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本当に大切なものは?~悪役令嬢にざまぁされてギロチンに首が挟まっているアホ義妹の巻き戻し~

作者: 島風

私は悔いていた。自分の行いを恥じていた。義姉への嫉妬に狂い、彼女の婚約者を奪い、彼女を傷つけた。


私の母は庶民だった。母は女手一つで商売をしながら、私を育ててくれた。


貧しい家庭だったが、ある日、母が亡くなった。


母が死んでしまったことを悲しんだ後、庇護者を失った自分はこれから死ぬんだと……思った。


だが、貴族の馬車が私達の粗末な家に来て、見たこともない豪奢な服を来た父が迎えに来た。


私の母は庶民だったが、父は侯爵家の当主であることをその時初めて知った。


庶子の子の私は貴族の末席に置かれることになったものの、あからさまに同じ姉妹である筈の姉と区別されて育って来た。


同じ娘でも豪奢な部屋で暮らす姉に比べて、粗末な使用人同様の部屋で過ごす私。


いつしか、私の心の中に、醜い妬み、嫉妬が芽生えた。


姉は聡明で、美しく、何もかもが私より上だった。


断頭台を前にして、私は何度目か分からない憎しみの言葉を吐いた。姉を憎んだものではない、自身への憎しみ。自身が一番自身の罪を理解した。


今更遅い、私が気が付いたのは、お姉様が婚約破棄を受けて、私の嘘を木っ端微塵に論破して、婚約者は王位継承権を剥奪され、私は騒乱罪とやらで死刑を求刑された時だ。


私が愛したお姉様の婚約者アーサー様は保身のためか、私を糾弾した。


私が篭絡した、たくさんの貴族の令息達も手のひらを返して私を断罪した。


世界中の全ての人に断罪されている中、たった一人、私を庇ってくれる人がいた。


それが姉だった。


彼女は私への刑は重すぎる、法に沿ったものではないと、私を弁護してくれた。


牢の中で足枷をされた私の前に現れた姉を見て、笑いに来たのだと思った。


ざまぁみろと言われるのだと……私はそう言われても仕方がないことをした。


だが、彼女から出た言葉は……ごめんなさい……という謝罪の言葉だった。


そして、教えてくれた。


私がお姉様の婚約者をたぶらかし、貴族社会で問題となっており、ことを起こした際には、全ての責任を私一人に押し付けて、第3王子であるアーサー様と、侯爵家の体面を繕う算段なのだと。私は家族からも見捨てられていたのだ。


自分の醜い行いを思い出した......たくさんの過ち、何が正しく、何が誤りなのか? それは以前の私には判らなかった。牢に入れられて、すぐにお姉様に励まされ、必ず助けてあげると言われ、愛していると抱きしめられた時、これまでの16年の自身の過ちを全て理解した。過ちが盲目であった自分にあったと気づいた時は茫然自失となった。

世の中の全ての人が自分を愛してくれない。幸せを与えてくれない。幸せは与えてもらう物ではないのに......。


そして、世界中の人が私を糾弾し、敵となっても、無償の愛を捧げてくれる人がいた。


それが、私が陥れようとしていた姉だった。

庶子の子だからと言って、差別する皆が悪い、そう思い込んで、勝手に憎んで恨んで、何も気が付かずにひたすら復讐に狂った行いは見苦しいとしか形容できない。


お姉様にだけでは無い、沢山の人を傷付けた。その愚かさに気が付かず......自身が悪い? そんな事は一度も思わなかった。強い意志で、自身では当然の事として、あたかも正義は自身にあるとすら思い。人を傷つけ続けた。


「……ごめんなさい」


思わず、嗚咽する。自身の愚かさを、醜さを、どれだけ謝罪しても許される筈がない最低の事を......それを私は何度も行った。一つ一つを思い起こす度、自身の罪に身を裂かれる。


