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98.明かされる正体

ご覧いただきありがとうございます。

前話から少し時間が巻き戻ります。

 

 ◆◆◆



「殿下!」


 虹色を纏う(あか)い輝きが帯状の光となって縦横無尽に場を翔け巡り、向かってきた金の怪鳥たちが弾き飛ばされる。一目散に走ってきた人物を見て、明香は目を瞬かせた。


(永樹さん!)


 あどけない顔を強張らせて現れたのは、高嶺付きの官吏、永樹だった。


(動けるの? 時間停止が解除された……わけじゃなさそうだけど)


 ちらりと周囲を見回せば、冬の虫が未だ微動だにせぬままで木や葉に張り付いている。


(というか今の丹い光、虹色がかってたよね。まさか永樹さんが出したの?)


 同時に、キュアァァという甲高い声が耳をつんざいた。体勢を立て直した怪鳥たちが、再び泰斗目がけて襲いかかろうとしている。


「義兄様!」


 明香は天威を練ろうとするが、永樹が低く呟いた。


「無礼者が」


 言い捨てて軽く地を蹴った瞬間、その姿は見上げる高みにあった。瞬く間に1羽の怪鳥の脇に現れると、胴体に鋭い膝蹴りを放つ。グエェと奇声を発した怪鳥は、近くにいた他の1羽を巻き込みながら吹き飛んだ。

 共倒れになった2羽には見向きもせず、永樹はその勢いのまま宙で体を反転させると、すぐ後ろに迫っていたもう1羽の顎下に強烈な掌底を突き上げた。

 さらにその巨躯を足場にしてより高く跳躍すると、上空を飛んでいた1羽の胴に横殴りの拳を食らわせ、滑り込むように襲ってきた別の怪鳥も側頭部を蹴り飛ばして地に叩き落とす。同時に虚空で身をひねり、続け様に突撃してきた1羽の鍵爪をかわした。

 そして、逆にその脚を掴んで円を描くように大きく振り回し、周囲を旋回していた残りの6羽をまとめてなぎ払った。


「ギャアァァッ!!」


 凄まじい威力の打撃を受け、次々に絶叫を上げながらもんどり打った怪鳥たちは揃って白目を剥き、その巨体を地面にめり込ませながら昏倒していく。12羽いた巨大な怪鳥を全て瞬時に沈めた永樹は、汗ひとつかかずに軽やかな動作で地に着地した。そして剣呑な気配を霧散させ、いつもの柔らかい表情に戻ると、泰斗の前で滑らかに膝をつく。


「ご無事でございますか」

「ああ」


 ここに至るまで僅かの動揺も見せずに無表情を貫いていた泰斗が、小さく頷く。


「良うございました。皇女殿下も、お怪我はありませんか」


 そう言ってふんわりと微笑みかけてくれるが、明香は天威を放ちかけた体勢のまま硬直していた。


(つ……つよい……)


 余りにも容易く一掃していたが、怪鳥は神威を放っていた――それも金色の。つまり、金日神の眷属たる神獣だったのだ。至高神の御使いともなれば、四大高位神ですら圧倒されるのではないだろうか。永樹はそれを、たった一人で、かつ一瞬で、楽々と12羽も倒してしまった。


「あ、あなたは一体……」


 聖威師にも有効な時間停止を物ともせず、圧倒的な戦闘能力と判断力を持ち、虹色を帯びた丹の気を放つ。

 明香の頭の中でそれらの符号が結び付き、考えられる推測を弾き出そうとする。

 だがその前に、永樹が小さく微笑んで自ら答えを明かした。


「皇女殿下。今まで素性を偽っておりましたことをお詫び申し上げます」


 瞬間、彼の容姿が変わる。あどけない純朴な顔立ちと中肉中背の姿から、天上の美しさを咲かせるたおやかな尊貌に痩身優美な麗姿へと。


「紅日皇女殿下、改めてご挨拶いたします。私は神千国の皇子、綺羅(きら)と申します。いただいております称号は丹暗(たんあん)でございます。ゆえあって本性を隠し、藍闇太子殿下付きの官吏として動いておりました。今後は、私事においてはどうぞ綺羅とお呼び下さい」

「え……えぇ!?」


(丹暗皇子殿下!? 蒼月皇陛下の弟君の御子様だよね。ええと、高嶺様の母方のお従弟(いとこ)で、私の再従兄(はとこ)


 驚きと同時に納得が込み上げた。確かに真皇族――つまり天威師ならば、至高の神の遣いすら歯牙にもかけないだろう。何しろ天威師は、己自身が至高神あるいは至高神に準ずる存在なのだから。


「ただ、実は私の称号は真実とは違うものでして……」


 歯切れ悪く言葉を切った永樹――ではなく綺羅が、ちらりと泰斗を見る。


「おそらくまだ聞かされていないだろう」


 泰斗が小さく首を横に振った。その時、空間が歪んで高嶺が現れた。


「明香! 綺羅……斎縁当主」

「高嶺様!」


 一番会いたかった人が来てくれたことに、明香は心から安堵する。続けて声をかけようとした時、泰斗が先んじて口を開いた。


「もう斎縁当主と呼ばなくていい。明香には既に露見している。私が蒼の使徒であり陛下の子なのだと、自力でたどり着いた」


 その言葉に、明香は瞠目して泰斗を凝視した。今の台詞は、先程自分が投げかけた推測を肯定するものだ。


(形代か御子様かどっちかだと思ってたけど。今の言葉だと、義兄様は公になっていない陛下の五人目の御子……)


 一方、高嶺は端麗な容貌に喜色を浮かべた。


「そうですか。ではもう()()()()とお呼びしていいのですね」


(――ん?)


