84.親の因果は子に巡る
ご覧いただきありがとうございます。
今日、明日と4話ずつ投稿して、明日で第3章を終わらせてしまおうかなと思っています。
実の母に殺されかけた橙日帝の気持ちはいかばかりであったかと思いを馳せつつ、明香は口を開いた。
「先帝陛下がその後にめとられた方も、良い終わり方はなさいませんでしたよね」
(謙帝陛下方の実母に当たる方だけど)
当時の成人帝族は先帝しかおらす、次代を担う者が圧倒的に不足していた。一人でも多くの子をもうける義務があった先帝は、別の娘を一夜の寵で迎え、謙帝兄妹が生まれたのだ。
(お産みになられた双子の兄君が靘朏謙帝アドルフ陛下。妹君が赩暗謙帝クルーセラ陛下)
橙日帝の弟妹は、正確には異母弟妹なのだ。なお、アドルフは白珠の妹である謙皇透石と結ばれており、ローアンとソフィーヌの父でもある。
子を身ごもったことで妾に召し上げられた娘だが、我が子には全く興味関心がなく、愛情の欠片も与えなかった。彼女は結局、城に楽を献上しに来た楽団員の若者と恋に落ちた。そして先帝に直訴して離縁し、若者と再婚した。
だが、すぐに飽きられて浮気されたことで激昂し、不倫現場に乗り込んで刃傷沙汰を起こした挙句、大立ち回りによる事故で夫となった若者と不倫相手を巻き込んで死亡した。娘の実家は既に没落して爵位を返上し、血筋は耐えている。
「ああ。二人の娘が起こした事件を受け、先帝陛下はもう妻を娶るのはこりごりだと思われ、実妹たる先皇陛下を后待遇として扱うことにされたのだ」
それでは子が増えぬと反対の声も上がったが、橙日帝に続き双子の兄妹御子たちも天威に覚醒したことで収まりが付いた。
「それから5年後、我が神千国を治めておられた先皇陛下もご自身の正室を置かず、先帝陛下を正配待遇となさった。皇家にも不祥事があり、先皇陛下もまた夫を持つことを躊躇するようになられたゆえに」
皇家も皇家で騒動が起こったのだ。
(蒼月皇陛下とそのご弟妹方のお父君が、謀反を企んだんだよね)
その男は、夫がいなかった先皇に一夜の寵で召し上げられ、先皇が懐妊したことで男妾となった。そうして生まれたのが白珠だ。男は以降も幾度か閨に侍り、白珠の弟妹を授かっている。
だが、彼は裏に強欲な本性を隠しており、何とか自分の子を次の皇位に即けて国を牛耳ろうと画策した。それが皇宮に漏洩し、極刑に処されたとされている。これが白珠が12歳の時に起こった大逆事件である。
帝家で起こった騒動に比べると、皇家の事件は裏でひっそりと起こり片付いている。だが、それでも事件の全容や結末などは公開されているため、国民に広く知られていた。
「先帝陛下と先皇陛下は、かくなる上は互いの子を我が子として育てようと決め、ご自身の子の実親かつ互いの子の養親になることとした。ゆえに現陛下方は、自分たちのご両親は先帝陛下と先皇陛下であるとお考えだ。私たちにとっても祖父母は先帝陛下と先皇陛下のみ。元妾たちは皇家と帝家からは絶縁された者であり、私たちの身内ではない」
己の祖父母のうち一方を真っ向から切り捨てる、断固とした拒絶だった。夜の空と同じ色をした双眸に、言い様のない怒りと悲しみが渦巻いている。
「元妾たちの行いは、それぞれの形で我が子を深く傷付けた。最初の娘は特に。彼女が、後に我が父となる御子に起こした凶行は公然の秘密となり、帝国中の者が御子に口さがない中傷を繰り返した」
「……その話も聞いております」
それはとてつもなく酷い誹謗の嵐だったそうだ。この世界で死は神聖なものとされ、悲しくはあれど故人が次に進むための大切かつ尊い儀式だと見なされる。しかし、それでも娘の所業と最期は余りに強烈なものであり、良い印象にはならなかったのだ。