この首を落とし、全ての罪を償う。その願いは叶う。私を断頭台に送ったのは私が愛したお姉様の婚約者。


何処までも愚かな私。


私の心を救ってくれたのは姉だった。彼女の慈愛はどこまでも美しく、優しいものだった。


「フィーアを助けてあげてくださいまし! そこまでの罪ではありません!」


何処までも優しい姉は私でさえも慈しむ。今は姉への感謝と自身への憎悪しかない。


もし、やり直せるなら、姉に褒められるような立派な人間になりたい。心からそう思った。


「ごめん、なさい……」


私には姉のような明晰な頭脳も、生まれつきとしか言えない気品もなかった。


あるのは、グリニット侯爵家の女性にのみときおり現れる蜂蜜色の髪と紫の瞳。そして、華奢で男性の庇護欲を刺激する見かけのみ。


お姉様には到底敵わないと知り、勉学も貴族の教養もマナーも全ておざなりだった。


妹の自分から見ても、非の打ち所がない姉を見ているうちに私は壊れていった。


庶子の子は所詮下賤の子?


雑に扱われるのは当然?


そんな私に芽生えたのが、お姉様への激しい憎悪。


その結果、お姉様の婚約者に横恋慕して、あの手この手を尽くして近づき、なんと夢が叶った。


アーサー様は私に振り向いてくれたのだ。


婚約者のいる殿方に近づくことがどんなに破廉恥な事かなど、思いつくはずもなく、アーサー様に傾倒していき、気がついたら、お姉様のことを貶める嘘をたくさんついて、罠に嵌めて、陥れようとした。


「ごめ、なさ……っい」


アーサー様は私の腰に手を回し、口づけを交わしながら、お姉様に婚約破棄を突きつけた。


でも、賢いお姉様は片っ端から私の嘘を論破した。


そして、その場に来る筈のない第二王子のウィリアム様が現れて、アーサー様を糾弾し、私達は囚われの身となった。


囚われる時、どれだけ無様に無実を主張したのか? 今となっては何と無様な事か? 今更誰にも届かぬ謝罪など何の役にも立たない。何より既に私は刑を宣告されて、皆満足しているだろう。今更誰も私の謝罪等聞きたくある筈もない。


「ごめん、なさい……ごめ、なさい……っ」


目頭に力を入れて止めようとしても止まらない涙。泣いているせいで鼻声となり、まるで甘えている様な声だ。ただ、ただ愛されたくて、行った悪行。


どれだけ泣いて、謝っても届かぬ想い。罪を償うには? 罪は償えない。その機会はとっくに過ぎていたのだ。これから首を落とされて、傷つけた人の気持ちを晴らす。それ位しか私には残された道はなかった。


……でも。一番傷つけたお姉様はむしろ悲しむのだろう。


私は一体、なんてことをしてしまったのだろう?


永遠に償えない罪。死んでも許されない罪。


それを犯してしまった。


大きな声が聞こえ、群集から怒声が上がる。


いよいよ私の刑が執行されるのだ。


処刑人が私を乱暴に断頭台の座に私の頭をはめ込むと、ロープを切る音が聞こえ、天が一転した。


いや、私の首が宙に舞ったのだと悟った。


最後に見えたのは、青い空と太陽だった。


最後に見たものがお日様だと言うことに感謝し、そして暗闇が私に訪れた。


……私は死ぬんだ。


当然の報いだ。


だが、心残り、後悔は尽きない。


ああ、神様、もし……もし、私にご慈悲を頂けるなら、来世でもお姉様の妹に生まれ変わりたい。


今度こそ、お姉様に相応しい妹となり、お姉様を悲しませるようなことはしたくない。


罪を犯したくない。


お姉様と仲良くなりたい。


激しい痛みと苦痛に苛まれ、地獄のような苦しみを味わい。泣き叫びたいものの、すでに動かせる体を失い、最後に群集達の大笑いが聞こえて……。そして、ひたすら苦痛が続き、過去の罪の断片が走馬灯のように流れ、たっぷりと時間をかけて意識が消えていった……。