 だが、その後に続いた言葉が完全に予想外だった。


「……し、珠歩?」


(え、ちょっと待ってよ、だって珠歩様は北の御子様の名前でしょ?)


 そう思いながら聞き返すと、答えたのは高嶺ではなく泰斗だった。


「違う。珠歩ではなくて、秀峰(しゅうほう)

「……しゅう、ほう……?」

「幼い頃、私は自分の名が上手く発音できず、しゅほと言っていた。それが愛称として家族内で定着し、字まで当てられてしまった。本当の名は秀峰という」

「しゅう――秀峰!?」


 高嶺から連想した瞬間、説明されずともぱっと字が浮かんだ。


「ああ。既に察しているようだが、()()()()()()()()()()


(……さ、察してない!)


 真面目な表情で告げる泰斗――改め秀峰を見つめ、明香は内心で激しく首を横に振った。だが、高嶺と綺羅も頷いているため、冗談を言っているわけではないのだろう。


(ちょっと待ってどういうこと……義兄様が北の御子で、珠歩様? いや、秀峰様? じゃあ……じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!? 人違い……でも私ちゃんと最初に呼んだよね、珠歩様って。あの人それを肯定したのに)


 図書館で初めて会った時、明香は思わず珠歩様と呟いてしまった。それに対し、あの人はそれを自分の名だと認識して応じてきたはずだ。北の宮を自分の宮だとも言っていた。なのに――これはどういうことなのか。


 あの人は一体誰だったのだろう。

 青みがかった目に泣きぼくろを持つ、白珠と高嶺によく似たあの人は。


(ま、まさか北の御子様の偽物? 待って、私あの人と何話したっけ。機密とかまずいこと言ってないよね。……あ!)


 明香はさあっと青ざめた。秀峰が訝しむように視線を向けて来る。


「明香、どうかしたのか」

「に、義兄様……どうしよう。私、義兄様の偽物に図書館で愛の告白をしちゃったの……!」


「…………」


 何を言ってるんだお前は、という目が三方向から同時に向けられる。


「失礼ながら、皇女殿下は御心が乱れておいでなのでは」

「少し混乱しているのかもしれません。兄上、軽く衝撃を与えてみれば治るでしょうか」

「明香がおかしいのは元からだろう。叩いたところでますます壊れるだけだ」


 何だろう、そこはかとなく馬鹿にされている気がする。


(な、何よぅ、義兄様がいきなり北の御子とか言い出すせいじゃない! そもそも珠歩とか秀峰とか何なの、しゅほ違いとかそんなの有りなの…………()()?)


 そこまで考え、はっとした。今の自分の思考を反芻する。再び、あの泣きぼくろの青年が頭に浮かぶ。


()()()()()()……?)


 高嶺にーー引いては白珠に似通った容貌。青みがかった瞳。高嶺を呼び捨てにし、案ずることができる立場。明香が感じていた胸の疼き。そして、北の宮を我が宮と称する。


 それらの条件を全て満たす者が、一人だけいる。


(まさかーーじゃあもしかしてあの人、いや()()()は……)


 恐ろしい速さで新たな予想が組み立てられていく。明香は混乱しながらも舌を動かした。


「あの、ごめんなさい、ええとその……今の言葉は忘れて。でも、義兄様は斎縁泰斗として皇宮に参内していたじゃない。誰にも北の御子様だって気付かれなかったの? もしかして姿を変えてるの?」


 いくら北の御子の影が薄いといっても、皇宮に勤める者ならば顔を覚えている者もいるだろう。

 綺羅が永樹に変装していたように、外見を変えているのか。

 だが、答えは否だった。


「いいや、変装や変化はしていない。明香と暮らすのに偽りの姿ではいたくなかったゆえに。ただ、髪だけは短髪に変えていた。作品を作る際にいちいち束ねるのが面倒だったのだ」


 簡潔に答えた秀峰が、無造作に腕を上げて軽く後ろ髪をかき上げる。すると、ざぁっと髪が伸び、腰までの長さになってふわりと揺れた。秀峰は続けて、自身が付けている羽型の耳飾りを示した。


「これは私の力で創り出した目くらましだ。これを装着している状態では、斎縁泰斗と蒼の使途と北の御子が同じ顔と声を持つことや、同一人物であることなどを周囲に認識されなくなる。また、斎縁泰斗と蒼の使徒を、その容姿から皇家の者ではないかと結びつけて考えられることもなくなる」

