第五話 新たなるダンジョン
クルリと名乗った少女は混乱状態から立ち直るのにそう時間はかからなかった。
事情を説明するメイラの話しを真剣に聞き、「なるほど」と一言呟くと納得したように、強めの口調で言い放つ。
「そうですね。事情は分かりました。人族を配下に加えた事に関して我々サンドリー商会が何かを言うことはありません。加えて、説明を求められるならばお答えは致します」
クルリはDに対して特別嫌悪を示すような態度は微塵も見せない。
「そうですね。説明にあたって、現状危機的状況なだけにはっきりと申し上げた良さそうなので、ご容赦ください」
メイラは一言「うむ」と返す。
「現在、このどう――ダンジョンは経営破綻を迎えようとしています」
「経営破綻?」
ダンジョンで経営と思わず零したDに、
「一から説明を頼む」
メイラは口添えした。
クルリはコクっと小さく頷く。
「分かりました。では、まずサンドリー商会とお客様との繋がりに関してからご説明させていただきます。ダンジョンクリエイトに必要な物、生物、などを売り買いしております。その上で、お客様、今回の場合メイラ様になりますが、事前にお預かりしております金貨でお支払いいただいております」
口をはさんでは悪いかと思いつつDは、許可を得て質問をする。
「直接金銭のやり取りはしないんですか?」
「そちらでも問題はございませんが、ダンジョンクリエイトをする上では、契約というものがございます。その為、最低限の保証金という意味合いでお預かりが最低限必要です」
それはDが知らない部分でもあった。
「破綻ってことは残りがもう……?」
「お伝えしても?」
「よい」
「金貨にして一〇三枚ほどです」
思わずDは声を漏らした。
人族の中で金貨一枚あればひと月は贅沢な暮らしができる。
ところが、一〇〇枚を超す金貨が経営破綻を迎えるという事は、売買を行う品が高額なことを意味している。
「どんなものがあるんですか?」
「こちらカタログの一部になります」
分厚いカタログを受け取る。
しばらく、カタログと睨めっこをしているDをよそに、クルリはメイラの側にやってきた。
「本当によろしいのですか?」
言いたいことは分かる。
どんな状況下においても人族を信用し、あまつさえダンジョンを作成するのに雇い入れるのは冗談が過ぎる。
「私にはもう残されているものがない。仮に、あいつが私を利用しこの場にいるのならば、結末は決まっている」
追い込まれた物の覚悟。
そこまで腹が決まっているのであれば、クルリは何も言わない。それが利害関係で繋がっている者の立場だからだ。
そして、だからこそ、伝えなければならない事もある。
「そうですか。では一つ、お伝えさせていただきます。現状破産に向かっているのは先ほどお伝えいたしましたが、現在サンドリー商会としても、メイラ様との契約解除の動きが徐々に見え隠れしています。ご理解されているとは思いますが、」
「分かっている。金がない者に付き合うほど紹介側も時間を使う気はないと言いたいのだろう。だがな、こちらも文句の一つも言いたい。この土地を紹介した者はそちら側の者だったのだ。結局は騙された私が悪いのだろうが、ダンジョンと仄めかして、ここを買わせた事は忘れんぞ」
「それに関して調べておりますが、まだ我々商会の者という確証は得られていません。それに契約を結ぶ際、私が立ち合い、メイラ様は納得されておりました」
「それは、私が間抜けだったとしか言えない」
お互いに沈黙が流れる。
そこに、
「騙された?」
カタログを見終わったのか、Dが話に混ざってきた。
「その話はもういい。済んだことだ」
「そう? でも、結果がどうであれ、俺は感謝しなきゃな」
「感謝?」
「だって、そうじゃなきゃ俺がここに来ることなかったじゃないか?」
呆れたようにメイラが鼻で笑う。
「そうだな」
「それと、クルリさん」
「はい」
急に呼ばれたクルリは少し戸惑いを見せるも返事を返す。
「今後ともうちを贔屓してくれていいよ」
「と、申しますと?」
「まだ俺のこと信用できていないでしょ」
そう言われて、一瞬言葉を選ぼうとしたが、クルリは素直に言葉を返す。