—————————


「……ご……め……んなさい」


最後の謝罪を口にした時、突然視界に光が見えた。


「……え?」


気がつくと、涙で曇った瞳に朝日が目に入った。


「お嬢様? お目覚めですか? ……泣いて……おられましたか、無理もございません」


「エ、エミリ!」


私の前には長い間私に付き添ってくれた侍女のエミリがいた。


思い返せば、エミリだけは私のワガママを聞いてくれた。その上、即決裁判で、他のメイドが私の悪行を暴露するなか、一人、中立でいてくれた。


弁護士もなく、お姉様だけが弁護してくれる中、もう一人の弁護人がいたことに今更気がついた。


私はどれだけエミリを傷つけたろうか? 何の考えもなしに彼女に放った言葉は彼女を傷つけ、彼女の仕事を無駄に増やした。


にも関わらず、彼女は私の側に立ってくれた……それがおそらく、彼女の立場を悪くするとしか思えないにも関わらず。


「エ、エミリ! エミリ! お願い! 私を抱きしめて!」


「まあ、可愛らしい。きっと、お疲れなのですね。でも、嬉しいですわ。もう私の名前を覚えて頂いたのですね」


そう言うと、エミリは私をそっと抱き寄せて、ぎゅっとしてくれた。


「……エミリ……ありがとう」


エミリに軽々と体を持ち上げられた私はいつか、こんな日があった事を思い出した。


そう、母が亡くなり、この家に引き取られたばかりの頃、何度も泣いて、エミリに抱きしめてもらった。


「……エ、エミリ……あ、ありがとう」


「どういたしまして、お嬢様」


頭を撫でられて、視界の片隅に入った鏡の中には幼少期の私がいた。


どうやら神様は私の願いを叶えてくれたらしい。


……それも、同じ侯爵令嬢のフィーアとして。


「さあ、お嬢様、お食事のお時間ですよ。食堂に行きましょう」


「うん、いつも……ありがとう、エミリ」


「……いつも?」


エミリは違和感を覚えたようだ。今日がいつかはわからないが、この屋敷に来たばかりの私が「いつも」と言うには不自然な期日だったのだろう。


だが、自然と笑みが溢れる。私はもう一度やり直す機会を得たのだ。


ひたすら神に感謝した。


「お嬢様、今日は料理長が、クロワッサンと、腕によりをかけた卵料理、それに特製チーズをお嬢様のために用意してくれたのですよ」


「……あ、ありがとう。ありがとう、私なんかのために」


「お嬢様? どうされたのですか? お辛いのですか?」


「ううん、お母さんの事じゃないの。エミリや料理長の気遣いが嬉しくて」


「料理長に伝えておきますね。彼も腕によりをかけたかいがありますわ!」


そうして、エミリに手を引かれて食堂に入ると、ちょうど、お姉様とすれ違った。


姉や、お父様、お兄様達は先に済ませている。私はいつも一番最後......家族と同席したことはなかった。


「お姉様!!」


私はたまらずお姉様の胸に飛び込んだ。感謝の念から、思わず行動に出てしまった。


「あら、あら、フィーアったら、こんなに甘えんぼさんだったの? あなたを待っていて、よかったわ。もう、なんて愛らしいんでしょう。ふわふわの蜂蜜色の髪に、その宝石みたいに綺麗な紫の瞳。お人形さんみたい。ギュッとしていい?」


