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80.西の四大高位神

ご覧いただきありがとうございます。

(な……)


 明香が上をふり仰ぐと同時に、ラウたちも視線を上空に投げる。ぐわりと大気が鳴動し、全身に凄まじい重しがかかった。


(何!?)


 心臓を握りつぶされたかと思うような威圧感が場に満ちる。何事が起きたのかと困惑していると、全く焦った様子を見せない高嶺がそっと声をかけてきた。


「大丈夫か、明香。――この気は西の四大高位神様だ。随分とお怒りのようだが」


 次の瞬間、分庁の窓越しに見える天が割れた。雲間から四色の光があふれ出る。


 赤、青、緑、黄。


 真っ直ぐに降りて来た光の道は窓を通って分庁内に進入し、明香たちの前の床に突き刺さる。体が浮き上がるような衝撃が床を伝い、足の裏に痺れが走った。爪の下から頭皮に至るまでの全身に鳥肌が立つ。


(ひぃ! ほんとだ、すごい怒ってらっしゃる!)


 慄きつつも、高嶺が動じた様子もなく跪拝したので、急いでそれに倣う。ラウたちも優雅な所作で片膝を付いた。


「偉大なる大神よ。ようこそお越し下さいました」

「ご来駕(らいが)を心より歓迎申し上げる。何なりと御用向きを」


 ラウとティルが落ち着き払った口調で述べる。


『お久しゅうございます、天威師の皆様』

『お変わりなくあられまするか』

『紅日皇女様にはお初にお目にかかります』

『お会いできて嬉しいこと。今後もどうぞよしなに』


 四色の光が膨れ上がり、緑、青、黄、赤の順で次々に言葉を発した。声色からすると、緑の風神と青の水神は男神、黄の地神と赤の火神は女神のようだった。

 明香の唇が条件反射で動く。


「尊き神々に神千国皇女明香がご挨拶申し上げます。畏れ多くも四大高位神様のお言葉を賜わりましたこと、至福の極みにございます」


(ああぁ義兄様の鬼教育を受けててほんとに良かった!)


 滑らかに即答した明香に、四色の光が満足気に揺らめく。


「恐れながら、ご尊気が昂られておいでのようにお見受けいたします。もしや我々の力不足にて御気色(みけしき)を損なわれたのでございましょうか」


 ラウが静かに問いかけると、四つの輝きは狼狽を表すように明滅した。


『いえいえ、黈日太子様方のせいではございませぬ』

『真帝族の皆様はほんに良くして下さっておいでですゆえ』


 青と黄の光が膨らみ、口々にラウたちを弁護した。続いて緑の光が告げる。


『我々が参じたのは、これより罪人に罰を与えるので、帝都が少々騒がしくなることをお伝えせんがため』

「恐れながら、罪人とはどちらのことかお伺いしても?」


 今度はティルが恭しく問うた。

 赤の光を膨らませて答えたのは火神だった。


『あの娘――メイリーアンにございます。あの愚か者、先ほど身のほど知らずにも我々に祈りを捧げてきたのです』


 黄色の光も憤然とした気配を放ちながら追随する。


『以前にもらった神器を取られてしまったので、新しい物を下さいと。失寵した身でそのようなことを頼むとは信じ難い。馬鹿にしているにも程がある』


「く、何てことを」

「まずいですわね……」


 テアとミアが小さく呻いた。

 それは神々も怒るだろう。明香は思わず遠い目になった。


 メイリーアンの気持ちは理解できる。過去に羽目を外して多くの者の恨みつらみを買ってしまった分、四大高位神の加護を失った今の立場は危うい。さらに神器まで物証として帝家に押収されてしまえば、さらなる苦境に陥ることは必至だ。

 ゆえに切羽詰まってしまったのだろうが――やり方がまずすぎた。相手への配慮というものが根本的に欠けている。


 青と赤の光が交互に言う。


『よって、神への礼儀を知らぬあの娘を神火の矢で射殺し、神罰牢に落とすことにいたしたく思います』

『これより帝都が多少騒がしくなりますが、どうぞお捨て置き下さいませ。以上、帝国を統べる真帝族方へ事前連絡とさせていただきます』


(神罰牢……っ!?)


 明香は思わず咳込みそうになった。


(待って待って、話が飛躍しすぎだよ! それはあんまりなんじゃ)


『ティル様、四大高位神の怒りとなれば帝都のみの被害ではすみませんわ。帝国全土が火の海になります』


 ミアが念話で囁く。あえて明香たちにも聞こえるように話して念話しているのだろう。だが、その顔は落ち着きはらっており、狼狽は全く見られない。


『うん、そうだねー』


 あっけらかんとティルが返した。気負った様子は微塵も感じられない。そして朗々と言上を奉る。


「四貴の神々に申し上げる。御身が安らかならざることは我らとしても遺憾の極み。ゆえに、こたびはぜひ我らの手で御身をお慰めさせていただきたく」


 要するに、自分たちがもてなすので神罰は落とさずに退いてくれと言っているのだ。その途端、神々はころりと態度を変えた。地神と火神が弾んだ声を出す。


『それは有り難きお申し出にございます』

『まあ、何と嬉しいこと』


 四つの光が、打って変わったようにいそいそと揺れる。神々にとって、人間に働かれた無礼よりも神罰を落とすことよりも、天威師の応対を受けられることの方がよほど重要かつ大切なのだ。