「そうですね。あなたは人族です。それを簡単に信用するのは難しいでしょう。それにメイラ様はまだ我々のお客様です。そのお客様に何かあるようであれば――」
その途中、Dは微笑んでいた。
「メイラはクルリさんの事信用してるんだね」
何が嬉しいのかDはそんな事を言った。
「利害が一致している内はな」
「大丈夫」
力強くDは言う。
「ここはちゃんとダンジョンとして成長する」
二人は戸惑いながら、その根拠を尋ねようとする。
が、それよりも早くDがあるモノを取り出した。
「別にこれで信用を得ようと思っているわけじゃないけど」
青く光り輝く手の平サイズの源石。
「それは、まさかっ」
ダンジョンには必ずある物質。
「うん、ダンジョンコアだ」
滅多に市場には出ず、人族の世界では小国すら買えてしまう価値ある源石。
「な、なぜお前がそれを!」
「偶然、手に入ったんだ」
戸惑いながらもクルリは、一つ質問をする。
「何かの縁なのかもしれませんね。D様、人族の中でもそれは価値あるモノだということはご存じだとは思いますが、我々サンドリー商会に売買させていただけますと、人族の世界で五世代に渡り裕福に暮らすことが可能です」
そのクルリの言葉にメイラが焦った様子でクルリを咎める。
「貴様っ、何を言っている!」
それを無視し、クルリはDに提案を続けた。
「どうですか? 我々に売るつもりはございませんか?」
どんな理由でこの場に来たのかは知らない。
だが、弱い種族の人族はその欲の為に何かを犠牲にすることは厭わない。
そんな存在であれば、関わらない方がいいほどに。
だから、この程度で揺らぐようであればこの場で排除してしまった方がいい。
出過ぎた真似かもしれないが、メイラは大事なお客様だ。
これ以上の被害が生まれるくらいならば、そうした方がいい。
そう判断したクルリは提案をしたのだった。
予想通りDは考え込んだ。
その姿にメイラは落胆する。
あれほど、ダンジョンクリエイトに協力すると言っていたのに、目の前の金に目が眩んで裏切るのか。
そう思うと怒りよりも絶望が先にやってくる。
それを横目にクルリはメイラを傷つけたことに罪悪感を抱く。
しかし、これでいい。
この先、似たような事が起これば、時間が経てば経つほど傷は大きくなる。
だから、この場で全てが終われば、
「うーん。一応、これを売って新しいダンジョンを買う事も考えたんだけど、それだと負けた気がするよね?」
しかし、返ってきた言葉は金に目が眩んだものが含まれていない。
むしろ、メイラにとって最適な方法だけを考え、ダンジョンクリエイトをすることしか考えていない言葉が返ってきた。
「い、いいのですか? それを我々に売れば――」
「それじゃあ、ダンジョンクリエイトができない」
「しかし、代わりに富が――」
「あははは、興味ないかな。それにメイラと一緒に頑張ろうって約束したしね」
信じられないといった表情のクルリをよそに、Dはメイラに傍までやってくる。
「はい」
そして、ダンジョンコアを差し出した。
「D……」
「俺は裏切らないよ」
裏切る以前に、ダンジョンクリエイトの事しか考えていないと言いたげだった。
メイラはダンジョンコアを受け取ると同時、Dの手を取った。
「クルリ、」
「あ、私はっ――」
「お前には感謝しかできんな。だが見ていろ。私は――、私たちはこのダンジョンを世界一のダンジョンにして見せる」
「いいね。それに目標もできた。ここを騙して売りつけた奴の鼻っ柱を折ろう」
ああ、とメイラは頷くとダンジョンコアに魔力を注ぐ。
「ダンジョンコアとの契約はこうやるんだ。見ていろD」
魔力を注がれた源石がさらに光り輝き、その力を増大させる。
「ここからが本当の始まりだ」
そう言い、ダンジョンとメイラが盟約を結ぶ。
ダンジョンをクリエイトする上で、必要な儀式。
これで、ダンジョンは契約者の魔力と共に成長し続ける。
ダンジョンコアがメイラの魔力を喰らい、大きくなっていく。
次いで、肉体を得るように洞窟内と同期し、玉座へ着座するようにとどまった。
これで、名もなき洞窟はダンジョンへと変貌していく。
見た目は変わらない。
しかし、これで名実ともに、洞窟はダンジョンへと進化した瞬間だった。