「だけど私、夢で蒼の使途様の声を聞いて、顔も見て、義兄様――じゃなくて秀峰様だと分かったよ」


 夢の最後に頭巾を降ろした蒼の使途は、確かにこの耳飾りを付けていたのに。明香が疑問をぶつけると、秀峰はすぐに答えてくれた。


「私的な場所では好きに呼べばいい。今まで通り義兄と呼んでもいい。……そなたが気付いたのは、天威に目覚めていたためだ。この耳飾りにはそこまで強い力を込めていたわけではないゆえ、そなたは自身の力で目くらましを打ち破り、ありのままを見通したのだろう」

「ああ……。じゃあ――もう一つだけいい? 今はのんびり話してる時じゃないってことは分かってる。でも、後一つだけ聞きたいの」


 知りたいことは山ほどある。斎縁泰斗に扮していた理由、何故明香の教育係をしていたのか、など様々だ。

 だが、それらは後でも尋ねられる。今この場で確認しておきたいことは決まっていた。


「分かった。何を聞きたい?」

「何でも答える」


 秀峰と高嶺がぴたりと息を合わせて頷いた。明香は一呼吸置いてから声を発した。


「義兄様は天威師で太子なの? やっぱりあの夢は本物だったの? 雪が降る夜に、斎縁邸で神布をすり替えて、大神官……殿と話していたでしょう」


 途端に、問われた二人は申し訳なさそうな顔になった。ちらと兄弟で視線を交わしている。


「――その通りだ。我が双子の兄ラウと同じく、私も時機が来るまでは天威師かつ太子であることを伏せている立場なのだ。諸事情があり、御威に覚醒したこと自体を内密にしている」


 答えを述べた秀峰が、明香を見つめると深く頭を下げた。腰まで伸びた髪がふわりと流れ落ちる。


「本当に申し訳なかった、明香。斎縁泰斗の姿でいる時は力のほとんどを抑えていたゆえ、あの夜も視られていることを察知できなかった。加えて、気を抜いて不用意に素を出してしまった。そのせいで、そなたにずっと不安な思いをさせてしまった。心から詫びを伝える」


 真っ直ぐな声音で誠実に語る様は、明香が慕って来た泰斗の姿そのままだ。横に立つ高嶺も同様に陳謝してくる。


「その……明香、神布が本物だとうそを伝えてしまい、すまなかった。神布の入れ替えは母上のご指示だ。ただ、夢の件を相談された時点では、兄上の素性を教えるのは時期尚早であった。かといって正直に神布が偽物だと言っては大事件になってしまうため、本物ということにしてしまった」


 真摯に述べられる言葉に、揺らぎは感じられない。そっとその瞳を見上げると、少し照れたように笑いかけてくれるいつもの眼差しだけがあった。


「……」


 天威師の直感が告げる。二人はうそを言っていない。今度こそ、きちんと本当のことを話してくれているのだと。全身に安堵が満ちた明香は、一気に脱力しそうになった。


「つまり、義兄様は皇家への反逆者じゃない――敵じゃないってことだよね」


 次の玉座に登るのは自分だという発言は、太子であれば当然だ。


「ああ、そうではない」

「もちろん違う」


 秀峰と高嶺が即座に応える。誠実な目でこちらを見据えたままで。


「そうだよね……ああ、良かった……」


(義兄様は皇位簒奪なんか企んでなかった。高嶺様は義兄様を庇ってうそを吐かれたんだ)


 義兄が大逆で処刑される、という最悪の未来すら考えていた明香は、気が抜けた余り泣きそうになった。胸の奥から込み上げる温かな感情で視界が潤む。

 心配そうな顔をした秀峰が手巾を差し出し、高嶺が背をさすってくれた。綺羅も案じるような目を向けている。


(だけど、どうして神布を入れ替えたんだろう。陛下のご指示みたいだけど)


 だが、新たな疑問は口に出さない。今聞くのは一つだけと言ったのは自分だ。いつまでもここで話し込んでいる場合ではないのだ。

 受け取った手巾で目元を拭い、明香は秀峰と高嶺を順に見遣った。


「もう大丈夫です。――それで、この状況はどういうことですか? 私はどう動けばいいでしょうか。指示をお願いいたします」


 涙ぐんでいた明香がしゃんと意識を切り替えると、綺羅が感心したように微笑んだ。秀峰が小さく頷き、ちらと側の殿舎に視線をくれる。


「明香、そなたにはやってもらいたいことがある。そなたにしかできないことだ」


 本性を表した秀峰の口調は、高嶺の話し方とよく似ている。頭の片隅でそんなことを思いながら、明香は即座に首肯した。


「私にできることなら喜んで……」


 いたします、と力強く言いかけた時。側に佇む殿舎の中から、しゃがれた怒鳴り声が響いた。


『いいか、あれは利用されたことに気づかぬあなたが迂闊だったのだ! はっ、滑稽なことだ。皇国の姫君が己の父親に売られるとはな!』

ありがとうございました。

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