「う、うん」


お姉様にギュッと抱きしめられて、前世では一度も感じなかった子供の頃のお姉様の愛情を噛みしめた。


「これからも仲良くしてね、フィーア」


「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。お姉様」


「そんな、他人行儀なの、やだな」


頬を膨らませて、拗ねるのは、お姉様もまだ子供だからだろう。


「うん、わかった。お姉ちゃんって、呼んで……その……ダメかな?」


「もう一回言って!」


「お姉ちゃん!」


「まあ、私の可愛いフィーアからお姉ちゃんだなんて、ああ、私は今、とっても幸せよ」


ギュッと目頭に力を込める。今度も涙は止まらなかった。


「クリス……お姉ちゃん」


「フィーア、大好きよ」


そう言って、頬にキスを受けた。


それから私はお姉様と仲良くなった。使用人にも感謝し、それまでの後悔を改めた。


一番力を入れたのは、勉学、貴族としての知識、マナー。


最初はお姉ちゃんに教えてもらった。そして、お姉様の推薦で13歳の時から家庭教師をつけてもらった。


こうして、私はロッテルダム侯爵家に恥じない、お姉様に相応しい妹へと成長していた。


……だが。


その日は来てしまった。


お姉様は前世同様第三王子、アーサー様と対峙し、今まさに婚約破棄を受けんとしていた。


隣にいるのは......私ではなく、男爵令嬢のエリザベス。


前世の私同様、身の程を知らない身分の低い女性がアーサー様の隣でしなだれかかっていた。


愚かな少女にかつての自分を重ね合わせ、ため息が出そうになる。


そして、前世同様己の婚約者をないがしろにして、婚約者がいる身でありながら、平然と浮気を行ったアーサー様。


どのみちこの男は浮気をする体質なのだろう。


貴族といっても、女性の立場は低い。


殿方が浮気をするのは公然の秘密だ。一方、女性が浮気などすれば、不貞を働いたとして、婚約破棄されることもある。


どこまでも不公平な世界。


だが、不公平とは言っても、浮気を行うことが不心得な行動であることは、貴族の男性の常識だ。


それを堂々と行い、ましてや、浮気をした側から婚約破棄をせんとするなど言語道断。


すでに王家も我がロッテルダム侯爵家も秘密裡に話しあい、決定的な行為に至った場合の取り決めを既に行っていた。


勝ち誇った顔をする男爵令嬢エリザベスとアーサー様に軽蔑の視線を向けてしまうが、この二人のことなどどうでもいい。


問題はお姉様だ。


婚約破棄など受けたら、例え不当なものだとしても、新たな婚約に支障を来す。


相手は王家の人間。


面倒なことに関りになる有力貴族などいまい。


いや、いたとしても、お姉様に相応しい殿方は既に婚約が決まっているだろう。


......ならば。


私が新たな生を受けたのは、このためかもしれない。


今は家族と一緒に食事をとらせて頂いている。私を蔑んだ目で見ていたお兄様達も私に慈愛の目を向け、可愛がってくれる。


全ては貴族らしい教養もマナーも身に付けず、使用人に見苦しくあたっていた、私の悪行が原因だった。


今は使用人達とも仲良くさせてもらっている。


あれほど憎かったメイド長にも、執事長にも愛されていると、感謝に堪えない。


私は意を決して、足を前に踏み出した。


「クリスティーナ! お前がいじめをするような女だったとは、失望したぞ! お前など私に相応しくない! お前との婚約を破棄し、この真実の愛で結ばれたエリザベスを新たな婚約者とする!」


「ちょっと、よろしいでしょうか? アーサー様」


「なっ! なんだ! 今、いいところなんだぞ!」


気分が高揚し、今、これからお姉様を断罪せんとした矢先に話の腰を折られて、あからさまに不機嫌な顔をするアーサー様。


「いえ、事実に反するお言葉が聞こえましたので、誤解を解かせて頂こうと思いまして」


「い、いけません! フィーア! 私のために自分の将来を台無しにするつもりですか? ここは私だけで切り抜けられます。あなたが面倒なことに巻き込まれる理由はありません!」


「いえ、理由はございます。お姉様は私と違い、ロッテルダム侯爵家の正当な血統を継ぐ方。我が家にとって、アーサー様の犠牲になるのは、私の方が適任です」


「......そ、そんな! ダメです! ああ、私の可愛いフィーア! おとなしくて、愛らしいあなたが私のために不幸になるなんて、姉として、許せません」


「......お姉様......我が家のためだけではありません。このままではこの国がどうなるか、聡明なお姉様ならお判りでしょう? 私に任せて頂ければ、解決できます。我が国の為、妹の私の我が儘を許してください......私の愛するお姉様」


「......フィ、フィーア」


お姉様は私の言わんとしていることを理解された。


そう、アーサー殿下がこのままロッテルダム侯爵家の正統な血筋のお姉様に遺恨を残すことは王家、我がロッテルダム侯爵家だけでなく、この国の平安に影響しかねない重要な事態なのだ。


我がロッテルダム侯爵家は敵対する隣国と国境を境にする辺境領を任される有力な貴族。


そして、ここ数代、我がロッテルダム侯爵家と王家との婚姻はなく、今、王家は我が家の力を欲している。


やり手のお父様は、希代の有力貴族として仕えているが、問題が代々宰相を務めて来たオズワルト家の台頭だ。オズワルト家は我が家と国を等分する力を有するが、悪い噂が絶えない。