国中の民が、貴族が、官吏が、騎士が、帝城の使用人が。一部の例外を除いた全ての者たちが、後の橙日帝に対し一斉に悪意と誹謗の弾幕を放ったという。まだごく幼い子どもに向けて、微塵の容赦もなく。
自身の誕生によって母を発狂させ、死に追い込んだことで、畏れ多くも至尊の存在である皇帝に多大な迷惑をかけた不吉な子だと罵った。そのような子が御威に目覚めるはずがないと一方的に決め付け、口々に嘲笑と侮蔑を浴びせたとされる。
「実のところ、御子――父上は、実は生まれながらにして天威に目覚められていた。ゆえに、国民の声は全て『聴こえて』いた。……ご誕生時に実母から浴びせられた罵倒も同じく」
明香の胸に刺されたような痛みが走る。それはどれだけ辛く悲しく、絶望する出来事だっただろうか。
「ただ、三千年振りの全き天威師であり、しかも荒神であったゆえ、適切な時期を見極めて慎重に発表すべしということですぐには民に公表されなかった」
「表向きはまだ御威に目覚めていないことになっていたのですよね」
「ああ。御威を持たぬ御子はとかく悪く言われがちだが、それを勘案しても度が過ぎた中傷であったという」
――母親の愚行が、罪の無い子どもをも貶める格好の材料となってしまったのだ。
「国民の怒りの最たる要因は先帝陛下への無礼だ。帝族、特に真帝族は三千年近く民に慕われ愛され続けてきた。当時の唯一の真帝族であられた先帝陛下に対する裏切り行為が、皆の憤怒に火を点けた」
だが、娘自身は既に亡くなっているため、息子にその怒りが向けられてしまったのだ。
(確かに、皇国でも先皇陛下の元男妾はぼろぼろに言われてる。貴き先皇陛下に弓引いた反逆者だって)
「だが、先代陛下方はそのような中でも子どもたちを温かく包み込み続けた」
だからこそ、先帝と先皇は本当の意味で現皇帝たちの親なのだ。
「この肖像を拝見しているだけでお人柄が伝わってまいります」
寄り添うようにして穏やかに微笑む先帝と先皇の肖像を眺め、明香は目を細めた。高嶺がつと眉を下げる。
「すまない、暗い話をしてしまった。何かと重い話題が多くなってしまうな。結婚したばかりの新妻に対し配慮が無い夫で申し訳ない。――しんどくはないか?」
「大丈夫です、お気になさらず」
本心から堂々と、明香は答えた。
「楽しい話の方が明るい気分になるのは確かです。でも、皇家や帝家は清濁併せ飲む存在ですから、どうしても暗部はありますし、それについての話は少なからず出て来ると思います。暗い話題であっても必要なことや大切なこと、高嶺様が話されたいことなら私は全部聞きたいです」
そういったことを避けずにきちんと話してもらえるのは、信用されている証でもある。胸襟を開いていない相手であれば、あえて空気が重くなる話題は回避し、無難な話を振るだろう。
(それに、いつも重いことばっか話してるわけじゃないもの。他愛ないことで笑い合ったこともあるし、お互いの好きなこととか趣味とか話した時だってあるんだから)
きっぱりと言い切ると、高嶺は僅かに目を見開いてから口元を緩めた。広間の隅にかかっている時計をちらりと見て、17の時まで今少しの時間があることを確認している。
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しい。だがそなたの厚意に甘えてばかりはいられないな。今度はそなたの好きな話題で話をしよう。何がいい?」
明るく問いかけられ、思わず目を瞬かせる。
(うーん……気になってることは幾つかあるけど)
少し考えてから、明香は口を開いた。
「……では、暗い話返しで恐縮ですが、一つお聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「高嶺様はメイリーアンさんのことがお嫌いなのですか?」
ありがとうございました。




