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3.見知らぬ少女



「はは、確かに伝言承った。しっかし随分と尻に敷かれているな」

 騎士団執務室にて、クラブサンドにかぶりつきながら愉快そうに笑うのは、騎士団長テオドーロである。その隣で紅茶を淹れながら、ニコラスは再びため息を落とした。

「笑い事ではありませんよ……。情けないことこの上ありません」

「大層世話焼きなのは結構じゃねえか。お前、巷ではキャーキャー言われてる色男風情なのに、中身は武芸以外サッパリな生活力皆無の坊ちゃんだろ」

 渋い、と淹れたばかりの紅茶を突き返され、ニコラスは下唇を噛む。

「ひ、否定はしませんが。……相手は義姉とはいえ、年下の女性ですよ。甘やかされると、こう、どうにもむず痒くなると言いますか」

「でも嫁さんだったんだろうが。――アイツの」

 そう言って、テオドーロは書棚に置かれた写真立てを見やる。笑顔のテオドーロの共に映り込むのは団長服を身に纏う背の高い青年で、静謐な微笑みを浮かべていた。

「……ジェラルドが亡くなってどれぐらいだ」

「二年です」

「……早いもんだな。この席にもすっかり座り慣れちまった」

 テオドーロは顔を仰いで、神妙深く団長席に背もたれた。

「今でも、いつかひょっこり帰ってくるんじゃねえかと思っちまうよ。アイツは飄々とした世渡り上手で、けど不思議と我欲の薄い仙人みたいなとこあって、だから嫁さん貰うって初めて聞いた時は耳を疑った。半年後に嫁さん置いて逝っちまった時は、その事実すら疑いたかった」

「……私も今でも信じられません。兄は、私にとって最も尊敬すべき人でしたから」

 ニコラスが寂し気に俯くと、テオドーロは同意するように苦笑し、肩を軽く揺らした。

「誰の目からも見ても尊敬に値する奴だったぜ。都市随一の大富豪の娘も、都一番の歌姫も、誰もが奴に夢中だった。だが、あいつが選んだのは、何処かから攫ってきたっつー威勢良いだけが取り柄の見知らぬお嬢さんだ」

「メアリ義姉さんについて、団長は兄から何も?」

 テオドーロはさっぱりだと肩をすくめた。

「俺の目にゃそうとしか映らねえ。それが答えだ。何だ、お前の方が知っていると思ったが」

「兄からは、『北の遠い街で出会った』――ただそれだけを」

「嫁さんは教えちゃくれないのか」

「『今のあたしに何か不満でも?』と逆に聞き返されました」

「は、そこで押し黙っちまうところが、嫁の尻に敷かれてるって言ってんだ」

「その言い方、さっきから私の嫁のように聞こえて不愉快です」

 片眉跳ね上げるニコラスは、さすがにぴしゃりと言い返す。

 普段からニコラスに隠し事をする訳でもない兄が、少女の素性に関して口を割らなかった。聡い両親は当初渋い顔をしていたが、ジェラルドの人望と手腕で全て丸め込まれて事は進んだ。最終的にはそこらの街娘にしか思えない風情の、正体不明の秘密を抱えた少女をメッサーナ家は受け入れたのだ。

「……何か言えない理由があるのかもしれません。それに、少なくとも私の不満はそこではありませんから」

「そうだな。尻に敷かれているのがお前の悩みなんだもんな」

「だから言い方が……」

「ま、その汚名を濯ぐ機会をやろうじゃないか。つーわけで、花祭りは二人で楽しんでこい」

 希望を出した公休届けに判が押されて返される。本当に許可が出るとは思わず、ニコラスは目を瞬いた。

「……え、本当によろしいのですか」

「祭りの賑わいに乗じて、不逞の輩が多く蔓延るしな。護衛ならお前が適任だ。ついでにエスコートをいっちょカッコ良くキメてこい。そうすりゃジェラルドの嫁は、お前にもメロメロになること間違いなしだ」

