様を心から愛していて!」

「愛がすべてだというのなら、そうすればいいじゃないですか。すべてを捨てれば、何でもできますわよ」

「あなただって、キャメロン様の事、身分でしか見ていないでしょう!?」


 びっくりしたことを言われて、目を丸くする。

 

「何を言っているのかしら。キャメロン殿下はわたくしと結婚することで、公爵家に婿入り、持参金もさほど多くなく、わたくしにはあまりメリットがない婚約ですのよ。身分なんて、結婚したら王族を離れるし、公爵家の婿という立場しかありませんわ。最悪なことに、キャメロン殿下のもやしマッチョでは、日々の潤い、観賞用にもなりやしない」

「え?」

「どうかなさって?」


 突然、表情を変えた令嬢に、首を傾げた。


「今、王族を離れて、と」

「ああ。だってキャメロン殿下は側室様の息子ですし、側室様は隣国の侯爵家の出身。この国で受け継ぐ家がありませんでしょう? 婿入りできなければ平民になってしまうのも仕方がないこと」

「はあ?」

 

 淑女ではないわね、この娘。こんな貴族の常識を知らないなんて。


「私が平民だと!? 何を言っている!」


 驚きの声を出したのは令嬢だけじゃなかった。まさかの婚約者の発言に、胡乱気な目を向ける。


「継ぐ爵位がないから、キャメロン殿下は我が公爵家に婿入りではありませんか」

「別に婿入りしなくとも、父上から新たに爵位を貰えば」

「もらえませんわ。もしかして、我が国の継承法、ご存じないの?」


 継承権に関しては厳しい法律がある。例外はほとんどなく、それに従うのみ。この法は継承権を巡って、王族も貴族も殺伐とした時代があって、最悪なことに有能な者たちがどんどんと失われて行ってしまったことで成立したものだ。ちょっとやそっとで変わらない。


 それにしても、全文は無理でも自分のことに関係する部分も把握してないなんて。教育に関しては、側室が隣国出身というところも大いに影響していそうだ。知らなかったと言い張って、後から手のひらクルーとしそうだ。愛人込みで婿入りなんて、勘弁してもらいたい。


 とりあえず婚約破棄宣言だけはしっかりしておこう。

 幸いにして、城で行われている夜会。有力貴族たちが興味津々にこっちを見ている。楽しい噂話の種を供給するのだから、ちゃんと結末まで広めてもらわないと。


「キャメロン殿下、先ほどの婚約破棄の件。承知しました。そちらのご令嬢と愛を貫かれるということなので、どうぞお幸せに。真実の愛、素敵ですわ。わたくし、心から応援しております」

「ちょ、ちょっと待て! それについては」

「まあ、キャメロン殿下とあろうものが。一度口にしたことを取り下げるなんて、王族としてありえません」


 その先を言わせないように牽制し、優雅にお辞儀した。


「それでは、ごきげんよう」


 婚約破棄成立! 家に帰ったら祝杯よ!


 前世女とエメラインの心の声が重なった。

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