王家を蔑ろにし、隣国と繋がりがあるというのは公然の秘密だ。


王家がお姉様と縁談を求めたのは、我が家の力を盾に、王家の威信を回復し、この国の秩序を回復するために、絶対に必要なことだったのだ。


「ええい! 勝手にのこのこ入り込んでおいて、人を無視するな! 不敬であろう!」


「不敬はアーサー殿下の方ではございませんか? 殿下は陛下にお姉様との婚約破棄をご了承頂いた上でおっしゃっておられるのですか?」


「なんで、自分のことをいちいち父上にお伺いをたてる必要があるのだ!」


はあっとため息が出そうになる。


かつての私もそうだったが、貴族、ましてや王族のアーサー殿下がここまで無知......とは。


「王家と我が家の婚姻は陛下が決定されたこと。例え殿下とはいえ、陛下を蔑ろにする行為など......不敬なのはアーサー殿下の方ですわ」


「なッ!」


たちまち顔色を赤くしたり、青くしたりする殿下。


わからないのですか? わからない筈はないのですが......まともに王族としての教育を受けていたのなら。


「ええい! 父上もそこの悪女、クリスティーナの悪行を理解して頂ければ同意してくれる筈だ!」


「そのお姉様の悪行とは一体どのようなものだったのですか?」


「これを見るがいい!」


アーサー殿下はそう言い放つと、書類の束を懐から出して、私の方に投げつけた。


書類は舞い、私の付近に散らばった。


私はその何枚かを拾いあげ、読み上げる。


「エリザベス嬢がクリスお姉様に池の橋の上から突き落とされ、命を狙われた......その場にいたのはお二人のみ。目撃者はいらっしゃいませんね」


「エリーが言っているのだぞ! どこに疑う余地があるのだ! それに実際、エリーはずぶ濡れで泣きながら私の元にやって来た」


「それに関しては私も調査しておきました。偶然通りかかった子爵家のご令嬢の証言では、エリザベス様は橋の上から自ら飛び込んだ。その場には他に誰もおられなかったとのこと」


またしても顔を赤くしたり、青くしたりする殿下。前世はタコでしたのかしら?