「……団長はよほど私を犯罪者にしたいのですか?」

 呆れを含む問いかけは、良い笑顔で返された。

「バーカ、血の繋がらない姉と弟なんてオイシイ、いやオモシロ関係、黙って見過ごすなんざできっか!」

「団長は、民度の低い田舎丸出しの野次馬根性をどうにかなさったらいかがですか。我が騎士団の品位が疑われます」

 そしてニコラスも、世の乙女たちが夢中になる爽やかな笑顔で打ち返したのだった。



 街の全体が、人々が、色とりどりの花で溢れる祭りがやって来た。メアリの目はきらきらと、大通りに並ぶ出店に釘付けになっている。

「わー! すごーい! きれーい! あ、これ食べたい!」

 右往左往に突進しては、店を冷やかし、または買い食いをしたりと忙しない少女の後ろを、ニコラスはあたふたしながらついていく。

「ね、義姉さん、落ち着いて。はぐれてしまっては大変ですから」

 慌てて掴まれた手をメアリは見やった。どうしてだか「ふふふ」と嬉しそうに笑みを零し、ぺろりと舌を出す。

「ごめんなさい、ついはしゃいじゃって」

「まったくもう……。あ、義姉さんこちらにお下がりください」

 通りの隅へと移動すると、賑やかな音楽を纏ったパレードが街路を練り歩いていく。花冠を被った少女が神輿に乗り、花びらのシャワーを通りの隅々までばら撒いていく。メアリの近くにも柔らかなひとひらがふわりと掠めていった。

「あれって……」

 花冠の少女を微笑ましく見やりながら、ニコラスは問いに答える。

「ああ、今年の神の花嫁(エル・フルール)に選ばれた乙女ですね。北の最果てに住まうという聖女を真似た催しですよ」

「ふーん……それってめでたいの?」

 パレードを見続けるニコラスの隣で、興味薄そうなメアリの視線は、通り反対側の出店の方に向けられている。

「栄誉ではあります。聖女と冠されるものですから」

「そ。でもお腹は膨れないわよねえ」

「花より団子ですか、さすが義姉さん……って」

 少しは皮肉が言えそうだと得意げに振り向けば、少女の姿が忽然と消えていた。

 ニコラスは悔しげに頭を振り回す。

「ああもう! だからはぐれるとあれほど……!」


「ん~~やっぱり花より団子よねえ……」

 裏通りに面する建物に背もたれて、メアリは嬉々とミートパイにかぶりついていく。最後の一口を頬張ろうとしたところで、背後からいかつい男の手が伸びてきた。

「――見つけたぞ」

 少女の悲鳴が喧噪に紛れつつも、確かにニコラスの耳に入った。すぐさま裏通りへと駆け出しながら、剣を抜く。

「義姉さん、どちらに! 義姉さん!」

 狭い路地にはメアリと、その細い二の腕を容赦なく引っ張っていく男の後ろ姿があった。少女は必死にもがいて男の腕から逃れようとしている。

「ちょっと、嫌よ! 離して!」

 ニコラスは歯噛みし、すぐに近場まで距離を詰めていく。

「貴様、その汚らわしい手を今すぐ離せ!」

 剣を閃かせて差し向けると、男は振り向いた。漆黒の髪と黒曜石の如き硬質な瞳、黒い装束を纏う巨大な身体。切れ長の怜悧な眼差しが、ニコラスを不遜に見下ろす。

「何だ、お前」

「その方を離せと言っているッ!」

 先にニコラスが踏み込んだ。男はメアリの横に突き飛ばし、腰元の大剣をすらりと抜く。ニコラスの一閃を軽々しく弾き返すや否や、瞬時に振り下ろした。とんでもない圧が身体全体にかかる。

(ッ、重い――!)

「剣劇なら相手を選べ、痴れ者」

 一気に距離を詰められ、剣の柄で腹部を強打される。

「ぐ、ぁ……ッ」

 膝をつき、大きく咳をするニコラスの首根間近に冷ややかな白刃が当たった。思わず息が止まる。

「恨むなら、身の程を弁えない己を恨め」

 男は酷薄な笑みを口端に添えて、大剣を再び振りかざした。



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