 水神が思い出すような懐かし気な声音で言った。


『真帝族の皆様には、以前は歌舞音曲や口話でご対応いただいたこともありましたな』


 美しい音楽や歌、舞を献上したり、話し相手を務めたりすることで神の機嫌を取り持つ手法は神官の基本だ。当然ラウたちも精通しているだろう。

 緑の光が大きくなり、風神が言葉を発する。


『しかし今はとても気分が悪いゆえ、鎮めるよりも発散できるものがよい。ほれ、幾度も手合わせに付き合うてくれましたでしょう』


 呼応するように、膨らんだ緑の光の中に景色が映し出された。

 遥かな空の上で、四色の光を相手取ったティルが宙空で華麗に身を翻している。四神が間断なく放つ光線や弾丸、刃、鞭のようなものを的確に避け、捌き、受け流しながら、王者のように悠然と天を制して翔ける姿は、ただ凄絶としか言い表せないほど見事なものだった。

 神の神威に対して回避や防御を行うことはご法度だが、この時に関しては神と合意した『手合わせ』であったので問題なかったのだろう。


「……」


 明香はもちろん、映像を出した当事者である四大高位神までもが、何も言葉を発さず映り込んだ光景に見入る。


『……ティルお義兄様、すごいです』


 明香は思わず念話で呟いていた。何しろ、最高神全柱の総攻撃に囲まれているにも関わらず、それらを赤子のようにあしらっているのだ。

 だが、ティルは誇るでも自慢するでもなく、常と同じ軽い口調で答えた。


『これくらい簡単だよぉ。俺は天威師なんだから。兄上も高嶺もテア義姉上とミアも、これと同じようなことは何度もやっているしね』


(すごすぎでしょ……)


 天威師は最強の戦闘力を誇る。頭では分かっているが、今ひとつ実感が伴わない。泰斗も言っていたように、その実力を人前で披露する機会が滅多にないからだ。だが、こうして要所要所でその片鱗を感じ取ることができる。


『神を宥めるのではなく、あえて不満や怒りを表出させて発散させる形の鎮め方もあるからな』


 双方の合意があれば手合わせなどの相手を務めることもあるのだと言う。


『明香もきっとすぐできるようになりますわ』


 説明してくれたラウに続いて、ミアがさらりと言う。


『む、無理です。四大高位神様の力を捌くなんて』


 慌てて否定していると、テアが割り込んできた。


『いや、やってみると意外に簡単だぞ。私の場合、最初は四大高位神様の力を模した攻撃がびゅんびゅん飛び交う擬似空間に入れられて練習した。その時は笑顔でこう言われて放り込まれたんだ』


 そして一拍置いてから、その言葉を続ける。


『大丈夫だ、私が今までそなたに教えてきた技術の範疇でできる。ああ安心しろ、危なければ助けてやるゆえ、何も心配せずできるまでやれ。何回でも何十回でも何百回でも、いや何千回でも何万回でも何億回でも、何兆回だろうと、できるまでやり続けろ』


(義兄様みたいな人がいる!)


 愕然とする明香に、テアはけろりとした様子で言った。


『その瞬間は本当に死ぬと思ったが、やってみたらするっとできた。自分で思っていた以上に力が使いこなせるようになっていたんだ。教え方が良かったんだろう』


 高嶺がぼそりと呟く。


『義姉上は本当によく頑張られたと思います』

『ははは、まぁ短期で仕上げなくてはいけなかったからな。何度も死ぬと思ったが、結局は心も体も潰れずに何とかなった。そこまで計算尽くで教えていたんだろう、あの人は。……本当にすごい人だ』


 快活に笑ったテアが、最後はしみじみとした口調で告げた。


(テアお姉様に力の使い方を教えたのってどんな方だったんだろう。天威師に教えられるくらいだから、同じ天威師? あ、謙帝陛下とか?)


 気になった明香だが、四大高位神たちが我に返ったように咳払いをした音で意識を戻した。


(だめだめ、今は目の前のことに集中しなきゃ)


『これは失礼いたしました』

『紺月太子様のお姿が余りにもお美しかったものですから』


 青光と黄光がゆらゆらと揺れる。


『またこのようにさっぱりとしたいものだ』


 緑の光がすぅと映像を消しながら言い――唐突に赤の光が膨らみ、火神が声を上げた。


『そうだわ、紅日皇女様。せっかくお会いできたのですから、今日は皇女様がお相手していただけると嬉しゅうございます』

ありがとうございました。

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