いや、私が言うのは筋違いですわね。


「では、エリーの筆記具を焼却炉で焼いてしまった件は?」


「で? その証言者は?」


「そんなものは必要ない! エリーがそう言っているのだ」


アーサー殿下はバカなのかしら? いや、おバカさんでしたわね。前世の私同様、私が一番よく知っている。


そのおバカさんと婚約者なんてしていたお姉様が気の毒でならない。


「殿下はエリザベス嬢に騙されておられます。今から証拠をお見せ致します。どうか、冷静に客観的にご判断下さい」


「ば、バカな!!」


バカは殿下でしょうに......いや、人のことは言えない身でした。


エリザベス嬢に騙されていると聞いて、驚きの声を上げる殿下を尻目に私は親友である公爵家のご令嬢、アルティシア嬢に目くばせした。


彼女は殿下の前で見事なカーテシーを器用に披露すると、手にした書類を殿下に差し出した。


「……何だ、これは?」


「エリザベス嬢の奇行に関する調査の報告書です。彼女の行動には不可思議な点が多く、友人たちに協力を仰ぎ、まとめました」


書類に目を通すと、殿下はプルプルと震え始めた。


殿下の言っていることはエリザベス嬢の証言だけ、それも期日や時系列もはっきりしない、一方的な決めつけのみ。


それに対して私が作った書類は詳しい期日と事実が有力な貴族の子弟達の証言をもとに綴られている。


「貴様! 何て卑怯な人間なんだ!」


「卑怯ですか? 卑怯なのは殿下の方ではございませんか? 一方的にさしたる証拠もなく、お姉様を陥れる方が卑怯では?」


「うるさい! こんな嘘の調査報告を作るなど、姑息にもほどがある!」


「姑息? 私はただ、事実関係を明らかにしただけすわ。内容が不服でしたら、再調査をして頂ければよろしいかと存じ上げます」


「うるさいって言ってるだろ! お前は私とエリーを罠にはめる気だな! クリスティーナは黙って婚約破棄を受け入れて、お前は罪を認めて死罪でも賜うがいい!!」


「はああ!」


呆れて思わずため息が出た瞬間、激高したアーサー殿下に腕を掴まれ、片方の手は拳が握られていた。


私は痛みを覚悟して、目を瞑った。


だが、いつまで待っても痛みは訪れず、恐る恐る目を開けた。


すると、そこにはアーサー殿下の手を軽々とねじりあげ、殿下の暴挙を止めて頂いた美丈夫がいた。


「......ウィリアム様」


それは第二王子のウィリアム殿下だった。アーサー様によく似た風貌に理知的な尊顔。


アーサー様以上に貴族界のご令嬢の心を射抜いた眉目秀麗な美男子がそこにいた。


先日隣国の王女との婚姻が解消されたことは記憶に新しい。


「フィーア!」


「お姉様......申し訳ございません。出過ぎたまねとは思いましたが、最善の策だったと思います」


ウィリアム様に糾弾されるアーサー様とエリザベス嬢を尻目にお姉様が私を気遣う言葉をかけてくれた。


違うのですよ。お姉様。私は御恩を返しただけ。


私をまっとうな人間に育て、多くの人の愛情を、友情を与えてくれたのはお姉様。


私は本当の贖罪がしたかっただけなのです。


だから、そんな悲しそうな目で見ないで欲しい、お姉様。


「......確かにフィーアの言う通りだと思います。しかし、フィーアはどうなるのですか? 私は全力であなたを守ります! 世界中の人があなたの敵となっても、私はあなたを守ります!」


ええ、知っております。あなたはそんな方です。尊敬するお姉様。


でも、安心してください。


前世と違い、刑死する筈もなく、せいぜい豊かな庶民の養子として、庶民に戻る程度。


元々庶民だった私にとって、それ程のことでもない。


それに、元侯爵令嬢の私は大切に扱われるだろうし、これまで築いて来た友人達との友好関係も重要な人脈として、相手にも有力な利益を与えることができるだろう。


「お姉様......私、お姉様が大好きなのですわ」


そう言って、お姉様に笑顔を向ける。


「もう、フィーアはずるいわ、その笑顔を向けられると、私が何も言えなくなると知っていて」


それだけお姉様が私を愛してくれているだけで、むしろ、私が感謝すべきことですわ。


「少し、よろしいか?」


......突然割って入って来たのは。


「ランスロット様?」


そこに立っていたのは、第一王子にして、この国一のクールビューティとして名高く、そして最も危険で、最も多くのご令嬢を落胆させたお方。


騎士団団長を務め、数々の武勲をあげ、隣国の兵士に恐れられ、ついた字名が氷の貴公子。


「無粋に姉妹の語らいの場に割って入ってしまったことをお詫びする」


そう言うと、ランスロット様は私の前で跪いていた。


マナーに沿って、左手を差し出し、手にキスを受ける。


そして、唐突におっしゃられた。


「......あなたに求婚しても、宜しいでしょうか?」


「はい? え?」


あまりに突然のことに目上の方への相応しくない言葉が漏れてしまいます。


「あなたが姉上であるクリスティーナ嬢のために動いていることは王家も察知しておりました。我が弟のため、あなたにご負担をかけるのは、王家としても、看過できない事案です」


「し、しかし、私はお姉様と違い、血筋が異なります。とても王家に嫁ぐなど、恐れ多いことでございます。それに陛下はご了承頂いておられるのでしょうか?」


「陛下は私の提案に賛成しておられます。このままでは王家は恩知らずとなってしまいます。どうか、私にご慈悲と聡明なあなたの婚約者となる栄誉を」


私は目まぐるしい事態をなんとか把握した。


今回の事件に私が介入する可能性を考慮し、王家はロッテルダム侯爵家への誠意としてこの婚約を提案して来た。おそらくお父様も既に了承済なのだろう。


何故なら、お姉様が微笑してらっしゃる。


聡明なお姉様が理に反することに異を唱えない筈がない。ましてや私絡みなのだ。




それから2週間が過ぎた。アーサー様は王位継承権の剥奪、エリザベス嬢は修道院に送られた。


やってしまったことから考えれば、妥当なところだろう。


エリザベス嬢に過剰な追及をしないように、お父様に進言しておいたので、前世の私のように全ての罪を一人で被ることもなかった。




お姉様はと言うと、ウィリアム様と新たに婚約をされた。 前世と同じように。


王家と正当な血統の侯爵家令嬢との婚姻は我が国に必須のもので、アーサー様が婚約破棄などという暴挙に出た以上、隣国の姫との婚約を解消したウィリアム様と新たに婚約をされた方が合理的だ。それに、ウィリアム様は明らかにお姉様に好意を持っていたと思う。


婚約を申し入れる時、お顔が真っ赤でしたから。




そして、私はと言うと。


「さあ、愛しい私のフィーア嬢、口を開けてごらん。今、王都で一番話題になっているお菓子だよ」


「......は、はい。頂きます」


何故か私はあの氷の貴公子と異名を持つ、多くの貴族令嬢を落胆させたランスロット様の隣に座り、お菓子をほぼ半強制的に口に詰め込まれていた。


近い、近い。


こんな間近で殿方と接したことはなく、つい顔が赤くなってしまう。


それにこの婚約は仮面夫婦への一歩な筈だ。


......何故なら、ランスロット様は女性ではなく、男性がお好きな方。


市井ではランスロット様と浮名を流す、パーシバル様とのあれやこれやの薄い本が出回っており、私も少々たしなんでおりますが、あれは鑑賞用でして、自分の婚約者となると話は別で。


事態に全く理解が追い付かない。毎日あれこれと手土産を用意し、通ってくれるのは嬉しいのが本音ですが、それがランスロット様となると、一体これはどういうことか? と疑問しか生じない。


「あの、毎日私に会いに来て頂けるのは嬉しいのですが、パーシバル様をそこに立たせておいて、私などにかまっていてよいのでしょうか? 私も十分に王家の配慮に感謝しております。なので、ランスロット様がそこまで無理をなさらなくても......」




私達は仮面夫婦。ランスロット様の愛人はパーシバル様。


醜く嫉妬することには、もう耐えられない。


「よく言って下さいましたフィーア嬢、私もようやく殿下が婚約されて、男姓好きだなどという世迷い事から逃れられたのに、こう毎日フィーア嬢の屋敷に通われては、警護担当の私が愛するリリーの元へ通えないではありませんか? 酷いと思われませんか?」


「パーシバル。お前だって、その愛するリリー嬢との縁談を実家に却下されて、私の提案にのってきたではないか? 無事、リリー嬢との婚約は成立したのだろう? ここはむしろ感謝すべきことだろう? それに苦情を言うとは、酷いではないか?」


えっと......ランスロット様とパーシバル様の関係って、ええっと。


「フィーア嬢が混乱されているようですので、私の方から説明させて頂きます。殿下はあなたのことになると盲目的になりましてね。きちんと説明しませんと」


「パ、パーシバル、お前、それは言わない約束だったろう?」


「殿下は男性好きではございません。ただ、フィーア嬢しか愛せないだけです。フィーア嬢の15歳の時のデビュタントで見た瞬間、手に取った料理の皿を殿下は落としてしまいましてね」


「止めろ! パーシバル!」


「いや、これは恋に落ちたなと確信しました。実際、陛下とフィーア嬢との婚約の相談をされておりましたが、クリスティーナ嬢との婚約の方を勧められましてね。それ以来、婚約の話を断る口実に私を使って、男しか愛せないだなどと言い出して、散々ごねた次第なのです」


「パーシバル? その説明では私が恋に落ちた愚かな男としか聞こえないではないか?」


「ほう、自覚がおありでない? と?」


私は事態が深刻なものであることに気が付いてしまった。


庶民の血を引く私が王家に嫁ぐなど、本来あり得ないこと。


これは偽装結婚で、王家と我が家の体裁のために行われること。


それが......違う?


いっそ、政略結婚なら良いが......これでは私が世の女性の反目を一身に受けてしまう。


どうしよう? 私、薄い本の愛好者に刺されるかも......貴族令嬢にも大勢いると聞き及んでおります。私もその一人なので、言えた立場ではないのですが。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうやり直し(厚生)エンド大好きです。 成長したなぁ~ 自分の行いが改善されると周りの目も変わるよね。 今世では幸せにね。
[一言] 途中まで「この作品はバッドエンドなのか、それともハッピーエンドなのか、果たしてどっちなんだ!?」とか思いながら読んでました。 いやぁ、ハッピーエンドで良かったです。 それでもラストをランス…
[一言] 最後の落とし方が不思議な面白さ…心配するところそこ?! きっと姉がなんとかするのではなかろうか…すごそうだもの(笑)
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